「変な声が聞こえたと思ったら、なんだただのマッサージか」と安堵した学園三大美女に凄腕マッサージ師として施術を頼まれるようになった。AV見てたのを誤魔化しただけなのでヤバい

ひつじ

変な声が聞こえたと思ったら、なんだただのマッサージか


 うちの学校には林間合宿がある。


 高校に入って1ヶ月目。新しく出来た友達と親交を深める目的で、一泊二日の研修旅行をするのだ。


 朝はバスに乗ってお喋りをし、昼は皆でカレーを作り、夕方はカヌー体験をする。


 そして夜の現在は、就寝時間まで女子の部屋でトランプをしている。


 青春。まさに薔薇色の学園生活の瞬間。


 そんな時に……。


『んん……♡ そんな……ばっか……はーっ……らめ♡ あんっ、らめ……♡ んひ……♡ らめらって……あっ……♡』


 決してAVなんぞ見ていてはいけない。色んな意味で。


『…んっあ……あっ……♡ あっ♡ あっ♡ はあっ♡ あっ♡ ああっ♡ はーっ♡ はーっ♡ あっ♡ ぎもぢっ……んああっ♡♡』


「凄い凄い! テレビつけたらAV見れたなんてラッキーすぎんか? さすが安そうなビジホ!!」


 ベッドの上で胡座をかいてパチパチと手を叩く幼馴染、鳴川来春(なるかわ くるは)を見て目を覆う。


 ドライアーを雑にしたのかウルフカットの黒髪はしめり、弱い癖毛がところどころカールしている。ゆるいTシャツで真っ白な肩をさらけ出しているのに加え、ショートパンツがまくれ滑らかな脚どころか、パンツまで見えていてズボラすぎる。


