第7話

 わたくしが文也さんと付き合うようになって、二ヶ月が過ぎました。


 ゆっくりとわたくしは彼と仲を深めています。文也さんは喫茶店が閉店する時間になると、迎えに来てくれるようになりました。今は二月で真冬です。

 さすがに外で待たせると悪いので、閉店間際になったら。店内にて待っていてほしいと伝えました。文也さんは目立つのは嫌だからと隅っこにある席で時間潰しをするようになっています。


「……マスター、今日も仁志田さんが待ってるね」


「はい、外で待ってもらうのも何なので」


「ふーん、仲がよろしい事で」


 神野さんはそう言って、にんまりと笑います。


「ま、良い傾向ではあるよね。彼氏が出来てさ」


「……はあ」


「マスター、彼氏が出来たしさ。確か、誕生日が近かったよね?」


「ええ、今月の十七日が誕生日ですけど」


「そっか、じゃあ。これ!」


 神野さんはゴソゴソと隣の座席の背面に掛けていたショルダーバッグを漁ります。少し経って、両手のひらに載るくらいの箱を取り出しました。薄緑色の包装紙に、水色のリボンが結んであって。綺麗にラッピングされた物です。


「あの?」


「一応、誕生日プレゼントだよ。おめでとう、マスター!」


「はあ、ありがとうございます」


 わたくしは受け取り、神野さんを見ます。


「あ、今から開けてくれていいよ。あたしは帰るね!」


「……分かりました」


「はい、これは今日のお代!じゃあねー!」


 神野さんは先程まで飲んでいたホットコーヒーのお金と用紙を一緒に、カウンターの上に置きます。颯爽と帰って行ってしまいました。わたくしが止める間もなかったのでした。


 後で箱のリボンを解き、包装紙も開いてみます。蓋を開けると、中にはブラウン系のブックカバーや竹で作ったオシャレな栞が入っていました。以前に読書が趣味だと言ったのを神野さんは覚えていてくれたようです。わたくし、凄く嬉しくなりました。一人でその気持ちを噛み締めていたら、文也さんが声を掛けてきます。


「智津子さん、良かったな。誕生日プレゼントをもらえて」


「……うん、凄く嬉しい」


「えっと、俺からもあるよ。そんなに高価な物じゃないけど」


 文也さんもはにかみながら、バッグから片手のひらに載るくらいの綺麗にラッピングされた箱を取り出しました。それを受け取り、わたくしはまた開けてみます。中には小ぶりなアメジストのペンダントが入っていました。店内の照明に照らされ、キラリと輝きます。


「凄く可愛らしいペンダントね、ありがとう。文也さん」


「どういたしまして、アメジストってかなり高くてさ。そのペンダントで精一杯だったんだ」


「ふふ、それでも嬉しいわ」


 笑いながら言うと、文也さんは照れ笑いの表情になりました。しばらく、二人してぽつぽつと語らったのでした。


 翌日、わたくしはこのペンダントをお守りがわりにつけるようになります。普段は服の下に隠していますけど。文也さんはしばらく、仕事で残業が続くので迎えには来れないとスマホのラーンで伝えてきました。

 承諾の返信をすると、「本当にごめん、後で埋め合わせはする!」と返信がきましたけど。今日も、神野さんや天野さんが来店しています。


「マスター、仁志田さんが来ないね」


「はい、しばらくは残業があるから、迎えには来れないらしいです。わたくしは気にしていませんけど」


「ふーん、仁志田さんはカッコいいからね。彼、かなりモテるって恭也が言ってたよ」


「はあ」


「マスター、あんなに出来た人はそうはいないよ。ちゃんと捕まえておかなきゃ!」


 わたくしは神野さんの言葉に戸惑います。天野さんはにっこり笑うと、神野さんに言いました。


「……美帆、余計な事は言わない。前にも注意したよね?」


「はい、すみません」


「ごめん、マスター。美帆さ、恭也さんとケンカしたらしくて。だから、マスターに八つ当たりしてるんだよね」


 わたくしは曖昧に笑いました。天野さんはじっと神野さんを睨みます。


「全く、あんたは。マスターは美帆や恭也さんには直接的に関係ないでしょ。今後は気をつけてよ?」


「はい」


 天野さんにピシリと言われ、神野さんは萎縮しています。わたくしは苦笑いするのでした。


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