一度だけ死んだ人と1週間過ごせる世界で僕は息子に再度会う

TKあかちゃん

第1話

 鏡を見る。

 そこに写る僕の顔は期待と不安が混ざったようななんとも言えない表情だった。

 ミントの香る歯磨き粉で歯を磨いたあと、そばにあったブドウ味の子供用歯磨き粉を見る。

 それは、あの頃のまま、捨てずに取ってあったため、ややホコリが被っていて汚れてしまっていた。

 そして、歯ブラシ立てにしていたマグカップには3本の歯ブラシ。


 青が僕でピンクが妻。小さいのが息子のだ。


 「流石に捨てるか。こんなに汚いのじゃ、良くない。帰る時にスーパーに寄って好きなのを買ってやろう……」

 誰に言うわけでもなく……いや、自分に納得させるために、言い聞かせる為に1本の歯ブラシと歯磨き粉を取って捨てた。

 

 後、1時間後にユウキが帰ってくる。

 たった1週間だけだが最高の1週間にしないと行けない。


 そう思いながら、僕は服を寝間着から外着に着替えた。

 そして、靴を履いて、外に出た。


 僕の住むきさらぎ町は地方都市の閑静な住宅街だ。

 腕時計を見ると朝8時。

 通勤通学をしている人たちがちらほらと家を出ていて、見知った人は軽く挨拶をしてくれる。 この町は犯罪も少なく、そして、市が育児に力を入れているから父子家庭の僕に取っては少しぐらいなら背を伸ばしてでも住みたい町だった。


 そして、この町の中心部には大きな公園があって、天使様がいる。

 息子と長く過ごすならここがいい。

 息子が小学校を卒業したら妻に会わせようか?

 それとも結婚した時か、孫が出来た時がいいか?そう思って、ここに居を構えた。


 どれも過去の話。


 春風が吹いてくる。

 綺麗な桜の花びらが地面を舗装し、ピンクのカーペットになっていた。

 朝はまだ少し寒いが、もう少ししたら暖かくなる。

 身体があまり丈夫ではなかった息子には過ごし易い季節だろう。

 そう思って、今日を選んだ。

 公園に着くと10人ほどがソワソワとしがなら天使様を遠くで眺めている。

 天使様がいる公園ではよく見る光景だ。

 昔は何とも思っていなかったが、今となっては僕も彼らと同じだろう。

 僕もソワソワしながら公園を覗き込むと、そこには羽の生えた女性が一人、椅子に座っている。

 そして、そばには机とドア。

 あのドアの向こうには死後の世界が拡がっている。

 時計を見ると8時30分。

「あと、60分か……早かったな……」

 ぼそりとつい呟いてしまうと、近くにいた70近いだろう男性が

「貴方もですか?」と尋ねてきた。

「は、はい……」

「わたしも早く着いてしまって……もしよろしければお話しても?」

 僕はその言葉の裏がなんとなくわかって

「いいですよ」と返した。

 この人も不安なのだろう。

 死んだ人と会えるのは一人一度きり、そして、その人と1週間の間だけ現世の中で一緒に過ごすことができる。

  ある程度、天使様が日程をすり合わせてくれるとはいえ、急に現世に戻ってアレをやろうコレをやろうと言っても、困るだろう。

 それでも、どの人もこの1週間の為に仕事を調節したり、予約したり、準備をするものだ。

 だが、その準備なんていくら考えても正解はない。

 でも何か見落としがあったら後悔は死ぬまで付きまとう。その後悔が無いように少しでも客観視が欲しいのだろう。

 僕たちは公園の中に入ってベンチに腰掛けた。

 「わたしは田中ミノルと言います。よろしくお願いします」

 

「よろしくお願いします。僕は高橋です高橋ツトムです。」

「それであなたは?」

 田中さんが尋ねてくる。

 「息子を……5年前に……」

「ああ……それはお気の毒に……その歳でと言うことは……」

「ええ、まだ7歳でした……」

「そうですか……わたしは妻です……去年の今頃に先立たれてしまって……」


 あれこれと田中さんと話していく。

 やれ、何をするとかコレをするとか。

 僕も不安だから話に乗ったのに何も頭に入ってこない。

 それは彼も同じなのだろう。

 僕の言葉は彼には届いていないことがなんとなくわかる。

 一生に一度の願い。

 それは個人にしか測れないのだ。

「田中様。田中ミノル様〜」

 天使様の声が聞こえる。

「呼ばれましたよ」

「はい……それでは……」

 そう言うと田中さんは天使様の元にいく。

 するとドアがゆっくりと開いて、15ぐらいの女性が出てきた。70近いであろう老人の妻には若すぎる。

 

 死後の世界に年齢はない。


 10で死んだ子供が20で出てきたとか、逆に70で死んだ人が20歳ほどの年齢で出てきたとかはよくある話だ。

 「あの時の姿だね……懐かしいよ……」

 「あなたはちょっと痩せたんじゃない?しっかり食べてる?」

 「ああ、ほらあの時のノート……もう煮付けだって作れるよ……」

「本当?じゃあ、作ってもらおうかしら」

 そういって少女は老人の腕を組んだ。

「天使様、ありがとうございます」

「いえ、後、再度、伝達事項ですが、期日までにここに戻ってください。そうしないと奥様の魂は永遠にこの世で彷徨い続ける事になります」

「はい、大丈夫です……」

「大丈夫よね。あなた……ってもしかしてボケとか……」

「ふふっ、まだそのあたりは大丈夫かな?」

そういって夫婦は去っていった。

 その時、すれ違ったとき、軽く会釈した。

 「高橋様。高橋ツトム様〜」

 「は、はい。ここに!」

 僕の名前が呼ばれて、慌てて天使様の元に駆け寄る。

 するとドアがゆっくりと開いて、そこにはあの時のままのユウキの姿がそこにはあった。

 ショートカットの髪にあの時のTシャツ。ズボン。

 まるで5年前で時が止まっていたかのようだ。

「おとうさん?おどゔざざぁぁぁんんんん!!!」

 涙を流しながら近づいてくる息子を僕はしゃがんで受け止めた。

 鼻に香る息子の匂いがあの頃と一切変わっていない。

 僕の鼻は5年たった今でも覚えていた。

 「遅くなってごめんなぁ!ごめんなぁ!」

 僕も泣きながら息子の頭を撫でてやる。

 こんな事をしている場合じゃない。

 そう思っていても感情は止められない。

 温もりは目の前の息子が本当に死んでいるとは思えなかった。

 

 


 

 

 

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