勇者の剣、折れる。
ま行
第1話 勇者の剣、折れる。
魔王と勇者、それは不倶戴天の敵。切っては切れぬ災厄の関係。古より続く戦いの歴史。魔王が生まれ都度訪れる世界の危機に、勇者が立ち上がり勝利の光をもたらしてきた。
魔王は敗北消滅と復活を繰り返し、その時を生ける人々との生存競争を繰り広げてきた。そして人類は今にいたるまでそのすべての戦いにおいて勝利を収め魔王を退けてきた。
しかし長い歴史の中、今まで生まれてきたどの魔王よりも強力で凶悪だったと語り継がれる最強の最悪の魔王がいた。魔王とその配下の魔物たちは強く、どんな手段でも歯が立たなかった。
奮闘むなしく次々と討ち果たされる勇者たち、怒涛の勢いで進む魔物たちの人類圏侵攻によって拡大する領土陥落。人々はかつてないほどに追い込まれ、敗北、そして滅亡の二文字がよぎり人々の心に深い影を落とした。
だがしかし。そんな圧倒的な絶望感にも負けず、剣を携え立ち上がった一人の勇者がいた。彼の剣の一振りは多くの魔物を斬り伏せ、自分よりはるかに巨大な敵にも怯むことなく勇猛果敢に挑んではことごとくを討ち果たした。
その獅子奮迅の戦いぶりを人々に見せつけ背中で鼓舞する勇者の姿に、諦めかけていた人々の心に火が灯った。勇者が示し続ける戦う勇気を御旗に人々は集い自らを奮い立たせた。多くの被害を出してもそれぞれの大切なものを守るために戦った。
人々を鼓舞しながら最前線を突っ走る勇者は、ついに最強の魔王と邂逅を果たす。長く長く続いた激戦を制し、最後に勝利して立っていたのは勇者であった。魔王討伐の知らせは瞬く間に世界中に広がり歓喜の声が沸き起こった。その日勇者は世界を救った。
ただ一人諦めることなく立ち上がった救世の勇者。その活躍ぶりは人々に語り継がれ、伝説の勇者ラオルの名は世界中に広まった。誰にでも尊敬される勇者の象徴と呼べる存在になった。
激戦を終えたラオルは祖国に戻ると、戦後の復興に尽力した。在りし日の国を取り戻させ、友人でもあった王に多くの助言を行い国を豊かに発展させた。そして最後は家族や友人たちに見守られながらこの世を去った。
ラオルを称える歌に詩、物語に記念碑などが世界各地に数多く残されており、類まれなる強さをもっていただけではなく、勇気と優しさを兼ね備えた人格者であったことは後世の人間であってもくみ取ることができた。
その英雄譚を聞けば誰もが一度は勇者ラオルに憧れる、かくいう俺もそんなラオルに憧れる一人であった。
勇者ラオルの祖国アームルート、そこが俺の住む国。そして俺の名前はリオン・ミネルヴァ。かの伝説の勇者ラオル・ミネルヴァの子孫。今はアームルート勇者養成学校に通い、次期公認勇者になる日がくるのを待っていた。
「リオン!おい、これ見ろよ!」
「ダレイか、どうかしたのかそんなに慌てて」
廊下を歩いていた俺は友人のダレイに背後から声をかけられて足を止めた。彼が持っていた新聞を手渡されて、書かれた見出しに目を通すように言われる。そこに書かれていた文字に俺は目を見張った。
「魔王復活の兆し、各地の魔物が活性化だって…?」
「ああ、ついに来たぞ!喜んでいいことじゃないけど、やっと出番が来た!」
「シッ!あんまりそういうこと大声で言うな」
はしゃぐダレイをそうたしなめる俺だったが、内心ではガッツポーズをして今にも飛び上がりたい気持ちでいっぱいだった。国の公認勇者になれるチャンスが生きているうちに巡ってきた。養成学校に通う俺たちにとってこれ以上ない吉報だ。そして俺はこの学校で誰よりもこの時を待ちわびていた。
近いうちに公認勇者選抜試験が始まるはずだ。俺はその試験に合格して絶対にアームルート公認勇者の資格をものにする。そのための準備は十分してきた。
「リオン、お前選抜試験出るだろ?応援してるから頑張れよな」
「ダレイは出ないのか?もういつチャンスが来るか分からないんだぞ?」
「お前が出るならこの学校の誰にもチャンスなんかねえよ。リオン以上に公認勇者にふさわしいやつはいないって。俺に構わずサクッと決めて来いよ」