 内向的で、粗雑で、根性がひん曲がってて、容姿以外赤点の幼馴染が心配で見にきたのだが、まさか一人でAV鑑賞しているとは思わなかった。


 しばらくフリーズしていたけれど意を決して声をかける。


「何してるの、来春?」


「あ、九九。見ての通り、しばらくトランプで帰ってこない同部屋の空き巣AVですよ」


 そう言って来春が指差した古い型のTVには、モザイク多々のビデオが流れていた。


『あー、やば、やば、やば♡ あ、あ、あ♡ あぅ♡ ん、あ、あ゛~っ、あ、イク……♡ ふー、ふー、ふー…あ、あ、ああっ♡』


「うっわ、えっど。見た? あの表情?」


「あのさあ、今からでも皆に混ざりに行かない?」


「無理無理無理無理!! 男女混合でトランプとか無理でしょ! 私、その場にいても『は、はは、そですね……』って相槌以外出来ないって!!」


 それが相槌かどうかはともかく、強い否定をする来春の隣に座る。


「それを出来るようにするのが、この林間合宿の目的じゃないの?」


「なるわけない、なるわけない。私のコレは生まれた時からだから、たったの一日で治るわけないでしょ。未だに友達なんて九九だけなんだから」


「俺だけっていうのを何とかしたいんだけど……あと開き直らないで」


「開き直ってなんかない。友達がいなくてこの部屋割りになったことにも私はちゃんと悲しんだよ」


「三人組に混ぜてもらったの悲しかったんだ。もう慣れっこかと思った」


「慣れるかあ! こんなもん! ちゃんと涙目なったわ! しかも組んだのが学園の三大美少女って浮きすぎてやばいだろ! 宇宙飛行士になったかと思ったわ!」


「なってないよね」


「突っ込まんでくれ!!」


 そんなことを来春が言った一方、テレビの中では突っ込まれていた。


『あっ♡ ああっ♡ ああんっ♡ あっ♡ あふっ……♡ あっ♡ あぁっ♡ あああっ♡』


「うひ。えっどすぎ、うへへへ」


 ニヤニヤする来春を冷たい目で見つめる。


「な、なんだよ。健康優良な男子高校生ならもっと食いつけよ、私がただのエロ女みたいじゃん」


「事実では?」


「じ、事実……かもしんないけど! もっと興味を示してもいいじゃん!」 


「俺はまあそういうのはいいや」


「まーだ、好きな子に振られたのを引きずってんだ……ったくw 来春と付き合えるのは私くらいなもんだっつーのw」


「はいはい。じゃあ消しますからね」


 と、いつもの冗談を軽く流して、ベッドに置いてあったリモコンを拾おうとした。


「やだ!」


 バッと来春が覆いかぶさった。亀のようになり向けて必死でリモコンを守ろうとする来春に呆れる。


「やだじゃないでしょ」


「もうちょいでクライマックスなの! そこまで待って!」


 本当に終わってるなあ、と思いながら来春をひっくり返そうと腰を掴んだ時……。


『くるっ♡♡ すごいのっ……♡ きちゃう……♡♡ んーーーっ♡♡ イクウウウウウッ♡♡♡♡』


 というTVの声とともに、ガチャリ、とドアノブが回る音がした。


 肝が冷える。


 ドアが開いて、入ってきた三人の美少女からドン引きした顔を向けられる。


 俺の今の体勢はひっくり返そうとして腰を掴んでいる状態。コトの最中と捉えられてもおかしくない状態。


 空気はカチコチに凍りつく。


 あ、終わった……。


「な、なにしてるの……」


 怯えながら尋ねてきたのは学園のアイドルと名高い手塚菜々(てづか なな)さん。いつも朗らかで血色のいい顔は蒼白だった。


「マ、マッサージしてもらってたんだよ!! ね、九九!?」


 来春に名前を呼ばれて我に帰る。気づけばテレビの電源は消えていて、誤魔化そうとしていることを理解した。


「そ、そう! マッサージしてたんだよ!」


 苦しい。あまりにも苦しい言い訳だが、他の誤魔化し方なんて冷静に思いつかず、俺は来春に乗っかった。


 しばらく沈黙の時間が続いたが、


「変な声が聞こえたと思ったら、なんだただのマッサージか」


 ピンクと黒のツートーンカラーの髪が印象的な美少女、莉央玲亜(りおう れいあ)が安堵の息をついて、他二人も安堵の表情を浮かべた。


 張り詰めていた空気が和らいで俺は内心胸を撫で下ろす。


 よ、良かった。んなわけないけど、どうやら誤魔化せたみたい。


「そ、そうそう! 九九のマッサージは滅茶苦茶凄いんだよ! ちょっとだからその、大きい声も出ちゃっただけなんだよ!」


「へ〜、そうなんだあ〜。凄いんだね、九九くんは」


 眩しい笑顔を向けてきた土須乱歩鈴(どすらんぽ すず)さんに、愛想笑いして俺は立ち上がる。


「幼馴染みのマッサージも終わったことだし帰るよ。部屋に入っちゃってごめんね」


「ええ〜、全然いいよ〜。てか一緒にお喋りしようよ〜」


「あはは。嬉しいけど、もう眠いからまた明日」


 と頭を下げて部屋を出る。


 バクバクする心臓を押さえながら自室に戻ると、安堵で腰が抜けてドアに背を滑らせるようにへたり込んだ。


 あ、危ないところだったけど助かった……。


 冷静になると、かなり不味い状況にあったと気づく。


 来春の同部屋の三人は学園の三大美女と呼ばれるほど人気が高い。そんな彼女らに嫌われたり軽蔑されれば、入学1ヶ月目にして村八分になるところだった。


 俺は冷や汗を拭う。


 苦しい言い訳で何とか乗り切ることが出来て、本当に本当に良かった。


 筈なのに……。



 ———翌日、帰りのバス。


 俺は三大美女の視線を焦げそうになるくらい浴びていた。


 な、何かめっちゃ見られてない?


 

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