最高の朝ごはん

折原 一

第1話

 ピピピピッ、という音で目が覚める。

 アラームを止めると、時間は七時半。会社には遅刻だが、今日はそれでいい。

 焦ることもなく、ゆっくりとベッドから起き上がる。窓から入る陽光を眺めながら、しばらく考えて、それからいつも通り朝ごはんを食べることにした。

 寝室を出て、リビングを通りキッチンに向かう。

 キッチンに着いて、何かないかなと冷蔵庫を漁ったが、特にないので卵と食パンを出した。

 食パンをトースターに放り込み、ひねりをマックスまで回し、三分の位置に戻す。ジッーと音が鳴り始めた。焼きあがるまでの間に、フライパンを出して目玉焼きを作る。

 フライパンに油を広げ、しばらく熱してから卵を落とす。ジュワァ~と音が鳴り、油が踊りだす。美味そうなその様にお腹も鳴りだした。

 弱火に調整、フライパンに蓋をして目玉焼きは一旦放置。急にコーヒーが飲みたくなったので、やかんに水を入れて強火にかけた。

 チン!

 パンが焼きあがった音を聞き、お皿を用意してトースターを開ける。しっかりと焦げ目の付いたパンを、やけどしないようにつまんでお皿に載せる。

 それをシンクに置き、横のフライパンの蓋を取る。油も落ち着き、いい具合に焼けていた。

 そしてそのパンの上に、先ほどの目玉焼きを乗せた。完成だ。

 満足のいく出来栄えに、思わず笑みがこぼれる。

 お皿は一旦置いて、沸騰し始めたやかんを止めた。マグカップを出して、コーヒーの粉を入れる。そこにお湯を注ぎ、スプーンで混ぜる。

 いい感じに混ざったのを確認して、一口。

「熱っ!」

 思わず口を離す。口の中を舌で触ると、少しやけどしているようだ。コーヒーを軽くフーフーしておく。

 いい目覚ましになったか、と思い、コーヒーとパンの載ったお皿を持ち、リビングの食卓に並べる。

 朝、食卓の上にパンとコーヒー。完璧な朝ごはんと言っていいだろう。

 席に着いて、テレビを付けた。いくつかチャンネルを変えたが、全部同じような緊急特番だったので消す。改めて目の前の食事に向き合い、手を合わせた。

「いただきます」

 出来立ての食パンと目玉焼きにかぶりつく。サクッとした食感と共に黄身が流れ込み、口の中で混ざり合う。少し胡椒の効いた味が卵の甘みを際立たせ、ほどよく食欲を刺激する。

思ってた以上に腹が減っていたようで、三口ほどで完食した。

 口元の黄身を拭ってから、暖かいコーヒーを口内に注ぎ込む。よく味わい、飲み込む。喉を通り、胃の中で暖かいものを感じる。大きく息を吐いた。

「……幸せだ」

 思わず、口から漏れていた。ちゃんとした朝ごはんなど、何年振りだろうか。

 振り返ってみれば当たり前だ。仕事のこと、お金のこと、悩み事は無限にあった。そのすべてがなくなった今、ただ純粋に朝ご飯だけを味わっていたのだ。

 こんなにも美味しいものだったのか……。

 余韻に浸りながら、壁の時計を見る。時間は午前七時五十五分。

「そろそろか……」

 僕はコーヒーを持って立ち上がり、窓の外を見下ろす。二十階の窓から見える景色は、この街のほぼすべてを映していた。

 ビル、住宅街、商店街。様々な建物が並ぶ中、その間で人間たちが騒いでいる。

 やけになって人を襲う者、今更街の外に逃げようとする者、諦めて抱きしめ合う者。

 そして……家の中で、大人しく最後を迎える者。

 時計の短針が八時を指す。

 空を見上げると、太陽のように眩しいものがたくさん降り注いできた。

 今日午前八時、地球は滅亡する。原因は隕石だ。

 私は流れ星を眺めながら、ゆっくりと最後のコーヒーを味わった。

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