そう言ってダレイは俺の肩をぽんぽんと叩いた。その笑顔の裏側にどれだけの葛藤があるのか俺には計り知れない。しかし、そのことを指摘して「一緒に出ようよ」と誘う気はおきなかった。
試験に出たら俺が公認勇者になる。ダレイの言う通りそのことは俺自身が確信していたことだった。俺が勇者にふさわしい人物であるかどうかは別として、能力の高さでは誰よりも抜きんでている自信があった。
「…分かった。じゃあダレイの言う通り誰にも文句のつけようがないほど、ぶっちぎりの成績で合格するよ」
「ああそうしろそうしろ。皆こう思うさ、リオンになら負けて悔いなしってな。お前がどれだけこの試験を待ち望んでいたのかも、そのために準備してきたのも知ってる。ぶちかましてこいよ」
俺はダレイにそう背中を押された。彼の励ましに感謝すると共に、絶対に勇者になると心に誓った。
「リオン・ミネルヴァ。前へ」
「はっ!」
玉座の間にて王様と謁見する。ひざまずき礼をする俺に王様が声をかけた。
「まさか我が国からまたしてもミネルヴァの名をもつ者を勇者として迎えることができるとはな、奇跡的な縁であるなリオン」
「私は自らの力を示したまでのこと。しかしかの高名なご先祖様と同じ、アームルートの勇者を名乗ることができるのは光栄の至りでございます」
「聞けば選抜試験では圧倒的に優秀な成績をおさめたそうではないか。文武両道、誰一人として敵わぬ随一のものと聞いておるぞ」
「私などご先祖様と比べたらまだまだでございます」
「はっはっはっ!そう謙遜することもないだろう。まあよい、ではしかと聞け」
俺が返事をすると王様は儀礼用の剣を手に取った。ひざまずく俺の肩を剣の平面で軽く叩いてから王様は声を張り上げた。
「アームルート王がリオン・ミネルヴァに命ずる!これより貴殿を我が国を代表する勇者に認定する。この世に混沌をもたらさんとする魔王を討ち果たし、その使命を全うすることを期待している」
「謹んでお受けいたします」
一連の儀式を終え、俺は王様から直々に認められアームルートの勇者となった。かつて世界を救った伝説の勇者、先祖ラオルと立場を同じくすることがとても誇らしいことであった。
「さて、もう少しだけ堅苦しい儀式を続けねばならん。そしてこれは私とお主のみで行われるものだ。ついて参れ」
「はい」
王様に連れられてやってきたのは城にある「勇者の間」と呼ばれるこじんまりとした部屋であった。そこに安置されているのはラオルが使用していた勇者の剣だ。剣は人類が勝利した象徴としてアームルートに納められていた。
「勇者の剣は勇者の手に。勇者ラオルの遺言に則り、我が国の勇者に選ばれたものは皆この剣を手にする権利がある。しかしここに剣が安置されて以来、誰一人としてこの剣を引き抜いたものは現れなかった。剣に認められないのか、はたまた勇者の資格なしとされるのかは定かではない」
「これを…俺が…」
「ああ、手にしてみよ。お主の覚悟が本物ならば、剣はお主に応じるであろう」
俺は王様に促され剣の前に立った。遥か昔の剣であるというのに、その美しさはかげりもくもるもことない。持つものに絶大な力をもたらすと伝えれている勇者の剣、かつて伝説の勇者が振るった剣が目の前にある、俺は身震いを抑えながら剣の柄を握りしめた。
握っただけで剣から絶大な力が俺に流れ込んできた。めまいがして呼吸が荒くなる。視線が定まらず膝をつきそうになった。勇者の間の空気が揺れ、異質な気配が周りを包み込む。
俺は吐きそうになりながらも両足を踏ん張った。揺れる視界の中、目を閉じて気合の叫びをあげると力いっぱい剣を引き抜こうとした。
バキャッ!!!パリッ…!!パララ…。
そんな音がして俺の腕は高く振りあがった。柄を握りしめている感触はあるのに、妙に軽くて手ごたえがない、あれっと思い目を開けると剣の破片がぱらぱらと頭上から落ちてきた。
「あれ、折れた?」
その王様の言葉で俺も状況確認ができた。勇者の剣は全体の四分の一程度の刀身を残して折れた。突き刺さっていた方の刃もヒビが入ると粉々に砕けて、俺の手元には折れた勇者の剣だけが残されていた。
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