深夜のビールにご用心
星咲 紗和(ほしざき さわ)
第1話 乾杯の予兆
仕事を終えた大輔は、疲れた体を引きずるようにして自宅近くの古びた酒屋に立ち寄った。いつもはコンビニで済ませるのだが、今夜はなぜか特別なビールが飲みたくなった。どこか懐かしい雰囲気の酒屋で、大輔は店の奥の冷蔵ケースに並べられた瓶ビールに目を留めた。
「これ、一番古そうに見えるな…」
手に取ったその瓶は、ラベルが少し剥がれかけており、長い間ここに置かれていたかのようだった。何の変哲もないラベルだったが、どことなくそのビールには惹きつけられるものがあった。気まぐれにそれを買い、自宅へと帰った。
部屋に戻り、薄暗い電灯の下でそのビールを開けた瞬間、不意に冷たい風が体をかすめたように感じた。古びたアパートのボロさゆえだろうと気にせずに、大輔はあたりめをつまみにビールを飲み始めた。
最初の一口は、いつもと変わらない苦味が口に広がり、心地よい喉越しだった。しかし、二口目を口にした瞬間、ビールの味に違和感を覚えた。ほんの僅かに腐敗したような、異様な匂いが鼻をついたのだ。
「何だこれ…?古いせいか、味が変わってるのか?」
少し首をかしげたが、疲れているせいか、あまり気にせず飲み続けた。しかし、飲み進めるうちに不気味なことが起こり始める。ふと部屋の隅に目を向けると、薄暗がりの中で何かが動いているような気がした。彼は一瞬立ち上がって周りを確認するが、何もない。
「酔ってきたせいか?気のせいだろう」
そう思い、気を取り直してまたビールを飲み始めた。だがその時、突然、電気が消えた。部屋は一瞬にして闇に包まれる。大輔は驚いて天井を見上げると、そこには赤く光る手の跡が、まるで誰かが這うように一つ、また一つと現れ始めていた。
「なんだ…これ…?」
不気味な寒気が背中を駆け上がるが、大輔は恐怖を酔いで紛らわせるように、またビールを口に運んだ。懐中電灯を取り出し、赤い手の跡に光を当てると、不思議なことにその跡は消えたように見えた。
だが懐中電灯を消すと、再び手の跡が天井に浮かび上がり、次々と増え続けていく。まるで、大輔がビールを飲むたびにその数が増えていくようにさえ感じられた。
その後、再び耳元に囁く声が聞こえる。
「…返せ…」
大輔は驚いて耳を押さえるが、声は頭の中で反響するように響いていた。酔いのせいだと思いながらも、恐怖で手が震え始める。
ビールの瓶が空になったその瞬間、不気味な音が扉の向こうから響き始めた。ガタガタと叩く音に続いて、窓ガラスが割れる音、そして近づいてくる足音――大輔は立ち上がる間もなく、強烈な睡魔に襲われ、意識を失ってしまう。
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