ハロウィン家巡り

ツチノコのお口

本文

「はい、えーあと、本日はハロウィンですが、トラブルの元となるため、友達の家にお菓子を貰いにいかないように!と、校長先生が言ってるので、みなさん守ってくださいね〜」

 

 ハゲ頭の教師がそう言うのと同時に「キーンコーン」と音が鳴る。その音色が部屋の静かな空気を掻き乱し、ざわざわと声が現れ出した。

 声と声が重なり合って、見事な不協和音を奏でる。

「はぁ……もうちょっと話しておきたかったことはあるけど、もう終わろうか!」

 

「コバヤシ〜!」

「たくま君!どうしたの?」

 私がそう訪ねると、たくま君はにんまりと笑ってこう言った。

「仮装したら俺ん家も来るよね!?」

 存外大きな声で話し始めたので、私は焦って、

「しーっ!そういうことは大声で言わないの!兄さんとかに怒られるよ!」

 たくま君は「へへへ」と笑いながら、こう続ける。

「約束な!絶対来いよ!?」


 ピンポーン

 音がなると、階段をドタドタと走って降りる音が微かに耳をくすぐった。

 ドアが開くと同時に、私は両手を顔よりあげてこう言う。

 

「たくまくーん!トリック・オア・トリートっ!お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞ!」

「おぉ!コバヤシ、吸血鬼の仮装似合ってるぅ!」

 そういうたくま君は警官の仮装をしていた。かなりクオリティが高く、敬礼をする仕草はまるで本物。

 

「あ!お菓子お菓子……はい『シティダード』」

 シティダード。国民的チョコクッキー!

「ありがと!また来年もご贔屓に!」

 私がそのまま立ち去ろうとすると、後ろから声が……

「ちょっと待ってよ!一緒に回ろうぜ!」

 テッテレー!パーティーに、あたらしいなかまがふえました!!!

 ただ、私はそんなことよりシティダードの大きさが不満だった……。これ、バラエティパックの小さいヤツ……。


 たくま君と次の目的地を目指して歩いている時のことだった。

「あ!今日保育園に弟たち迎えに行かなきゃ!」

 私の脳裏に、突如横切った、横切ってしまったこの事実。思い出したことを理解するより前に、言葉が出ていた。

 保育園に弟たちを迎えにいく、すなわちハロウィン探索を早めに切り上げなければならないということ。

「大変だ……あと2~3軒くらいしか回れないかも」

「えー!?今日くらい良くね〜?」

「ダメだよ!決めてたもんはしょうがないよ!」

 私たちは、少し駆け足で道を進んだ。


 ピンポーン

「ゆーかーちゃーん!」

「トリック・オア・トリート!!!」

 しかし、10秒ほど経っても誰も出てこない。

 ピンポーン…………ピンポーン…………

 

「あの!!!」

 扉の向こうから、急に聞きなれない女性の声が耳に届いた。

「私、宗教とか信じてないので!」

 女性は、何度かあった事かのようにキッパリと突き返した。

「私、もう立ち直ったので!神に縋る必要、無いので!」

 その言葉で何となく察した。多分、あの人はゆかちゃんのお母さんだ。

 宗教……キリスト教の話?でも、キリスト教を信じていなくても、ハロウィンなら楽しんでも良いでしょ?

 少し疑問を覚えながらも、仕方ないとゆかちゃんの家を離れようとしたそのとき、ふと隣の家が目に付いた。パンフレットを持ったおばさん2人組が、にこやかな笑顔で住人に話しかけていた。

 なるほど。


「ねえたくま君!次はどこ行く!?」

「どこでもいいけど……ていうかコバヤシ、時間大丈夫そうなの?」

「多分……。まあ!次で最後だから!」

 そんな話をしながら道を歩く。次はどこに行こうか。かなちゃんケンタくんりこちゃんゆうとくん……

 

「うぇ!?!?」

 

 前方からとんでもない声が響いてきた。信じられないものでも見たかのような……そんな声が。

「ん?あぁ!サツキちゃん!」

 私は思わず手を頭上で大きく振っていた。

「サツキ!?なんでここにいんのさ!?」

 たくま君は、驚きを隠せないといった様子で唖然としていた。

「なんでって……それは私が聞きたいよ!?たくま……だよね?それと……」

 勿体ぶった様子でサツキちゃんは口を開く。

 

 

「小学1年生の頃の、小林。2人とも、20年くらい前のちょうど今日、ハロウィンの日に殺されたんじゃなかった……?」



 私とたくま君と、お互いに目を見合せて現状理解に勤しむ。つまり……

 

