Imagine World 夢の異世界で何をする?
浅芽 真優
第1話「Annfang」
この世界は退屈だ。
本を開けば、テレビを点ければ、スマホを開けば・・・・・・ありとあらゆる想像の世界があり人々を退屈から救ってくれる。
まあ、実際問題世界を支配する悪とか怪獣なんて出ない方が良いんだけどさ。
それでも憧れてしまう、あの頃――いや、今も夢見る想像の世界を。
手に四つ葉のクローバーを持つ学生服を着た少年は町中を歩きながらそんなことを考えていた。
少年を憂鬱たらしめるのは灰色の空か、モノクロの過去か、一縷の望みしかない現実か、はたまたその全てか。
誰か俺の悩みを笑ってくれたら気も楽になるけどな・・・・・・。
目的地に着き、少年は気の抜けた歩みを止めるとその場にしゃがみ込んだ。
北田家と書かれた墓標の前に、手にしていた四つ葉を供え手を合わせる。
「どんなに辛くても俺は夢を叶えるまで生きなきゃいけないんだろ?七虹・・・・・・」
不思議だな、返事が返ってこないは分かっていても話してしまう。
「俺の夢は未だ叶いそうに無いし、当分の間はここに来るよ」
少し暗い雰囲気になってしまったな。
明るい話題を持ってくれば良かった。
「やっぱりここにいた~」
暗い雰囲気に居心地の悪さを感じていると後ろから声を掛けられた。
その声は明るく、そんな場を壊してくれた。
「いつもの連絡は済んだか?」
もう一人の穏やかな声は俺の心を落ち着かせてくれた。
「一華、勇翔――」
振り向くと、笑いながら近づいてくる幼なじみの姿があった。
相変わらずこの二人は俺の希望でいてくれる。
「ありがとう」
思わず口にした感謝の言葉に二人の幼なじみは照れくさそうにした。
「なに?いきなりさ~」
「そっそんなことより、学校遅れるぞ」
ああ、もうそんな時間か。
俺は振り返り墓石にもう一度向かった。
「俺は行くよ。あと・・・・・・やっぱ楽しいや」
そう告げると少年は幼なじみ達と共に学校へと歩み始めた。
---
墓地から十五分程度歩き、俺たちは学校に着いた。
「あれー教室ガラガラじゃん、みんなバス遅れてるのかなー」
教室の中にはクラスメイトが二、三人しかいないのを見て一華が疑問を口にした。
「今日なんかあったかな?」
その言葉を受けて勇翔も思い出そうと頭をひねっている。
俺も理由は知らないけどな。
バゴン!
三人で理由について考えていると雷鳴が学校中に轟いた。
「えっ!雷!」
落雷の音を聞くと直ぐさま一華は反応し喜々として窓へと向かった。
彼女は雷でテンションが上がってしまうタイプなのだ。
「一華、雷が鳴っているときはむやみに窓を開けない方が良いよ。それに三階なんだから落ちたらまずい」
窓を開けて曇天を覗こうとする一華を窘めながら勇翔も窓の方へと向かった。
彼は少し臆病なのだ。
それにしても少々違和感がある。
雷の音はしたのに光ったようには見えなかった。
音の大きさや振動的にも学校の避雷針に落ちたと思うんだけどな。
取りあえず寂しいし俺も向こうに行くかな。
そう思って左足を前に出した瞬間だった。
ドゴン!
今まで経験したことのない程の轟音と共に天井が落ちてきた。
バラバラと音を立てながらコンクリートの欠片や割れた照明の破片、そして見たことがある存在しないものがスローモーションで目に映った。
は?
あまりの出来事に少年は言葉を失ってしまった。
寸前のところで瓦礫には当たらなかったが教室の半分より窓側の天井は灰色の空を映している。
キャーーーー!
教室に元からいた数名は偶然にもこちら側にいて助かったがけたたましい悲鳴を上げて逃げていった。
それでも少年は舞い上がっている砂煙の中へと視線が釘付けになっていた。
その視線はただ幼なじみの安否を心配するためのものでは無かった。
砂埃の中に立ち上がる人影が見えたのだ。
天井が落ちたのに何で瓦礫の上に人間がいるんだ?
そもそもなんで天井が崩れたんだ?
あまりの出来事の多さに少年の頭はパニックを起こしていた。
オーバーヒートした少年の頭を冷やすかのように風穴の空いた天井から冷たい風が入り、砂煙と少年の疑問を吹き飛ばした。
姿を現したのは瓦礫の下に埋まった幼馴染みと人の形に狼の様な印象を受ける姿をした怪物であった。
「ウルガウルル!」
姿を現した怪物は悍ましい咆哮をあげ、瓦礫の下敷きとなっている幼なじみへと向いた。
「一華!しっかりしろ!」
周りが見えていないほど焦っている勇翔は怪物が向かってきていても気付いていない。
怪物がその凶悪な形をした爪を振り下ろそうとしたその時、少年は動いていた。
バガン!
攻撃に使用した椅子に使われた木の板が割れるほどの力で怪物を殴ったのだ。
「こっちだ怪物、俺の大切な人たちに手は出させない!」
「ウルガウ!」
少年に対して怒りに支配された怪物は直ぐさま攻撃の対象を少年に変えた。
想像を絶する速度で振り下ろされる爪を少年は机や椅子を活用しながら全て避けた。
一撃でも食らえば致命傷――絶対逃げ切らないといけないけど・・・・・・。
少年が逃げ回ったことで教室内の机や椅子は全てガラクタと成り果てていた。
ついに瓦礫の上に追い詰められた少年は思考を巡らせた。
最悪だ・・・・・・ドア側に怪物がいてここから引き離せない。
少年は後ろで声をかけ続ける勇翔に目を向けた。
何か――何か無いのか!
