第5話 運のいい女

サチさーん、と小さな声で囁くように繰り返す。

秀美はのんびりしているが、人が困っているのを見過ごすなんて絶対にできない。

東口には水のでていない噴水があり、若いころにはそこでよく待ち合わせをしたものだ。

噴水をぐるりと周りながら一人ひとりの顔を見たが、どうやら目当てのサチさんはいない。

秀美は少し疲れを感じて、自分も噴水の縁に腰を下ろすことにした。

髪をくくった垂れ目、小柄、猫背、そのヒントを頭の中で何度も反芻するが、正直若い子なんて最近みんな同じに見える。


今頃、きっと晶子が見つけてるに違いない、なんて考える。あの子はいつも要領がいい。

それに困ったときは晶子に頼るのが一番なんだから。

秀美は高校生の頃、よく晶子の親友だと言うだけで羨ましがられた。

完全無欠の晶子さん。

それに明るくて人気者の光子。

あーあ、私ってつくづく運がええわー。

だって私、最高の親友がいて、病気をしても治って、今も毎日楽しくて。

だからこそ、さっきの女の子、千恵を助けてやらないといけないと感じる。


あー、サチさんはどこかいなー、と顔をハンカチでパタパタと仰ぎながら視線を動かす。

あらあの服素敵、あらあのカップルも素敵。

秀美の目には世界は楽しくいいものとして映りがちだ。

あら、あの猫、ピューッと空から飛んできたみたい。

目の前に現れた猫をついつい目で追いかける。

自販機の前を体をこすりつけるように歩く猫、次は赤い自転車の横を通り、あ、宝くじ…、なんかの縁かな。買おかな。

と、宝くじ売り場に気付いてどっこいしょ、と腰を上げた。

ふらふらと惹かれるように宝くじ売り場の方へ向かう。

あかんあかん、こんなことで運つこたら、それやったら代わりにサチさん見つけんと。

と、頭の中で声がした。

やっぱり私…と、猫をもう一度見てから決めることにして立ち止まる。

その時、肩に何かが触れた。

「あの、これ、落としましたよ」

と、若い声が聞こえる。

目の前にはさっきまで握っていたハンカチが差し出されていた。

「あ!まー、おおきに」

そんなに夢中になったつもりもなかったが、手からハンカチを落とすほど心惹かれたのかと恥ずかしくなって、宝くじ売り場を見ないように背を向けた。

「私、もうこんな失敗ばっかりやわ」

と、ハンカチを両手で受け取る。

そして声の主に改めてお礼を言う。

「ありがとう」

そのまま電気に打たれたように動かなくなる秀美。

この女の子、かわいいわー、たれ目で、小柄で、髪くくってる。

まさか。

「あの、あなた、あの」

「はい?」ニッコリしつつも困惑する女の子。

「あなた、今日、待ち合わせ?」

「何ですか?」

明らかに不審感を顔に浮かべた相手をハンカチごとグーッと自分の方へ引き寄せる。

秀美「あなた、サチさんやろ?」

サチ「はぁ、は?」

秀美は小さくガッツポーズをすると、サチの手を握った。

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