騙されていたいラブ・コメディ

スミンズ

第1話

 土曜日。


 今日はだらけた休日を送ろうと14時過ぎに早々にパジャマに着替えていた矢先、突然会社の後輩から電話がかかってきた。


 『あ、福浦先輩ですか?』


 声の主は井川陽斗だった。


 「うん。そうだけど。陽斗くん、どうしたんだ?休日に電話なんかかけてきて」


 『いや。それがですね。急遽、今日この会社の20代組で飲み会をしようか、なんて話になってですね。福浦先輩も暇ならどうかな、なんて思いまして』


 「ん、まあ用事は無いな」もうパジャマ姿だよ、とは言えない……。


 「けれども俺、20代とは言ってもキミらフレッシュな20代前半とは違って所謂『アラサー』ってやつだぞ。いいのか?」


 『何いってんすか。5歳も違わないじゃないですか。あと、福浦先輩。たまには俺らとつるんでくださいよ。爺さんたちの愚痴を聴くだけでいいっすから』


 「わかったよ。行くよ」リア充に言いくるめられたような感じになったが、たまには良いだろ。お一人様万歳を繰り返しすぎると後々後悔するのは痛いほど知っているのだ。


 『ありがとうございます!場所は川崎駅前の仲見世通りの焼肉屋○○です。19時で予約してるんで』


 「了解」俺はスマホの通話画面を切る。夜の仲見世通り、好きくないんだよなあ……。



 川崎駅についた。川崎駅はラゾーナやアトレと言った大きなショッピングモールに直結しているおかげで、土曜日も人で賑わっている。億劫になりながらも、仲見世通りへ続く横断歩道へと歩を進める。駅前ではいつも通り、誰かしらが路上ライブをしている。


 地元の下関駅前でもよく観た光景ではあるが、こういうことをできてしまう人間というのが、俺にはちょっと眩しすぎて、いつも直視できないでいた。


 だから俺は、自分の足元だけを見つめて歩き続ける。無意識のうちに、仲見世通りという看板のかかった門を潜っていた。陽気な老若男女の人々が道を行き交う。俺はともかく早く指定された焼肉屋に逃げ込みたくて、今度は店の看板を舐めるように眺めながら歩く。するとわりかしすぐに陽斗くんの言っていた焼肉屋を見つけた。


 俺は扉を開ける。


 「いらっしゃいませ!」威勢の良い店員の声がする。


 「あの、恐らく井川陽斗って名前で予約してると思うんですけども」


 「……井川さんですか。はい。お待ちしておりました。案内いたします」そう言うと店員は俺の前を先導する。


 すると飲み会というのはおかしい、2人掛けのテーブル席へと案内される。そしてそのテーブル席の向かい側に座っている人に俺は驚いた。


 「洲宮すのみや……さん?」


 「……福浦先輩」


 洲宮宝花すのみや ほうか。会社では何かと明るく振る舞う彼女が、いつもとは違い少し俯き気味に座っていた。


 「あれ。俺、陽斗くんに誘われて来たんだけど、なんか間違えてたかな」


 「間違ってないです」洲宮は真剣な眼差しで俺を見つめる。そして、向かいの席を勧めてきた。俺は観念して席に着く。確かに陽斗の名前で予約されていた。じゃあなんだ。俺は騙された。何のために?


 そんなことを思っていると、洲宮は手元のスマホを俺に渡してきた。今どきの焼肉屋って自分のスマホから注文かけるんだった、なんて今更になって思い出す。


 「なんかまず、飲み物でも頼みましょうよ」洲宮はそう言うと、初めて笑った。


 「うん、そうだね……。って洲宮さんのスマホいじって良いのか?」


 「良いですよ。けど勝手にラインとか観ないで下さいよ」


 「そんなゲスいことする男だと思われてるんか……」


 「冗談ですって」そう言うと洲宮さんは俺の肩を叩く。どうやら調子が出てきたみたいだ。


 俺はビールを頼むと洲宮さんにスマホを返す。


 「でも、なんで今日は飲み会に洲宮さんしかいないんだ?みんな用事ができてしまったのかなあ。そうすると気まずいな」俺は頭を掻きながらそう言うと洲宮さんはムスッとした顔になる。