走馬灯のように掛け巡る思考の中で天井が落ちてきた瞬間に目にしたものが思い浮かんだ。
あそこから落ちたならこの辺に・・・・・・あった!
少年が落ちてきたものを引き抜こうとして生んだ隙を怪物は見逃さなかった。
バシュッ!
少年は間一髪でその攻撃を避けた――左腕を犠牲にして。
「アガァァァァァァァ!」
熱い!痛い!泣きたい!
でも・・・・・・左腕を犠牲にして手に入れたこの力があれば・・・・・・守れる!
少年が床に突き立てたものは禍々しく赤黒い刀身をした剣であった。
「スゥーーーーハーーー」
この切羽詰まった状況に似つかない深呼吸を一度すると少年は左肩を押さえていた右手で再び剣を掴んだ。
「鎧!装!」
痛みを堪えながら力強く放った言葉はとある物語で大切なものを守るために戦う者達が言う言葉である。
その言葉に応じて剣から黒い霧が発生すると少年の身体を包み、刀身と同じような色をした鎧を形成した。
今にも死にそうだ・・・・・・鎧装だけでここまで命を削られるなんて。
でも、覚悟は決まってる、だから困難で倒れるわけにはいかない!
「友愛の戦騎――ゆめの・・・・・・みら・・・・・・い・・・・・・を・・・・・・絶対守る!」
少年の言葉は弱々しいが、兜の穴から見える目にはすさまじい覇気が籠もっていた。
「ハァァァァァァァ!」
少年は残った右腕で剣をなぎ払った。
ドゴン!
怪物は少年の思いもよらぬ反撃によって黒板まで飛ばされ、めり込んだ。
上手く持てて無かったから切断できなかったか。
まあ良い、もっと優先することは他にある。
少年は窓際へと向かうと幼なじみ二人の上にあった天井を壁ごと吹き飛ばした。
「今度はなんだ!?」
瓦礫に囚われていた勇翔は俺を見るなり驚きの声をあげた。
まさか気付いてなかったのか。
「説明する時間は無い、勇翔、一華を連れて逃げろ」
「えっ!なんでそんな鎧着てるんだ!?」
俺の声でようやく正体に気付いたらしい。
「ん・・・・・・」
「一華!?」
俺と勇翔がそんなやりとりをしていると一華が意識を取り戻した。
ちょうど良い。
「勇翔、一華、俺はあの怪物を倒してからいく、だから先に逃げてろ」
「はぁ!?お前何言って――」
「お願いだ、聞いてくれ」
頼む、逃げてくれ。
絶対死なせたくないんだ。
「分かった・・・・・・勇翔、私を連れて逃げて。」
俺に何か事情があると察したのか一華が言うことを聞いてくれた。
「ただし――」
しかし、その言葉には続きがあった。
「――絶対後から来てね、約束だよ。」
その条件は最善で最悪なものだった。
「ああ、約束だ。だから早く行け」
だからこそ俺は二人を急かした。
「絶対来いよ!」
勇翔は一華を背負い走りながら捨て台詞の様にそんな言葉を吐いていった。
「悪い一華、勇翔、約束破るわ」
二人が見えなくなると少年は思わずそんな言葉を口にした。
この剣は使用者の命を使って力を増大する剣――一度でも使えば絶命するものだ。
ガラガラと音を立てながら青みがかった黒い毛をチョークの粉とコンクリートの粉で汚した怪物が立ち上がってきた。
先の一撃で喉を潰したのか咆哮はあげない。
「なあ怪物、俺はこれから約束を破る――」
灰色の空から降り始めた雨の中、ぎこちない動きで少年は歩き始めた。
少年は怪物の前に立つと手にしていた剣を怪物の肩に添えた。
「――だから、地獄の底まで付いてこい!」
そう言うと少年は右腕に力を込め、怪物の身体を斜めに両断した。
瞳に光りを失った怪物は声もあげずに地面に倒れた。
怪物が絶命したのを確認すると少年を包んでいた鎧が剣と共に消滅した。
ここまでか・・・・・・。
力を使い果たしたのか抵抗されなくて良かっ――
少年は降り注ぐ雨と怪物の血液が作る池に倒れ込んだ。
ウーーー
遠くから近づいてくるサイレンの音が雨音混じりに聞こえる。
さらに耳を澄ますとガヤガヤと人の声もする。
勇翔と一華は無事に逃げれたのかな・・・・・・。
ああ、意識が遠のいてきた・・・・・・それに、寒い・・・・・・痛い・・・・・・。
でも・・・・・・俺の夢の未来の代わりに大切な人たちの未来は守れた。
そう思うと寒さも痛みも和らいできた。
七虹・・・・・・悪いけど、そっちに行けなさそうだ・・・・・・
この日、この世界で起こった事件はたった一人の犠牲で収まった。
そして、水に溶けるように消えていった命が起こした奇跡は大切な人たちの未来を守った。
未来を守り死んだ少年の魂は静かにこの世界から姿を消した。
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