裸足のマッチ売り少女系アイドル

 河今治と、清見の街散策は、背後の駅での狂気の選挙「暴動」を残して続く。



 次に目にしたのは、【マッチ売りの少女】である。


 こんな寒さつのる11月だが、少女は靴を履いておらず、裸足で、ビルの隙間で震えていた。



「ねえ、あれ」


 清美が、それに気が付いて、河今治の細い横腹を指で突いた。


「コスプレか……?」

「震えてない?」



 真っ赤な頭巾付きの外套がいとうを羽織った少女だった。秋の収穫祭の時期の小麦を思わせる金色の髪をおさげの形に結んでいる。太陽の光を知らないであろう純白に近い顔をすっと上げると、そこにはまっていた瞳の色は、快晴の空の色をしていた。



 少女は、歩み寄ってきた河今治と清美に対して、こう言った「マッチ、いりませんか」と。


 演技にも、コスプレにも思えなかった河今治は、財布から、リンゴの皮を一枚取り出した。



「1箱、ください」

「あ、ありがとうございます……!」

「お嬢さん、帰る家は……」

「おうち……その……」



 河今治は、童話『マッチ売りの少女』の概要を知っていたからこそ、少女へ投げた質問が愚問であったと、反省した。


――童話の物語の通りであれば、少女は、家に帰ることすら恐ろしいのだろう。



 その時、乱入者があった。


「へいへい、そこのお嬢さん、アイドルとか、興味ない!?」



 清美と河今治を押し退けて、強引に割り込んできたのは、黒いキャップを被った男だった。


 彼の言動から察するに、これはアイドルの勧誘なのだと。



「あいどる……?」


 空色の瞳をうるうると潤ませた少女の目元に、金色の前髪と、深紅の頭巾がずり落ちた。男は、畳み掛けるように、少女の肩をポンポンと軽く手で叩いた。


「僕の目には、君がたくさんのファンの前で、踊って、歌う姿が、見えるんだよ」

「ちょっと、待ってください」



 マッチ箱が歪むぐらいに手を強く握りしめた少女に、さらに体を寄せる男。そんな唐突な乱入者に、清見は語気を強くした。


「渋谷区では、路上でのスカウト行為が禁止されてますよ」



 ナイス清美!と、河今治は思った。


 しかし、男は食い下がらなかった。



「このを奪う気ですか!?早いもの順って言葉、知ってます!?」

「マッチを売って飢えを凌ごうとしている子を、アイドルに誘うんですか?連れていくべきはステージではなく、児童相談所ですよね?」



 言葉の剣と盾を駆使して、少女を守ろうとする清美。彼女に、微力ながら加勢できればと、河今治は少女に寄った。


「彼女の言う通りです。子どもは、商売道具じゃありません!」



 男は、それで沈黙した。


 しかし、次いで、続々と【スマホ頭】の男たちが、津波のごとくやってきたのだ。文字通り、【スマホ頭】で、人間の頭部の代わりに、スマホが首もとから生えていた人間だった。



 スマホ人間たちの画面には、赤い頭巾を被った金髪の少女しか映っていなかった。


「こ、これが、ウワサの童話系アイドル・・・!」

「きゃああ!カワイイー!!」

「これであったかい鍋をお食べ!」



 パシャリパシャリと、カメラのシャッターを切る音が機関銃のごとく鳴り響き、フラッシュを焚く白い光が満ちた。少女は、見慣れない光の点滅に顔をしかめ、空色の瞳をぎゅっと閉ざした。



 スマホ人間たちは、両手にまでスマホや一眼レフカメラを少女に構えて、ポケットや財布から林檎の皮を取り出して、それを少女に投げつけた。



「これで新しい衣装買ってください!」

「新しいファッション、#童話系ファッション、と」

「ファンクラブ開いてください!お願いします!」


 スマホ人間たちは、財布の中身の林檎皮が空になるまで、それを投げつづけ、さらに、自らの体を包丁で切断してまで、それを差し出した。身体から切り離されたスマホ人間たちの指や腕は、瞬きの刹那で、林檎の赤い果実へと変貌した。



「あはは……ありがとうございます……」


 少女は困惑しながらも、スマホ人間の群れから投げつけられるりんご皮や林檎の果実を受けとる。両腕では抱え切れなくなり、足元には、林檎の皮の赤い絨毯が敷かれた。



 黒キャップの帽子のつばをクイッと上げた男は、少女の太陽を知らない手を引いて、大空に伸びた林檎の赤い絨毯へ歩み出した。


「さあ、君の夢に歩み出そう」



 男がそう言うと、少女は、こくりと首を縦に振った。


「これで、大きなおうちに住める……?」

「もちろん。ファンに支えられて、君は幸せを手にするんだ」

「好きなもの食べられる……?ガチョウのお肉も、温かいシチューも……?」

「当たり前じゃないか。今日から君は、究極の売れっ子アイドルさ」



 空に伸びる林檎の皮の絨毯を歩く【アイドル】を追いかけて、スマホ頭の人々がその姿を写真におさめ、押し合いへし合いしながら地を這って、歩いて、追いかけた。



 少女が座り込んでいたビルの間の薄暗さには静寂が戻って、踏み付けにされて歪んだマッチ箱が残されていた。



「あの子、笑ってたね」


 清見は、多くの【スマホ人間】に囲まれて、空に伸びる絨毯を歩いた少女の笑みを思い出した。


 なんだか、やるせない。



 そんな感情を残留させた河今治は、「行こう」と言って、マッチがもう残っていない壊れたマッチ箱を拾って、上着のポケットに入れた。



――そのとき、河今治の上着が燃え始めた。


「うわああああ!?」

「河今治さん!?」



 清美が急いで駆け寄って、ペットボトルの水を浴びせたり、上着を覆いかぶせたりして、彼を焼き尽くさんと燃え滾る赤い炎の鎮火を試みた。


 しかし、炎は収まることを知らず、むしろ、河今治を飲み込むようにして大きく育った。



 河今治は地面にばたりと倒れこんで、彼の意識は、炎の紅に染まり、やがて闇の黒に塗りつぶされた。

 

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