ちくわこんにゃくうぉー

 時刻は午前一時、真夜中。

 会社の飲み会で遅くなってしまったが、幸い明日の仕事は休みだった。

 なので、同じマンションに住んでいる同僚と、駅前のおでん屋台に寄って、もう一杯だけ飲もうとなった。


 屋台の店主のおじさんにそれぞれ、好きなおでんの具と冷酒、お猪口を二つ頼んで受け取る。


 男二人、互いに冷酒を注ぎ合って、小さくそれをチンと打ち付けて、「乾杯」とこれまた小さく呟いた。


「大根って、どうしてこんなに味が染みるのかね」

 連れは箸で大根を持ち、目の前でじっくりと眺めていた。


「それはね『拡散』って言って、 煮られると大根の細胞膜の機能が低下して……」

「やめろ、酒が不味くなる」

 僕が説明してやろうとしたら、連れが横目で僕を見ながら、説明を遮ってきた。


 僕は理系で、連れは文系だったので、この手の話は苦手のようだ。

「なあ、おでんの具で何が一番好きだ?」

 顔は真っ正面、アゴをしゃくれさせ、肘を付きながら、お猪口だけを傾けて、お行儀悪く冷酒を飲んで連れが聞いてきた。


「おでんの具で、ねぇ……」

 一通り思い浮かべてみる。

 大根、たまご、ごぼう巻、ちくわ、はんぺん……。

 うぅ、練り物はちょっと苦手だ……。

 他には、ん~、あっ!


「こんにゃく!」

 つるつるとした舌触り、歯で少し噛むと押し返してくるほどの弾力。

 ぷにぷに? ぶにぶに?

 なんとも言えないあの食感。

「僕は、こんにゃくが一番好きだなぁ。おじさん、こんにゃく頂戴」

 しみじみと答えながら、こんにゃくを貰い、一口食べる。

 独特な食感を楽しみながら、お猪口の中の冷酒をクイッと飲み干す。


「俺、こんにゃく苦手だな~、あの食感がダメだ~」

 あの食感が良いと言うのに、なんて奴だ。

「僕の好物をそう邪険にするなよ、そういう君は何が好きなのさ」

 別になんとも思っていなかったが、パフォーマンスでムッとした表情だけ作り、今度は逆に質問してみた。


「俺は『ちくわ』一択だね!」

 即答だった。

 しかも、よりにもよって『ちくわ』か。

「僕、ちくわ苦手」

 さっきの仕返しのつもりだったのか、僕自身も不確かだが、連れの方は向かずにボソッと言ってみた。

 「「……」」

 少しの間、静寂が流れる。

「いや、うまいだろ、ちくわ」

 静寂を先に破ったのは連れの方だった。

「ちくわ旨いだろ!普通のちくわと違って、ちょっと焼き目があって、 つゆ吸ってやらかくなって、旨いじゃん!」

 力説だった。

 話を聞くだけであれば、確かに美味しそうに聞こえなくもないが。


「いや、僕はその柔らかいのが苦手で……」

「こんにゃくなんて食感だけじゃん、味しないし!」

 やばい、連れの何かに引っ掛かったのか、スイッチが入ったのか、熱量が上がっている。

「いや、こんにゃくは食感が楽しいんだよ!それに少し煮汁と一緒に食べれば、味もしっかりするし、美味しいんだって」

 酔っ払っているのか、僕も少し語調が強くなってしまったかもしれない。

「味しないのが良いんかっ」

「いや、そうじゃなくて」

 やばい、収拾が付かなくなってきた。

 あーでもない、こーでもないを二、三往復した後で僕が咄嗟に。

「お、おじさん!」

 僕がバッとおでん屋台の店主のおじさんを見る。

「おじさんはおでんのプロだから、おじさんが美味しいと思うものが一番旨いんだよ!」

 なんとも苦し紛れだ。

 こんなので納得する奴なんか居るのだろうか。

「たしかに」

 いた。


 おじさんはお玉で煮汁を掬っては、繰り返しおでんの具に掛ける動作をピタッと止めると、僕ら二人をジーッと見つめた。

 再び静寂に包まれる屋台。

 さっきまでお互い向き合って、やんや言い合っていた僕と連れも、おじさんの方を向きジーっと答えを待つ。


「ころ」

 その時は突然訪れた。

 おじさんの返答だった。

「ころ、ですか……ころ?」

 僕は聞き慣れない単語を反復し、脳内の引き出しから該当する答えを探そうとしていた。


 ころ、ころ……と僕が呟きながら考えていると、連れが突然スマホを取り出し、カタカタとネットで検索を始めた。

「あ、これだ、あったぞ『ころ』」

 連れは僕にスマホを向けながら検索結果を見せてきた。


『ころ』

 クジラの皮・皮下脂肪の部分。

 鯨油でカラカラに揚げたもの。

 出汁を吸わせたものがおでんの具として食べられる。


 書いてあった検索結果を読み上げ終わる。

 僕と連れはスマホを見ていた顔をゆっくりと上げて、そのままおじさんの方を見た。


「「『ころ』ありますか?」」

 どうやら考えていたことは一緒だったようで、口を揃えておじさんに聞いていた。

「あるよ」

 お玉を差し出すおじさん、その中には串に刺されて、プルプルしていて、串の先っぽの方にだけ黒い皮が付いたものが入っていた。

 これが『ころ』。


 連れと僕はそれを受け取ると、ゆっくりと口に運ぶ。


 見た目通りのプルプルとした食感。噛んだ感じはふわふわとしていて、なんとも不思議な感覚だった。

 おでん汁も染みていて、噛むと中からジワァっと染み出してくる。

「「旨ぁ……」」


 しみじみと漏れたこの一言をもって、僕と連れのおでん戦争は、『ころ』が漁夫の利を攫う形で終結した。

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