第5話

 わたくしの店に、章一家や神野さん、天野さんが来るようになりました。


 既にこの7人は常連さんです。季節もゆっくりと過ぎていき、もう12月の上旬になりました。冬に入り、すっかり外の景色も物悲しい感じになっています。寒くもなって、水仕事がきつい時期ですが。わたくしは毎日、黙々と業務をこなしています。今日も、来店していた天野さんや神野さんと歓談していました。


「……マスター、もうすっかり寒くなったわね」


「はい、後2週間もしたら。クリスマスですねえ」


「本当にね、マスターはクリスマスの日はどうするの?」


 神野さんが何気なく訊いてきます。わたくしはちょっと、答えに窮しました。苦笑いしながらも言います。


「……そうですね、1人で朝から普段通りにお店にいるでしょうね」


「マスター、それは流石にツッコミ様がないから」


「まあまあ、美帆」


「だあって、マスターさあ。あたしや舞美まみのように友達がいるわけじゃなし。ましてや、彼氏もいないときた。寂しくないの?」


「……そう言われましても」


 わたくしは眉を八の字に下げます。ちなみに、美帆さんは神野さんの下の名前で。舞美さんは天野さんの下の名前になりますね。話をする内に2人が教えてくれました。


「うーん、だったらさ。美帆がマスターに彼氏を紹介してあげたら?」


「はい?!」


「あんたがそこまで言うんなら、いっその事さ。男友達の1人でもここに連れてきなさいよ」


「……な、舞美。あたしは確かに男友達はいるけど」


「偉そうに言ってたのはどこの誰よ、できないんなら。マスターに謝って」


 天野さんがきっぱりと言います。わたくしは慌てました。穏やかな彼女からは想像できない手厳しさです。


「……分かった、あたしが悪うございました。ごめん、マスター。今のはあたしが言い過ぎたわ」


「いえ、神野さんが気になさるのも理解はできます。わたくしはさほど、気にしていませんから」


「そっか、うーむ。よし、あたしが今回は一肌脱ぎますか!」


「え、美帆?」


「さっきの話、無かった事にしたいとこだけど。マスター、あたしね。最近に新しく彼氏ができたのよ。その彼氏の友達を紹介してもいいかな?」

 

「ちゃんと話聞いてた?マスターは何にも、言ってないじゃない」 


 また、天野さんが窘めようとしましたが。神野さんはわたくしをただ、じっと見つめます。仕方なく、答えました。


「……分かりました、その彼氏の友人の方が良いとおっしゃるなら。お会いします」


「了解、じゃあさ。早速、今日にでも彼氏に連絡してみるね!たぶん、今週の終わりにはまたここに来るからさ。その時に一緒に連れて来るよ」


「はい」


 わたくしが頷くと。神野さんは隣の椅子に置いていたショルダーバッグを取ります。天野さんも同じようにしました。2人は立ち上がります。


「ごちそうさま、マスター。お会計は一緒でお願いね」


「はい、では。こちらに」


 レジ台に行き、お会計を済ませました。2人はにこやかに笑いながら、帰って行くのでした。


 あれから、早いもので4日程が経っています。神野さんや天野さんと約束した当日になりました。4日前は水曜日だったので今日は土曜日です。

 ふと、なんとはなしにお店の壁にある掛け時計を眺めていました。カランカランとドアのベルが鳴って。来客だと分かりました。椅子から、立ち上がります。見ると神野さんと見知らぬ男性2人組がいました。


「いらっしゃいませ!」


「こんにちは、マスター。約束した通り、来たよ!」


「あ、神野さん。こんにちは。あの、そちらの方々は?」


「あー、あたしの右隣にいるのが彼氏の恭也きょうやで。さらに、恭也の隣にいるのは友達の仁志田にしださん。2人は同じ会社に勤めているの」


「初めまして、美帆が紹介してくれましたけど。改めて、俺は下房恭也しもふさきょうやと言います。よろしくお願いします」


「はい、初めまして。わたくしはこの喫茶店のオーナーで入江智津子と申します。以後お見知り置きを」


「初めまして、ご紹介にあずかりました。俺は下房さんの友人で仁志田文也にしだふみやと申します。よろしくお願いします」


「ご丁寧にありがとうございます、えっと。下房さんと仁志田さんですね、あの。ご注文はどうしましょうか?」


 わたくしが言うと、神野さんが2人を見ます。


「あの、この喫茶店はね。コーヒーやワッフル、ブラウニーが美味しいって言うので有名なの。恭也や仁志田さんは甘い物が好きだったよね?」


「ああ、好きだよ。じゃあ、早速ですみませんが。俺はホットコーヒーとシナモンクッキーをお願いします」


「俺もホットコーヒーとブラウニーをお願いします」


「あたしはホットミルクティーとワッフルにしようかな」


「分かりました、ホットコーヒーが2つ、ホットミルクティーが1つと。シナモンクッキー1つ、ブラウニー1つ、ワッフル1つですね」


 わたくしは頷いて、カウンターの裏側に行きます。仁志田さんが軽く会釈をしてきました。とりあえずは同じようにしたのでした。


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喫茶店〜sea ​​cove〜 入江 涼子 @irie05

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