医者以外では不可能な処置

「診断は猫ひっかき病です」


 神羽が説明すると、葬儀屋の宗方は、はあ、と声を出した。


「宗方さん」


 神羽は宗方と向き合って、顔を近づけた。思わず宗方は顔を引っ込めた。


「なんですか」

「一つ聞きたいことがあります」


 宗方はつばをごくりと飲み込んで頷いた。


「その首、どなたが処置されたんですか?」


 宗方の首には切開の跡があった。宗方は、しまった、という表情をして、思わず服で傷を隠した。


「いや……その、これは——」

「私は怒ってるんじゃないんです。そこには確かにイボがありましたよね。そして私は放置していい、と言いました」


 以前、宗方が取って欲しいと言っても、神羽は相手にしなかったのだ。


「いや、その……」

「よく見せてください」


 宗方はいたずらが見つかった子どものように、首筋を神羽に見せた。


「——先生、すんません。先生は取らんでいいっておっしゃったんだけど、どうしても取って欲しくて」

「違うんです、宗方さん。この傷はかなり綺麗に縫っています。なかなか器用にやらないとここまできれいには処置できません。教えてください、この処置をしたのはどこの病院の医者ですか?」


 宗方は口を閉ざしてしまった。


「どうしたんですか? 何か言えない理由でも?」


 宗方は少し顔を上げながら申し訳なさそうに口を開いた。


「あんな、先生。その人は医者じゃないんよ」


 一瞬止まった神羽はしばらくして、大声をあげて笑った。


「宗方さん、悪い冗談はよしてください。傷を縫うって布を縫うのとは違うんですよ、何となくやってできるもんじゃありません。まず特殊な針があって、さらに特殊な糸が必要です。そしてこの縫い方——」


 神羽は宗方の傷跡を指した。


「埋没縫合といって、傷の内側を塗っているので傷口から糸が出ません。これをやるには『吸収糸』と言って、皮膚の中で体に吸収されて消える特殊な糸を使わないといけないんです。これはデパートやネットでも売ってません。医者以外にできるわけないでしょう」


 宗方はすっかり白髪だらけになった頭をかいた。


「わしもよくわからんのだけど、さささ、っとやってくれたんよ。絶対に内緒でな、と言われてな。先生、どうかこのことは内密に……」


 神羽は顎をぽりぽりと掻いた。

 この処置は相当慣れていないとできない。そればかりか、非常にきれいに縫っている。そして何か明かしてはいけない人物がその背後にいる可能性がある。


 神羽の中で一つのアイデアが浮かんでいた。

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