第2話 異界の目覚め

大輔が目を覚ますと、そこは見覚えのない場所だった。背後には古びた寺があり、周囲はひっそりと静まり返っている。辺りを見回すと、彼が横たわっていたのは墓地の中だった。


「どこだ、ここは…?」


大輔は頭を押さえながら立ち上がり、混乱しながら辺りを見渡す。寺の周囲には無数の墓石が並び、薄暗い霧が立ち込めている。夜は静まり返り、不気味なほどに音がない。かすかに聞こえる風の音が、彼の不安を一層掻き立てた。


「夢…なのか?それとも、酔っ払ってここに来たのか?」


しかし、どれだけ頭を振っても目覚めることはなく、感覚はやけに現実的だった。寒気が背筋を走り、震える手でスマートフォンを取り出したが、画面は真っ暗なままで、電波も入っていない。


「まずいな…」


歩き出そうとしたその瞬間、不意に耳元でまた囁く声が聞こえた。


「…返せ…」


驚いた大輔は、周囲を見回した。しかし、そこには誰もいない。風が墓石の間を吹き抜け、まるで何者かが隠れて彼を見ているような気配がした。その時、彼の目に、古びた寺の扉がわずかに開いているのが映った。


恐る恐る寺に近づき、開いた扉の隙間から中を覗き込む。中には、仏像と共に無数の古びた供物が積まれており、その中には見覚えのある瓶ビールがいくつも置かれていた。あの夜、自分が飲んだビールと同じ瓶だと気づいた瞬間、彼は背筋が凍るような思いに駆られた。


「なんで、こんなところに…」


大輔が瓶に手を伸ばそうとしたその時、背後から異様な気配が迫ってきた。振り返ると、闇の中から無数の赤い手の跡が浮かび上がり、それが彼に向かってじわじわと迫ってくる。


「…返せ…返せ…」


声が重なり合い、頭の中で反響するように響いた。大輔は恐怖に足がすくみ、逃げ出したいと思うものの体が動かない。やがて、赤い手の跡が彼の周囲を囲むように広がり、逃げ場を失った彼の視界が徐々に暗転していった。


「…助けてくれ…」


彼の最後の声は、夜の静寂の中に消え、墓地の闇に溶け込んでいった。翌朝、寺の住職が巡回した際、彼の姿はどこにもなかった。だが、供物の瓶ビールには、どこか見覚えのある指紋が無数に付着していたという。

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