第1話
十一月の半ばを越えた放課後だった。
ひとり、広い
「おーい、タキ!」
振り返ると、丁度半年前にルームメイトになった
俺の名は
「よお、癒馬。そんな、汗だくになってどうしたんだ?」
よくみると、
なんとなくいやな予感がした。
「ちょうど良いところに来た」
「な、なんだよ」
いかにも関わりたくない顔を隠し、
「いま、子犬を探しているんだ!」
「ほう、子犬ね」彼が【子犬を探してくれないか】と言ってくるのではと、にわかにおもった。子犬が女性の心を和ませることは良く知っている。
「この辺で見なかったか? 全身真赤の。あの犬はかなり高貴な犬だった。イギリスだったかどっかの。体中もじゃもじゃの」
「ヨークシャーテリアか?」
「そう、それ、それ」
と、癒馬は人差し指を
E棟の施設に指を差し強い口調で、
「……んな子犬、見るわけないよ。俺はたった今、E棟にいたんだ」
子犬であれ、こんな学園の敷地にどうやって迷い込んだんだろうと不思議に思う。
癒馬が俺の肩に手を乗せ、寄りかかって答えた。
「なぁ、一緒に探すのを手伝ってくれないか? 俺たち、ルームメイトだろ!」
「手をどけろよ! 何のために探しているか知らないがそんな暇はない」
持っていた鞄を叩いて、
「8年前の火事のことを調べたいんだ! やっと手に入った新聞記事なんだ!」
口を尖らせ俺はこたえた。
俺にとっては、どうしても解かなければならない火事の原因が載っている貴重な資料だ。しかし、軽く目を通したがコピーなので見づらいうえに途切れている部分もあった。
司書の人になぜ途切れて中途半端で終わっているのか
歩き出し、
しつこい奴だ。
「なあ、そんな記事見るのは、いつだってできるだろっ!」
「子犬探しだっていつでもできるだろ!」
癒馬はそれに否定し、人差し指を振り子のように左右に動かした。
「ところがだ、俺の探しているのはただの子犬じゃぁない」
「その子犬に何か秘密でもあるのか?」続けざまに「理由ぐらい教えてくれてもいいだろ!」
と、いつの間にか癒馬のペースに飲まれていた。
俺に腕時計を近間で見せ、
「見ろよ。腕時計が午後3時半を回っている」
「だ、だから、なんだっていうんだ!」
「わからないのか? あ、そうか、タキは【黄昏の図書室】に行ったことがないんだったか?」
「黄昏の……図書室?」
「噂ぐらいは聴いたことがあるだろ? 俺はそこにいる司書のおねえさんに逢いに行ってるんだ! 会いに行くには、子犬が必要なんだよ!」
会話をしながら歩いていた
近くから女子生徒の声音が聴こえてくる。癒馬が中央通りの近くを歩いていた女子生徒に向かって、手を振っている。
「ひだやませんぱーい! 今度のサッカーの試合がんばってくださーい!」
「相変わらずだな。おまえの女ったらしぶりは。それで本命は年上のお姉さんなのか?」
癒馬に皮肉を吐き捨てた。彼がどう答えるのか楽しみだった。「ひでぇな」と彼は続け「『女ッたらし』なんてそんな死語、今は、通用しないとおもうぜ!」と反論する。
死語、ときたか……。
「俺の
『
「ほぉ、そうなのか。どおりでサッカーの試合の度に、女の子にキャーキャー言われるわけだ!」
「だろ、だろ?」と自慢げに癒馬はニヒヒッと笑顔を見せ「お前もサッカー部員なんだから、ひとりぐらい応援してくれる女の子はいないのか?」と顔を近づけてくる。
大きなお世話だ。
と、思いつつも、「俺もあやかりたいよ」と
今度はふんぞり返り高飛車な顔で俺を睨む。
「どうだ、うらやましいだろ!」
苦笑いでその場をやり過ごし、肩をすくませ、癒馬をにやけた眼でみつめる。
「まあな、お前がそこまでその司書にご執心ということは、グラマーな美人なのだろ?」
癒馬に鎌をかけるつもりで問い詰めた。彼が胸の大きさと身体のラインをジェスチャーを交え、
「ああ、とびっきりの美人さ! 特に妖艶な微笑みは一度見たら忘れられない!」
歯をむき出し、子供が
呆れることを越えて、ここまで【本能の赴くまま】の性格なのか、と深いため息をついた。こんな奴と同じ部屋になったのかと、更なる彼の一面が垣間見えたように思えた。しかしながら、【同じ穴の
いつの間にか、目の前に学園寮の入り口が見えたが、癒馬の強欲に飲まれてしまったように諦め、更にため息を吐く。
ま、新聞記事はいつでも見ることはできる。コイツに付き合うのも悪くないか……。
しつこさに俺は負けていたようだった。
「ああ、わかったよ。連れて来れば良いのか? お前の熱心さにはつくづく頭が下がるよ」
「サンキュー! じゃあ、タキは学園寮の裏にある丘のほうを頼むわ!」
軽いノリに答える癒馬が、中央通りの近くに戻ろうとする時、歩き始めた俺に言葉を投げる。
「ああ、そうだ……その赤い子犬の名前な、プルムっていうらしい」
不思議に思った。プルムという言葉の意味にひっかかりをおぼえたのだ。
「あん、確か【プルム】ってラテン語で【導く】って意味じゃなかったか?」
「さあな、俺にはわかんねぇ。じゃあ、たのむぜ!」
「お、おう!」学園寮から少し入った裏道を上り、林から小高い丘を目指した。
もっと特徴を聞いとけばよかったと俺は、癒馬と別れてから後悔した。
辺りは日が落ち始め、だんだんと林の木々に影が降り始める。裏の林を道に沿って上っていく。小高く拓けた場所に出た。学園寮の施設に当たる夕日が反射し、周囲があかね色に染まった。秋風が心地よく、林に冬の到来を知らせているようだった。
拓けた場所の近くで一際目立つ子犬らしき影を見つける。その影は俺をみるなり逃げていった。
日が落ちると同時だったかもしれない。ふと目に入った先に地下に続く階段があった。
なぜ、こんなところに階段が……?
階段の先を見るとさきほどの子犬が、呼んでいるように俺を見ている。
不思議に思い、俺はおそるおそる子犬の後を追い、階段を下りた。子犬はすぐさま階下まで降りると、突如として消えた。急いで階下まで降りたが、子犬の姿が見当たらない。
ふと俺は、入り口にある古びたプレートを読んで興味を抱いた。
『地下第二図書室』
重いスライド式のドアを中へと入る。学園の敷地内で校舎から離れた場所に、図書室があることにまず驚く。この学園に入学してから三年近くたった。大きい敷地内で全ての施設を把握したつもりだったが、自分の行ってない場所があったとはここに来て新鮮に興味を抱いた。
ドアの目の前にはあの子犬がいる。どうやって中へ入ったのだろうか疑問に思った。まるで俺を導いているように感じる。まさに癒馬の言っていた名前に相応しいのではと俺は感じる。
子犬の輪郭は開け放たれたドアを潜りぬけ、俺はその後を追い奥へと入った。
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