第6話 恩義の重み
お父様に命じられ、私はレイクウッド侯爵家のジェイミー様に会うために、屋敷を訪れた。
玄関先で出迎えてくれたのは、屋敷の執事と侍女たちだった。
「ようこそいらっしゃいました、ヴィオラ様。お待ちしておりました」
「えっと、お忙しいところをお出迎えいただき、ありがとうございます」
まるで救世主を見るかのような、輝くばかりの眼差しを向けられる。その視線の熱量に、私は戸惑いを覚えた。どうして、そんな目で私を見るのかしら。
疑問に思いながら案内されて、応接間に通される。そこに、ジェイミー様が待っていた。
「よく来てくださいました、ヴィオラ嬢。お会いできて嬉しく思います」
ジェイミー様は一歩前に出ると、にこやかに微笑んで私を出迎えてくださった。
「お久しぶりです、ジェイミー様。お招きいただき、恐悦至極に存じます」
私は心を落ち着けるように深呼吸をしてから、丁寧にお辞儀をした。
ジェイミー様とは社交界で何度かお会いしたことがある。今日のジェイミー様は、以前とは違った印象だった。
前にお会いした時は、まるで重荷を背負っているかのようなお疲れの色が濃く出ていた。老人のようなくたびれた様子だったのに。
それが今では、疲れの色は影を潜め、本来の若々しいお姿を取り戻していた。元気になってよかった。
「どうぞ、お掛けになってください」
「はい。失礼します」
ジェイミー様に勧められるまま、私はゆっくりとソファに腰を下ろした。
「今日ヴィオラ嬢に来てもらったのには、理由があります。俺から、あなたに感謝の気持ちを伝えたかったのです」
「感謝、ですか?」
思いがけない言葉に、私は疑問に思った。何に対する感謝なのだろう。
「ええ。あなたから頂戴した、エルドラド鉱山のおかげで、窮地に陥っていた我がレイクウッド家の財政を立て直すことができました。金や銀、銅や鉄と、豊富な鉱脈に恵まれたあの鉱山がなければ、今頃レイクウッド家は崩壊していたでしょう」
そう言って、ジェイミー様は私を見つめる。その瞳には熱のこもった輝きがあった。
「そういうことだったのですね。鉱山が、ジェイミー様のお役に立てたのなら本当に良かったです。あの鉱山は、正直私にとっては重荷でしかありませんでした。有効に活用していただけて、私も嬉しく思います」
エルドラド鉱山は、偶然私が贈り物として受け取ったものだ。だけど私は、それを持て余していた。扱いきれないので、誰かに譲ろうと思っていた頃に彼と出会った。
ジェイミー様から聞いた話を総合すると、あの鉱山はレイクウッド家の窮地を救う起爆剤となったらしい。年間100万ゴールド以上の収益を生み出し、見事に財政難を解消したそうだ。
「鉱山を譲っていただいたあなたの判断がなければ、レイクウッド家は没落し、俺も貴族の地位を失っていたはずです。最悪の場合、処罰を受けていたかもしれません。とにかく俺は君に、感謝してもしきれないほどの恩義を感じているのです」
「いえ、とんでもない。私はエルドラド鉱山を譲る判断をしただけです。ジェイミー様の優れた手腕があってこそ、鉱山の価値も開花したのだと思います。むしろ私の方が、立派に事業を成功させてくださったジェイミー様に感謝を捧げるべきですわ」
自分の行いを過大に評価されるのは、どこか居心地が悪い。私は、ジェイミー様の手柄を称えた。
「ヴィオラ嬢。あなたの謙虚なお心遣い、身に染みて感じます。ですが、やはりあなたの存在は私にとって特別なのです。だからこそ、あることを申し上げたくてお招きしました」
真剣な面持ちで切り出すジェイミー様。その言葉に、私は息を呑む。
「ヴァレンタイン家の御曹司との婚約破棄のこと、伺いました。本当に遺憾に思います」
「その件について、私は納得していますので大丈夫ですよ」
私は静かに答える。
「そうでしたか」
「はい」
彼が悲しそうな表情を浮かべる。どうしてなのでしょうか。
「それで、私はヴィオラ嬢の新たな婚約候補として名乗りを上げました。もし私で良ければ、全身全霊を捧げてあなたの幸せのために尽くすと約束します。これからの人生、あなたとともに歩ませてください」
ジェイミー様は真っ直ぐに私を見据えて、情熱的に語ってくださった。
その申し出に、私は驚きを隠せない。まさか、ジェイミー様からこのようなお言葉をいただけるとは。
胸の中に、感情が渦巻く。驚きと戸惑いが交錯して、そこに喜びと感謝の気持ちが加わる。様々な感情が入り混じり、私の心を大きく揺さぶっていた。
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