ハイスペックな彼女たちは、なぜか俺のことを放っておかない
まさ
第1話 望まない再会
桜の香が街に流れる春は、出会いと別れの季節だ。
それは学生であっても社会人であっても同じ、そう、この会社でも。
「ということで、4月から新人がここに配属になる。
「世話係って、何をしたらいいんですか?」
「とりあえず会社に慣れてもらうために、色々と教えて相談に乗ってやってくれ。それと、しばらくは君と一緒に行動してもらうことになる。仕事も憶えてもらわないといかんしな」
総務課の上司である
体重が百キロは超えようかという巨漢、角刈りの強面で、社内では警部だとか、組長だとかといったあだ名が飛び交うが、本人は何も気にしていない。
しかし面倒くさいな、正直。
会社では余計なことはしょい込まず、やる事だけやったらぱっと帰りたいんだけどな。
でもこれはもう決定事項なのだろう。
だとすると、ぐだぐだと文句を言って上司の心象を害するよりも、これからの善後策を練った方がいい。
社会人として学んだ処世術だ。
「うちの部署へ新人の女の人が来るのって、珍しいですね?」
「だな。履歴書の写真を見る限り、かなりの綺麗どころだ。だが手を出すなら慎重にな。最近コンプライアンスがどうだとかがうるせーしな」
何でこの人は、俺が社内の女性に手を出す前提で話をしているんだ?
けど、分からなくはない。
実際、そういった話はよく聞くんだ。
それに俺だって……いや、今はいいや。
大栄電気工業株式会社、人事総務部総務課、この俺、
定時株主総会の企画運営や、国際会議の手伝い、施設管理、どうにも手に負えないクレーマー対応や、コピー用紙の補充まで、色んな業務をこなす。
時には人事課や法務部と協力して、社内調査とかまでやる。
その多くは、いわゆるパワハラ、セクハラ、社内不倫といった人間関係についてのものだ。
気を使ったり、目立たなくて面倒くさい仕事も多いけど、そこに大卒の女性が配属されるらしい。
よりにもよってうちなのかと、少しだけ気の毒な気もしてくる。
村正さんと二人きりの会議室から抜け出して、自分のデスクでひと息ついて、今日は早く帰ろうと心に決める。
気が乗らない仕事を振られてしまったので、気分転換しよう。
定時時間になって、上司と先輩方に挨拶をしてから、さっと職場を後にした。
いつも乗る電車に揺られた後で近所のコンビニで夕飯と酒を買い、マンションの5階にある自分の部屋へと帰り着く。
1LDKで家賃は月5万円、会社から家賃補助が出ているので、今はその金額でここに住めている。
それがないとここには住めない、好立地条件の場所だ。
部屋の鍵を開けて中に入り、缶ビールの栓を開けて少ししてから、来客を告げるインターホンが鳴った。
誰だろ? 宅急便かなにかかな?
何も注文をした覚えはないんだけど。
ドアを開けてみて、豆腐のようにふやけていた俺のハートは、一気に硬直した。
うわっ……誰だよ、このむっちゃくちゃ綺麗な女の人は……
シルクのような光沢を帯びたセミロングの黒髪が目に飛び込んできた。
白くてすっきりした顔立ちは、ファッション雑誌の表紙を飾るモデルのようだ。
長い睫毛に、宝石のような輝きを宿す大きな瞳、それを真っすぐにこちらに向けている。
思わず息を飲んでしまって、緊張が全身を駆け巡って総毛立つ感覚がする。
「あの、夜分にすいません。隣の部屋に引っ越して来た者です」
「ああ、はい……」
そう言えば、この部屋の隣は、しばらく空き部屋だった。
昨日までは静かだったから、今日引っ越してきたのかな。
玄関の扉を広く開けて、新たな隣人と対面した。
「はじめまして。あれ? えっと……あの……」
なぜだか、彼女は俺の顔をじっと見つめたままで、言い淀んでいる。
こういう場合、簡単に名前だけを名乗って挨拶をして、それだけで終わりだと思うけど。
「あの、どうかしましたか?」
よほど俺の顔が変だったのだろうかな?
イケメンとは絶対に思えないけど、一応普通の日本人の顔はしてると思うけどな。
問いを投げると、彼女はぶんぶんと首を横に振った。
「いえ、すみません。私、
「はい、そうですか。俺は―― !!!」
自分の名前を言いかけて、言葉がぴたりと出て来なくなる。
―― 月乃下…… 変わった苗字だ、どこかで聞き覚えあるような。
……あっ!! まさか、そんなことが……?
心臓を悪魔に掴まれたような気分になって、動悸が激しくなるのを感じる。
まさか、そんな、だよな……?
確かめるつもりで、こっちからも言葉を返す。
「お、俺は、長船っていいます」
そう告げると、彼女は目を大きく見開いて、赤い唇を震わせた。
「そんな……もしかして、長船兼成君?」
彼女は俺の下の名前を、正確に言い当てた。
事前のリサーチも何もなく偶然と考えるには不自然、天文学的な確率だ。
きっと彼女は俺のことを知っている、そして俺も彼女のことを……
そう直感して、すかさずドアを閉めようとした。
「わっ! ちょっと待って! どうしてドアを閉めるの!?」
「いや、挨拶は終わったから……」
「ねえ、兼成君でしょ!? 私、
―― 覚えているし、はっきりと思い出したよ。
だから、これ以上は関わりたくはないんだ。
「知らないよ、君のことなんか。じゃあな……」
少し強引にドアを閉めようとすると、月乃下さんは自分の足をドアの隙間に差し込んできた。
「ちょっと待ってよ!!! ねえ……もしかして、まだ怒ってるの、あのこと……?」
怒ってはいないさ、もう。
ずっと忘れていたし、思い出したくもない。
でも君の顔を見ていると、どうしたって過去の黒歴史が頭に蘇ってくるんだ。
嘘の告白をされた、あの時のことが。
「ねえお願い、少しだけ話を聞いて、兼成君。あんなつもりじゃなかったの!」
そんなことを今さら言われても、今の俺には関係ない。
そう思おうとしながらも、ずっと止まっていた時間が動き出した、そんな気もしたんだ。
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(作者よりご挨拶です)
ラブコメや恋愛ものが好きな作者でございます。
この度は貴重なお時間をお使い頂き、本作にお越しを頂きまして、誠にありがとうございます。
このたび、社会人ラブコメの新作を公開させて頂きました。
よろしければご拝読頂き、応援やご感想、ご評価等も賜れれば幸いです。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
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ハイスペックな彼女たちは、なぜか俺のことを放っておかない まさ @katsunoi
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