第25話 罠はかけるときもかけた後も大変

「決闘…ですか?」


 俺から決闘を申し込まれたヴェーネは、あからさま、というほどではないが確かに動揺した様子を見せた。ならばと俺は平然とした態度で話を続ける。


「ガメルに集まる依頼のすべてを解決する手腕、実に見事なものです。感服いたしました。繰り返しになりますが、俺はというと肩書ばかり誇張されていて、実力はまだまだ、歩みを進める度、魔物との戦いになる度に身がすくみます」


 俺の事に関していえば嘘を言ってはいない。すべて事実だ。


「そんなことはないでしょう。あなたはアームルートとその周辺国で一番の成績を修めていたと聞いています。謙遜しすぎることは決して美徳ではありませんよ?」

「それは…、いえ、確かにヴェーネさんの言う通りだ。すみません、いまいちまだ自分に自信を持てないんです。勇者になってから解決できた依頼も一件で、それも運がよかっただけでした。ともすると俺と仲間たち全員が死んでいたかもしれなかった。だからつい弱気になってしまう。依頼を解決できない自分は、勇者として正しいのかって」

「お辛いでしょうね。だけど今ガメル周辺の困りごとはあたしがすべて解決しています。それがよくないことだと分かっていても、あなたの言う立派な勇者になるために、あたしもあたしなりの努力をしています」


 上手い返し方だと思った。不正や非を敢えて隠さず、真っ向から否定もせず、俺の発言内容を交えながら妥当性があるように見せかける。善性に訴えかける、憂いを帯びた表情も見事なものだった。


 しかし今の返答で、ヴェーネの今後の目的を察することができた。恐らく彼女はヴィルヘルム王に見切りをつけ始めている。自らの不正を自覚しているという発言は自白に他ならない。俺がそれを告発したら、それでヴェーネは終わりだ。


 それを分かっていて敢えて口にしたのなら、その理由は不正がバレてもいいと思っているからだろう。ヴィルヘルム王は厳しく責任を追及されるだろうが、ヴェーネはガメル公認の勇者だ、恐らく処分は軽い。事情にも情状酌量の余地があって、実際に依頼を解決してガメルの平穏を保ってきた実績もある。


 ヴェーネの処分は、推測だが強制的に魔王討伐の旅立ちを命ぜられる程度で済むはずだ。もう逃げ出す算段がついているのか、建前を上手く取り繕って合法的に国を出るチャンスを待っているのかは分からないが、どちらにせよ逃げおおせるつもりだろう。


 どちらにせよ確証はないがそうはさせるか、俺はすかさず言った。


「そうですね、確かにヴェーネさんにはヴェーネさんの事情がある。だからこういうのはどうでしょう、戦うのは俺ではなく、仲間のマルスにやってもらいます」

「マルスさん、ですか?どうしてその方お一人だけ?」

「実はですね…」


 俺が耳打ちをしようとしてヴェーネに近づくと、レダがぴくりと動いて警戒の意を見せた。ずいぶん過保護な反応だなと思ったが、俺はレダも手招きして近づくように促した。内緒話の体を取りたいだけで、レダにも聞いてもらった方が好都合だった。


「仲間のマルスというのは実に厄介な人物でしてね、権力だけはあるものだから無理やり俺の仲間に入ってきたけれど、その年齢は80歳ですよ?80歳。やる気だけはある、腰も背も曲がったおじいちゃんです。信じられますか?」


 信じられるはずがない。それは俺が一度経験済みだからよく分かっている。


「どうしてそんなお年寄りの方が?」

「金持ちの道楽ですよ、道楽。昔から勇者の仲間になるのが夢だったそうです。アームルート王は金にがめつくてね、善意の寄付を断れない、懐柔されて要望を俺に押し付けました。でも分かるでしょう?80歳のおじいちゃんですよ?戦えもしないし歩みも遅い。日がな一日窓の外を眺めて、ぷるぷると体を震わせて夜を迎えることもあるんですよ」

「…戦えないのについてきたと?無謀す」

「ですから協力してほしんです。勇者の決闘となれば、憧れに燃えるマルスが食いつかない訳がない、やる気だけはありますからね。そこでヴェーネさんたちには、マルスを痛めつけてほしいんです。多少心は痛みますが、高名な勇者と戦えたと、マルスは満足するでしょう。俺は早くマルスを国に帰したいんです」


