ナーロッパの人々
@skri
第1話 杖職人見習いのカーゴ
窓から差し込む太陽の光で目を覚ます。
日の出がちょうど寝床に当たるこの部屋では朝日が目覚ましがわりになる。
「寒い…」
季節は春、昼間は過ごしやすいが、早朝のこの時間は染み込むような寒さがあり、愚痴を零さずにはいられない。
寝床の下に置いているブーツを履き、いつも通り丁寧に靴紐を編んでいく。親方はどんなに細かいことでも雑な仕事は許さない御方で、それは日常生活にまで及んでいる。もし作業中に靴紐が解けようものなら容赦ないげんこつが飛んでくる。
一階の作業場へ降りていくと、ふわりと濃厚な木の香りが鼻をくすぐり、仕上げを控えた杖たちが朝日に照らされている。
カーゴはこの瞬間がたまらなく好きだった。
数秒その光景を堪能すると手早く注文票と進捗の確認を終わらせる。その後作業場の奥にある台所に移動し、朝食の準備を始める。
パンを厚めに切り、そこに薄く切ったチーズと塩漬け肉をのせる。魔法陣に鍋を置き、魔石を魔法陣に繋がる導魔線の端部に置く。
次第にあったまっていく鍋の中身は昨日の夜に作った野菜のスープだ。季節の野菜と干からびた塩漬け肉のかけらが入っている。
鍋があと少しで煮立つところで魔石を外し、味を見る。
うん、少し薄いがチーズと塩漬け肉と合わせるとちょうどいいはずだ。
親方のところへ来てから料理の腕も上達した。親方から学ぶことは杖作りだけではない、神経質な親方と生活を共にすることはもちろん気苦労が絶えないけど、なんでもそつなくこなす親方に引っ張られて僕も料理から始まり、掃除、洗濯、裁縫とどれもある程度の技術を身に着けるに至ったのだ。
味の決まったスープを椀に移し、テーブルに並べていると階段を降りるを音が聞こえてくる。
いつもの時間、いつものリズムで降りてくるその人は先ほどから幾度も話題に挙げている親方だ。
「おはようございます。親方!」
「うむ、おはよう。」
降りてきた親方はいつも通り、ぱっと見ではどこかの貴族家の執事のような紳士然とした見た目をしており、初対面の客なんかは親方を接客担当と勘違いすることもあるくらいだ。
「では、いただこうか」
「はい、いただきます。」
二人して食卓につくと、スープを一口飲み、パンをかじり、よく噛む。
「うまいな」
「ありがとうございます!」
親方は厳しい方だが、僕がよくやるとちゃんと褒めてくれる優しい方なんだ。
普段の様子から町で会う人からは時々心配されることもあるけど、僕は親方のもとで修業ができていることをとても幸運だと思っている。
食事を終えると店の準備だ。
窓を開け換気をし、商品の埃を払い、店の前も箒をかける。
この年に杖職人は親方を含めて数人いるが、この店ほど内装を綺麗にしているところは他にない。それは杖というのは基本的に受注生産であるため、商品を並べる意味が薄いということとそれらの店の多くが紹介によって顧客を増やしているからだ。
親方の店でも、来客のほとんどはその他の店と客層はそう違わないが、時折訪れる見慣れない客もこの店では対応することがある。
そういった客の依頼は大抵旅の魔法使いの杖のメンテナンスであるため、カーゴの担当だ。
開店作業を行ったカーゴはすでに作業を始めていた親方のそばに腰を下ろし、自身も作業を始めた。
現在、作業を担当しているのは樫の木で作られた50cmほどの平均的な杖だ。装丁は杖頭に鳥が彫ってあり、宝石の類は無い。鳥の意匠は旅をする魔法使いに好まれるもので、鳥の種類は杖の作られた地方に住む鳥であることが多い。
この鳥は、嘴が頭と比べて大きく、尾羽も目立っているので南の方の種類だろうか。おそらくこの杖を持ち込んだ魔法使いも南の方からこの都市まで旅をしてきたのだろう。
カーゴは杖の来歴に思いを馳せた後作業に移った。
頼まれたのは、歪みの修正と削れた箇所の補修だ。歪みの修正は昨日のうちに器具を用いてまっすぐになるよう固定し、一晩置いておいた。いくつかの角度から歪みが補正されたことを確認すると、削れた箇所の補修に移る。補修が必要なのは時たま地面を突いたのか杖先の部分とどこかにぶつけたのかへこんでいる箇所の2箇所だ。
杖先削れた箇所の少し上部から切り落とし、少々の切れ込みを入れる。そこに依頼主の要望通りの長さとなるように樫の木の円柱を接着剤で接着し、杖の表面を鑢で滑らかに仕上げる。へこんでいる箇所には、凹みに沿うように木片を削り、こちらも接着剤で接着後、鑢をかける。
自身の作業に納得がいくと、最後に親方のチェックを受ける。
が、親方の作業がひと段落するまでは安易に声を掛けてはいけない。親方の集中力がすさまじいせいで声を掛けても気づかないし、無理にでも気づかせようものなら客であってもげんこつが飛ぶほどだ。
なのでカーゴは親方の作業を静かに見つめる。
この時間こそがカーゴにとって一等大切な時間であったし、カーゴの将来を決定づける要因となっていたのであった。
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