「サツキちゃん……気づいてないの?」

 サツキちゃんの方に顔を向け直し、目を見て真剣に質問した。

「気づくって……何に?」

 あぁ……やっぱり気づいてないみたいだ……。

 

「なぁ、サツキ。今日大事な用事でもあったか?」

 たくまくんは優しい口調で語りかける。

「あ!今日はね、保育園での初仕事なの!やっと、念願の保育士に……

 だけどどれだけ歩いても、保育園に中々辿り着けなくて……」

 なるほど……なるほど……。

 

「なるほどね。サツキちゃん、単刀直入に言います。あなたは保育園に向かう道中、車に轢かれてます」

「は?」

「多分、この世に未練が残っていて、地縛霊となったのでしょう。で、それに気づけずにいた……と」

 私は無情にも、現実をそのままサツキちゃんに伝えるのです……。


「え、えーっと?あ、頭の整理が追いつかないからあれなんだけど……つまり!先生とたくま、それに、私も……地縛霊ってこと?」

「概ねその認識で合ってるね」


「ちなみにぃ!?地縛霊は人を乗っ取れる!」

「はぁ?」と呟くサツキちゃんを置いて、たくま君は胸を張りながら解説を始める。

 

「よくわかんないけど、別の人の体の中に入り込めるんだよ!そんで色々動けるし、何が便利って、乗っ取った体の持ち主本人が勝手に解釈して、乗っ取られたっぽく無くなるんだよ!」

「おかげで、私は今でも生きている児童達を相手に、先生をやれています。ハゲ頭の先生を!」

「俺も、小学生から進級せずに毎日楽しめてるぜ〜!」

「わけわかんない……なにそれ……」

 

 サツキちゃんは頭がパンクしそう、理解なんてできない!といった様子でしゃがみこむ。無理もない。私なんて、誰にもこのことを教えて貰えなかったものだから、受け入れるのに数年かかった。

 

 とある年のハロウィンの昼。ちょうどその日に休んでいた子供たちの家を回り「おやつあげるよ」とインターホンから話しかける。釣られた子供たちは扉を開ける。そして、その子供達を速やかに殺し、玄関に横たわらせる。

 まるで、お菓子を貰いに来た友達や、行事に張り切っている親に見せびらかすように……

 

 完全なる愉快犯……だと思われる存在の仕業だ。

 私はその様子を現行犯で目撃。ちょうどその日に、教師が当番制で担当する、地域見回り係となっていたのが凶だった……。

 その結果、私と数人の児童がハロウィンの日に唐突な死を迎えたのだ……。


「あの事件があってから、約20年。私ももう、こんなしわくちゃなおじいちゃんだよ。たくまもこんなに警官の仮装が似合ってる。サツキちゃんも、成長したんだね……」

 私は、普段児童と関わる時に心がけている、ハキハキとした喋り方を忘れ、色々な感情に浸っていた。

「ねぇ!?地縛霊って成長するの!?」

 そして邪魔された。

「するっぽいよ。毎月最終日だけ地縛霊同士、自由に交流できるんだけどな?他の奴らも成長してるぜ」

「ちなみに、地縛霊は地縛霊じゃないと見えないらしいです。でも、地縛霊は地球上のものなら全て見える、そんな感じ」


 他の奴ら……サツキちゃんは、その言葉に少し笑みを浮かべた。

「地縛霊……カオリちゃんとも……また会えたらいいな……」

「きっと会えるよ。今月は分からないけど……」

 いつかきっと、そう告げた。

 地縛霊になること。それはかなり大きなショックになるだろう。私もそうだった。でも、これは必ずしも悪いことだけでは無いんだ。

 昔の友人と再会できるかもしれない、新しい友達が出来るかもしれない、もしかしたら、生前以上に楽しむことが出来るかもしれない。

 地縛霊同士、また新たに仲良くしていけばいいんだ!だって……

「地縛霊は、みんな家族みたいなものなんだから!」

 サツキちゃんは、1粒だけ涙を零した。

 

「というかコバヤシ!?そろそろ時間不味くね!?」

 まずい!教え子との再会が衝撃的で、忘れていた!保育園に行かなければ。

「あ!せっかくだし、サツキちゃんもどう?今から保育園に行くんだ」

「保育園?保育園にも地縛霊の友達がいるんですか?」

「ん?あぁいや、そんなことはないよ……でも……」


「新しく何人か弟たちを迎えに……作りに?家族は、たくさんいた方がいいからね?」

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