 「それって鈍感とかそう言うレベルではないと思うんですけども……」


 「だよね……」さすがに鈍感な俺でも薄々勘づいていた。陽斗くんは俺を騙したのだ。俺と、洲宮さんが二人っきりになるように。


 「井川くんには演者をやってもらうことにしたんですよ。福浦先輩、1人が好きな人間だっていうのは知ってますし、仮に私が2人で会いましょうと言ったって逃走する可能性がありますから。なら井川くんの陽キャパワーでなんとか捻じ伏せて仲見世通りまで誘導するのが手っ取り早いってことでですね」


 「……わかった。嘘つかれた理由はわかった。だけど、なんで洲宮さんは俺と二人きりで飲み会だなんて……」


 「それはもちろん……」そう言うと洲宮さんはスマホ画面を見せて来た。


 「ラインの友達登録、してください」


 「……お、おう」俺は戸惑いつつQRを読み取る。完全に告白される流れだと思って息を飲んでいたのに……。


 「だって酷いじゃないですか。井川くんとかとは連絡先交換しているのに」


 「それは、陽斗くんとは仕事でも連絡を取り合う必要があったからだし。それに教えてほしいんだったら会社で言えばよかったのに」


 「まあ、それでもよかったんですけど……」洲宮さんは声を窄める。


 そんな合間に、注文していた飲み物が届く。どっちも中ジョッキだ。考えが纏まらない。取り敢えず、自然と洲宮さんと乾杯してビールを口に流し込む。


 「やっぱり、それも建前……?」俺は思い切って訊ねた。


 「まあ、そうっすね」少し火照った顔をした洲宮さんは、泡を口につけながら笑った。そして、洲宮さんは椅子の横のハンドバックに手を入れると、何かしらのチケットを取り出した。


 「何のチケット……?」


 「これはライブのチケットです。明日、二人っきりで行きませんか?」


 そう言って洲宮さんはチケットを渡してきた。そこには、聴いたこともないライブハウスの名前と、バンド名が書かれていた。


 「桜ガイア……」


 「まあ、聴いたこともないバンドだと思うんですけどね」そう言うと洲宮さんは静かに目を閉じた。


 「なんでこのバンドのライブに俺を?」


 すると洲宮さんは目を瞑ったまま意味ありげに笑う。


 「実はね、この桜ガイアって、私が立ち上げたバンドなの」


 「え?」


 「大学のとき、ギターボーカルとしてずっとやってきていたバンド。だけど、これじゃ食えないって、見切りをつけて脱退した、そんなバンド」


 「……そうだったんだ」俺はなんて返せば良いのか分からなかった。


 「だけど、そんなバンドがさ。小さい箱とは言えど遂にソロでライブをやるって言うんだから。凄いよね」


 「凄いけど。洲宮さん的にはどう思っているんだ」


 すると洲宮さんは静かに目を開けた。


 「嬉しいよ。そりゃ、昔良く一緒にいた人たちがそこまできたんだから。けれどもね。それって私には全く関係のないことなの。そこに私は居ないのだから」


 「でも……。いや、じゃあなんでその、桜ガイアのライブに行こうと思ってるんだ?」俺が言うと洲宮さんはフフッと笑った。


 「昔の友達に、好きな人を紹介するため、かな」


 「ゴフッ!!」唐突な攻撃に俺は思わずビールをむせる。


 「なんてね。なんだかね。根拠は無いんだけど今の桜ガイア、きっとさ、福浦先輩に気に入ってもらえる気がするんだよね」


 「そうなのかな……。言っても俺、ロックバンドなんて大して聴かないぞ」


 「それでも、聴いてほしいんです」


 そう言うと洲宮さんは見たことのないような真面目な顔で、俺を観てくる。目をそらしたくなるが、ここでそらしたら何もかもが終わってしまいそうな気がした。俺はグッと洲宮さんの目を見つめながら、言葉を吐いた。


 「分かった。行こう」


 すると洲宮さんは顔を緩めた。そして「ありがとう、福浦先輩」と言うと中ジョッキのビールを一気に口に流し込んだ。



 「福浦先輩。手を繋いで」真っ赤な顔をした洲宮さんはデレデレ顔で無理やり俺の手を握ってくる。


 「良いよー、とは返してないんだけどもね……」


 だが悪い気はしない。小さな手が俺の手にすっぽりと収まる。


 「本当に、洲宮さんって……」俺はふと口にして、つぐんだ。


 「なんですか?」洲宮さんはくるっとした目で俺を見つめてくる。


 本当に、不器用なんだな。愛おしいほどに。

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