 ヴェーネは俺の話を聞き終えると、仲間と相談させてくださいと言った。勿論構わないのでその旨を伝えた後、こう付け加える。


「俺のことを助けるためと思ってお願いしますよ。それに協力してくれるなら、俺もこれ以上野暮なことは言いません。黙ってガメルを立ち去ります。ただ…、決闘を断ったとなると、もしかしたらあなたたちのことを疑う人も出てくるかもしれませんよ。ではいい返事を待ってます」


 言いたいことだけ言って俺はさっさとヴェーネたちの前から立ち去った。罠にかけるためとはいえ、仲間であるマルスさんのことを悪く言うのは辛い、ただ最後までやりきったおかげで、手ごたえはあったと感じていた。




 リオンが立ち去った後、ヴェーネは腕組みをしながら考えを巡らせた。そしてレダに指示を出す。


「レダ、人を使ってマルスってやつを調査させなさい。リオンの話に嘘がないか調べるの。話が事実だと裏付けされたら決闘は受ける。そうでなければもう逃げる準備ね」

「…はいす。しかし元より受ける必要もないと思うす」

「いえ、悔しいけどリオンにやられたわ。決闘を受けないリスクの方が高い。今のところあたしが自分を使ってスケベジジイの自尊心を満たせているけど、今までもこれからも一線を越えさせるつもりは毛頭ない。だからあたしに対する国民の人気が落ちたり、不信感が高まれば、恐らく平気であたしを売るでしょうね」

「…だけど決闘はまだここだけの話す」

「どうせ嗅ぎつけられるのは時間の問題よ、勇者の決闘なんて娯楽、大衆が飛びついてこない訳ないでしょ。だからできるだけ早く情報を集めるの、分かったら行きなさい」

「…うす」


 レダはヴェーネの指示を実行するために走った。それを見送ったヴェーネは頭を抱えてため息をついた。


「勇者リオンか…、中々やるわね。どうやって気が付いたのか知らないけど、あたしとスケベジジイの繋がりに気づいた。この面会でも、何か探りを入れていたでしょうね。それでも決闘の目的は分からないけど」


 ヴェーネはリオンに対しての評価をどうするか決めかねていた。リオンの提案はヴェーネからすると利用価値が高い、そもそもヴィルヘルムを切り捨てるのはもう決めていたことで、搾り取った金は十分すぎるほど貯まっていた。


 ガメルには何の思い入れもない、ヴェーネにとって搾取する相手がいたから、一時的に腰を落ち着けていただけに過ぎない。そして一悶着起きてくれた方が逃げやすい。決闘の提案はヴェーネにとって理想的だった。


 しかし当然リスクも高い。一番不味いのは、決闘に負けた場合だ。自分が国民の支持を集めているからこそ、ヴィルヘルムから金を搾り取れているのは理解していた。


 どんな依頼も即座に解決し、どんな魔物相手にも連戦連勝、無敗で可憐、無双で優美、それが作り上げた人々から見たヴェーネの勇者像である。決闘で負けたとなれば、それらはすべて水泡に帰す。


 民衆が敵に回るのは非常に不味い、その場合は一も二もなく逃げ出すしかない。そして逃げ切るには、搾り取った多くのものを、捨てていかなければならないだろう。それはヴェーネにとって何より屈辱的な結果に終わる。


「あいつ、ここまで読み切っていたとしたら面白いわね。こっちに考える余地を与えないほど賢ければ、あたしはもう逃げる一択だった。逆にあいつに少しでも取り入る隙があったなら、あたしは搾取先をあいつに変えるだけだった。ちょっとでも隙があれば楽勝だ、でもそれもなかった」


 ヴェーネはこうも思った。本当にリオンは勇者なのか、と。どうも何をやるにも回りくどく、そして正々堂々な選択肢を選ばない。むしろ不利益をちらつかせながら、交渉のテーブルに無理やりつかせようとする、悪党じみたやり方を取った。


「あたしみたいに正道でいられない何かがあるってことか。なるほどなるほど、面白くなってきたわ」


 ヴェーネの中でリオンへの評価は保留となった。代わりに下されたのは、面白そうなやつという感想だった。そして今までまったく興味のなかった勇者というものに、ヴェーネは興味がわいてきたのを感じていた。

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