第10話 寝坊



 翌日、祥太は朝寝坊をしてしまった。

 遅刻ぎりぎりで学校へ行く。


 でも、今日は宏人の家には行くつもりはなかった。まだ、自分は心の整理とやらができていなかったから。

 会いに行かないって決めた時、少しほっとした。もう、あんな辛い気持ちをしなくていいんだ、と思った。


 教室にぎりぎりの時間で入る。

 祥太はたくさん友達ができたわけではない。同じ中学から来た子もいれば、竜之介はクラスが違っていた。


 昼休みは竜之介と一緒にお弁当を食べた。竜之介は、大学に進学するので今から文系か理系かを悩んでいるようだった。

 自分は大学へ行くかどうかもまだ、分からない。


「宏人は元気か?」


 ご飯を食べ終わった竜之介が何気なく言った。


「え?」

「俺、あんまり連絡とっていないんや。仲直りしたんやろ?」


 いつもの祥太なら、うん、とか言ってごまかしてきたが、今日はちくっとお腹が痛かった。


「……。まだ、話せてない」

「は?」


 竜之介がびっくりした顔をした。


「嘘やろ」

「ごめん。言い出せなくて」

「どういうこと?」


 祥太は、宏人に話しかけても無視されていることを説明すると、彼はみるみるうちに顔をこわばらせた。


「あいつ、何を怒っとんのやろ」


 竜之介には、ケンカした原因を説明できていない。

 でも、さすがに言えなかった。

 恥ずかしさもあり、素直に話す勇気がない。


「俺、祥太が言いたくないことを無理に聞きたいなんて思わん。でも、辛かったらいつでも相談してや」

「ありがと」


 竜之介はいいやつだ。無理に聞いてこないから、一緒にいて気が楽なのかもしれない。


「サッカーの部活、大変そうやな」


 竜之介が話題を変えて言った。


 彼は部活には入っていないので、授業が終わるとすぐに帰る。祥太は体を動かすのは好きなのでサッカー部は楽しかったが、練習量は半端じゃないので確かにきつかった。


「うん。でも、走るのも早くなった気がするし、みんな頑張ってるから俺も頑張ろうって思う」

「はあー、まさか、俺の祥太がこんなにたくましくなるなんて思わんかったわ」

「何だよそれ」


 笑うと竜之介が祥太の肩に腕を回した。


「だいぶ、背も伸びたよな。筋肉もついたし、宏人のつけたあだ名ももう関係ないな」


 姫と呼ばれていた中学の頃がなつかしい。それに対してムッとする気持ちもない。


 中学の時の演劇は楽しかった。白雪姫に選ばれた時は自分は男なのにって思ったけど、今ではいい思い出だ。


「もう、俺は姫じゃないよ」

「ほんまや」


 竜之介が笑った。


「俺は今の祥太の方が好きやな」

「どういう意味だよ」

「友達ってことだよ」


 竜之介がにっこりと笑った。





 放課後、部室でユニフォームに着替えると運動場へ走る。サッカー部が練習する時間帯は決められているので、遅れるとみんなに迷惑がかかるのだ。


 ストレッチをして、運動場の周りを走った後、トレーニングメニューに入る。

 祥太は、同じサッカー部員の後を追いながら走っていると、フェンスの向こうでスケッチブックを持って絵を描いている少年が視界に入った。

 

 クラスメートの夕月ゆうづき真治しんじだ。珍しい名前だから覚えているし、席も隣だった。


 祥太が運動場を三周し終わっても、彼はまだスケッチブックに何か描いている。

 今まであんまり意識したことがなかったけど、なぜか、今日は真治のことが気になった。

 

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けなげな王子に愛を 春野 セイ @harunosei

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