第2話 真実
玄関口を出ると、外はすっかり日が暮れていた。
祥太は持っていたカバンをぎゅっと抱きしめ、ぶるるっと身震いをした。室内は温かかったが外は冷たい空気に包まれている。すると、玄関で待っていた少年が祥太を見て嬉しそうに駆け寄ってきた。噂の王子の登場である。
「祥太っ。待ってたんだ。早く帰ろっ」
祥太は幼なじみの
祥太は隣に立つ宏人をそっと盗み見た。彫の深い顔立ちをしている。くっきりとした形の良い眉毛と整った鼻筋、少しまなじりが垂れているが、それがとろけるような甘い表情になる。祥太を見つめる目は優しくいつもにこにこしている。
宏人になんて言えばいいんだろう。
すぐには言い出せず、胸が痛かった。
「今日は寒いね」
宏人がそう言って、祥太が靴を履くのを待っている。
「うん……」
「先生、何だって?」
歩きだした祥太はその言葉にぎくりとして立ち止まった。
「え?」
「呼び出されたんでしょ? 何の話だったの?」
「ああ、えっと……。勉強のし過ぎじゃないかって心配してくれたみたい」
思わずでまかせを言うと、宏人がぱあっと顔を明るくした。
「優しいよなコニちゃん。それに比べて、僕のクラスの青木チャンなんかさ『あと一ヶ月』が口癖なんだよ」
宏人はそう言いながら、次第に顔を曇らせた。
「何だ? あと一ヶ月って」
「推薦入試の事だよ」
「すいせん入試?」
聞き慣れない言葉だ。
「うん。僕のクラスって、半分以上が推薦で受験できるんだよ」
「へええ。すいせん……?」
祥太がここで推薦という意味を理解できればもの凄いことだが、残念ながらよく分かっていない。
急ごうか、と宏人が祥太を歩かせる。祥太は足をもつれさせながら聞いた。
「俺のクラスですいせんなんて聞いた事もねえぞ」
「だって、僕たちのクラスは選抜クラスだから……」
「せんばつ? せんばつって何?」
祥太が首を傾げるので、宏人は驚いた。
「えっ。成績でクラスが分かれてるんだよ。僕のクラスは選抜だからね。だから僕の方が先に合格が決まってしまうんだけど、祥太なら大丈夫だよね。どうして祥太とクラスが分かれちゃったのかなあ。今度、青木チャンに聞いてみようかな」
祥太は中学三年の終わり頃になって、自分たちが成績別に区別されていた事を知って愕然とした。
校門を出て歩き始めると、日が落ちるのも早くすっかり前の道も見えづらくなってきた。宏人が、祥太の手をつなぐと空を見ながら呟いた。
「あと少しで卒業だね」
しんみりとした顔の宏人だったが、すぐに笑顔で祥太を見た。
「僕、高校では祥太と一緒のクラスになりたい。一年の時以外、同じになったことがないから」
「小学校の時は同じだったじゃねえか」
そういえば小学生の頃、毎晩一緒に風呂に入っていた事を突然、思い出した。
「そう言えば、何で小学生の時、俺たち毎晩一緒に風呂に入ってたんだ?」
「僕の家のお風呂が壊れていたからだよ」
「そうなの?」
小学生の頃、宏人の背中は真っ白でつるつるだったのを思い出す。今はかっこいいと女子に騒がれているけど、中身は変わらない。昔のままである。
「祥太、これからもずっとそばにいてよね」
はしゃぐ宏人を見ながら、何でこんなに大きく成長したんだろうと思った。
「祥太、聞いてる?」
返事をしない祥太の袖を引いた。
「当たり前だろ」
「へへへ」
「何だよ、気持ち悪いな」
「高校に入ったら部活に入るのが楽しみなんだ。緑ヶ丘高校って部活動も盛んでしょ。祥太、サッカーは続けるよね」
「……ああ」
レギュラーになりたいとか野心があるわけじゃないけど、サッカーは大好きだ。
「僕、マネージャーになるよ。祥太の事、必死で応援するからさ」
「おう、サンキュっ」
「今日の夜、遊びに行ってもいい? 宿題で分からないところがあるんだ。教えてよ」
宏人に分からない問題が祥太に分かるはずがない。いつも思うのだが、なぜ、宏人は毎日家に来るのだろう。
「なあ、宏人、たまにはゲームをして生き抜きしようぜ」
実を言うとゲームのせいで寝不足なのだが、担任には黙っていた。
「受験前だよ、何言ってんの?」
宏人が呆れたように言う。
「ちぇっ」
また、兄ちゃんに勉強教えてもらわなきゃと思うと、思わずため息が漏れた。
「そういえば、
「うん」
「何でだろ。あそこレベルめちゃくちゃ低いのに」
「そうなのか……?」
宏人の言葉にぎくりとする。祥太はすべり止めで
「そうだよ。竜ちゃんって頭よさそうなのに意外だなって思っていたんだ」
祥太は返す言葉もない。
「あ! でも、あそこサッカーが強いんだっけ。全国大会に行けるレベルだった気がする」
救いのある言葉であった。何となく高校へ行くのが楽しみになる。
あれ? と祥太は思った。
俺、宏人に一緒の高校へは行けないって、言わなきゃいけないのに。
「あ、あのさ、宏人……」
「昴流学園って、有名な監督を引き入れたって新聞に出ていた気がするよ」
「はあ? お前、新聞なんか読んでんの?」
思わず呆れた口調になった。祥太にとって新聞はテレビ欄を見るためにある。
「うん。国語のさっちゃんがさ、新聞ぐらい読めってうるさいんだよね」
「そんな事、言ってたかな?」
国語の女教師の顔を思い浮かべるが、彼女の赤い口紅しか思い出せない。
「毎日言ってるよ」
「ふうん……」
結局、祥太は帰り道何も言い出せず、宏人の嬉しそうなおしゃべりを聞いて相槌を打ちながら、いつものように家の近くまで来てしまった。
「あ、もう着いちゃった。じゃあ、夕飯食べたら遊びに行くから待っていてね」
「うん」
とうとう言い出せず、いつものように宏人と分かれた。
「はあ……。後でいっか……」
この後がいつを指すのか、祥太自身分かっていなかった。
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