第14話・千堂寺穣一の生きる道

 立木陵介の父、俊也は新興宗教・九十九呪現つくもじゅげんの創設者。九十九の語呂から「蜘蛛」の像が偶像化されて崇拝されている。彼らの拠り所、呪現場は蜘蛛の巣と呼ばれていた。排除される呪現言語師の地位向上、世間に認めさせる、呪現言語師対する偏見や差別をなくすことを教義の楚として掲げ、全国から呪現言語師を生み出した家族ごと抱え込んでいった。その数、三万世帯。約十万人ほどの信者を抱えていた。


 宍倉菜緒、父の宍倉清吾ししくらせいごうと母の沙耶は呪現言語師ではなかった。母方の生方家は忍者の家系であることから、特別潜入課の前身、密入課という諜報活動を専門とする公務員だった。九十九呪現への潜入を命じられた沙耶は清吾を人質に取られ、立木俊也に殺害されてしまう。現場に居合わせた菜緒は、瞬時に俊也の能力・呪現言語を複写する力で、その場から瞬間移動で逃れた。これが、実谷が手にしている極秘情報だった。


 菜緒には数日前に伝えておいたことを、半ば後悔していた。過去のことを知っても役にはたたない、今まで生きてきた力の背景を知ることは必ずしもプラスに働くわけではないからだ。菜緒が複写師であることを明確に伝えておかなければ、本人が自覚しなければ、その稀有な力は開花しない。しかも、立木陵介の背後にいる本物の悪と戦うには、それだけで十分かとも言えるからだ。


 菜緒は俊也の急所を狙う。両目を潰し視覚情報を遮断し、鼓膜を破壊し音による位置情報センサーを無効化し、鼻骨の上を粉砕することで鼻呼吸を妨げ、下顎を揺らすことで脳を揺らし判断力を鈍らせる、全ての物理的肉体による攻撃は、空を切る。菜緒の手刀も鍛え上げた指先による突きも、破滅的な硬さの拳も、半身かわされる。

「千堂寺よ、もう少し役に立て。そこの女も。まるで役立たずだ。この女を始末してから、二人とも消炭にしてやる」


 俊也の呪現言語はサイレントタイプだ。発しない、声を発せずに、脳内で音声を再現する。それゆえ、どのような攻撃が繰り出されるのかが判別つかない。

 内臓が破裂しそうになる、次に両手がねじれる、膝が粉砕される、両目が飛び出そうになる、菜緒は俊也の呪現言語で存在そのものを、肉体から精神のすべてに至るまで破壊されそうになっていた。

 それをギリギリで救っていたのは、スマホの通話。武威裁定Q課とつながっていた。音丸が何度も通話を試みた、菜緒が根負けして通話を許可したのだ。


 「菜緒、身体回復」シンプルな呪現言語だった。音丸の渾身の呪現言語は、念仏のようにリズミカルにココチいいガムランの音のように、イヤホン越しに聞こえていた。右耳に取り付けたイヤホンから聞こえる音丸の声。菜緒は、破滅しそうな身体が無限のサイクルで回復していく様に生まれ変わる自分の命を感じていた。


 同時にその音丸の呪現言語の声は左耳にイヤホンをつけた俊也にも聞こえてくる。

「不快な音だ。低俗な呪現言語。いいか、呪現言語たるものは、相手を呪うのだ!この愚か者!!!」

 俊也の傲慢な声は、武威裁定Q課のモニタールームにも届く。悪意のある言葉自体が、音丸、実谷、明日彌の身体にダメージを与える。菜緒はスマホから音丸たちに

「もう、切るよ。ありがと、音丸。アスミン、実谷さん」

 菜緒は通話を終了させた。スマホをそっとパンツの右ポケットにしまった。

 覚悟を決めたのか、菜緒はいつになく清々しかった。俊也に破壊され、音丸に回復される、そのサイクルが菜緒のポテンシャルを向上させたのか、複写師としての力が発動したのか力が、丹田にみなぎる。姿勢を低く、身体の中心に力を集中するイメージを。


 俊也は左耳ごと引きちぎり、イヤホンを投げ捨てた。同時に、「左耳、再生せよ」と口にした。口にする方が、どうも呪現言語の威力は高まるようだ、と菜緒は冷静に分析していた。

「菜緒のスマートフォンは破壊される」

 俊也の呪現実言語はつぶやきのように放たれた。サイレントタイプではない、口から発せられた。菜緒のスマホは粉々に崩れ、砂の粒のように小さくなり形を失った。


 俊也のなかには陵介の面影が見当たらない。殺しても後悔しない、いや躊躇はしないだろう。だが、声はどうしてか陵介なのだ。あの優しい声が聴きたい、菜緒は生きて陵介ともう一度やり直したいと戦いの最中に、未来を観ていた。そして、その未来とは陵介とのわずかばかりの過去の断片をつなぎ合わせ、つぎはぎの記憶が育んだものだった。


 未来を観るもの、今を知るもの、過去に囚われるもの、その三者が戦えば、未来を観るものが最強だ。宍倉家の家訓だった。だが最も最強なのは、このものだ。


 複写師としての菜緒の呪現言語では、俊也には勝てない。押し相撲で負ける。格闘では懐に入り込むことすらできない。サイレントタイプの呪現言語で物理攻撃を防いでいると考えられる。スマホから回復系の録音音源を流しながら、俊也に肉弾戦を挑む、回復と攻撃を繰り返すのがベター。だが、肝心のスマホは俊也に破壊された。

 複写師ごときの呪現言語は所詮サルマネ。戦いながら回復の呪現言語を唱えることは難しい。回復や蘇生系は集中力が必要だ。その前に才能や努力も、菜緒は複写師のプライドはありつつも、器用と言う名の中途半端さを心底恨んだ。戦う方法が見当たらないのだ。


 床で虫の息だった、鷲子が叫んだ。

「千堂寺穣一、生き返れ!」


 鷲子の口から血が噴き出る。命からがら。この状況で千堂寺を生き返らせる?俊也にとっては千堂寺も鷲子も使えないスパイ。それを恥じて加勢しようとしているのか?俊也は廊下で絶命していた千堂寺がカツカツと足音をたてて部屋の中に入ってくるのを確認した。


「立木陵介を殺害すれば、菜緒は来る。菜緒に本気で殺されたら俺は復活はできんあ。だから鷲子の三死の巻き添えを喰らう死に方を選んだ。わかる?菜緒?」

 千堂寺は首をすくめて肩を鳴らす。コリコリ、ゴリゴリ、ゴリッゴリッと。

「実谷さんからの連絡なかったら、菜緒に瞬殺されてましたよ。あ、やっぱ鷲子も死にかけてるか」

「鷲子、回復せよ」

 千堂寺は俊也越しに、鷲子を回復させた。


「千堂寺さん!」

 菜緒は鷲子を回復する千堂寺に敵意を感じない。

「菜緒!!!俺は元特別潜入課トクセンあがりだぜ。自分さえも裏切る男だ」

 千堂寺が放つ回復言語は凄まじかった。菜緒の戦闘センスは生方家のものそのままに。母の力さえも複写師としてコピーしきっていた。攻撃と回復が同時で行われる菜緒に対して、俊也は成すすべもなかった。

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