不動院さん取り組む

@HOTTA-Tatsuya

不動院さん取り組む

 中筋高等学校を受験したとき、面接官の先生から「あなたの長所はなんですか?」と尋ねられたのを思い出す。

 私はガチガチに緊張していて、「はい、友達からは、みどりは真面目だね、と言われます」と必要以上の息継ぎとともに答えた。

 実際に真面目なところはあった。横断歩道を渡る時、車通りがなくても信号が変わるまで待つ方だ。友達の中には『待たない派』もいるし、そもそも横断歩道を意識していない派もいる。横断歩道がすべてではないが、少なくとも傾向として古市みどりは真面目な中学生(現高校生)だった。

 問題は、真面目であることが果たして長所なのかどうかだ。真面目さとは物事に対する真剣さとルールを尊ぶ心に分解できる。真剣さは一見、長所のような顔をしているがその実まだ何も成し遂げていない。真剣にやって、その結果が出てこその長所だと思う。ルールを尊ぶ心は、簡単に付和雷同の態度に変貌する。私は短所を聞かれたら気弱であることを挙げるだろう気の弱い中学生だったし、真面目さは単なる気弱さの裏返しかもしれない。

 こんなことを考えるのは、高校に入って不動院さん――不動院知佳に出会ったからだ。彼女は私以上に真面目だった。

 今だってボランティア活動の一斉清掃を真剣にやりすぎて、行方不明になってしまっている。私はなぜか不動院さんのお世話係になっているので、彼女を探す目にも力が入ってしまうというものだ。

「知佳ちゃん、どこまで行ったんだろうね〜」

「あいつは加減を知らないからな」

 クラスメイトたちののんびりした会話をよそに、私は中筋高等学校の近くをぐるぐる回っている。見知らぬ住宅地にも、公園のトイレにも、コンビニ横の路地にもいない。まさか山に入ったんじゃ……、という不吉な予感がして、私は裏山に入る唯一の舗装された道を上った。

 走って上ったので息が切れる。私は少し立ち止まって体力を回復しつつ、まわりを見回す。季節からすると不自然に落葉が少ない。どうやら不動院さんがこの道を通ったことは確かなようだ。私たち凡人はせいぜい校庭の落ち葉を掃き集めるだけだが、不動院さんなら山の落ち葉を全部拾おうとか考えつきかねない。

 ようやく見つけた不動院さんは下半身だけだった。と言ってもバラバラ殺人が行われたわけではなく、ガードレールに体を預けて身を乗り出しているだけだ。竹ぼうきで何かを拾い上げようとしている。

「不動院さん、パンツ見えるよ」

 私が声をかけるのと、不動院知佳の竹ぼうきが野球のボールを引っ掛けるのはほぼ同時だった。不動院さんはボールをすくい上げると、私に向かって微笑んだ。

「ようやく拾えたよ。ところで、何時になったろう?」


*


 一事が万事この調子で、不動院さんが向かうところには尋常じゃない労力と、ほんの少しの『優秀な結果』が現れた。

 不動院さんは優等生である。しかし彼女が自分に課している勉強の量を考えると、少しぐらいの成績優秀さでは釣り合いが取れない気がする。彼女は実は、けっこう、それとなく、おバカなのではないかと思う。

 不動院さんはトラブルメーカーでもある。何にでも全力で取り組んだために、当初思い描いていたのと少し違った結果が出てきてしまう。今回のように行方不明になることもよくある。私がフォローするのが定着してきているが、できればもうひとり二人人手がほしい。

 不動院さんは学祭の実行委員でもある。

「11月の学園祭に向けて出しものを決めたいわけだが」

 教壇の横に立ち、黒板に『出しもの』と書く。背が高く字もうまいので格好がついている。

「決まらなかったらどうなるんですか〜?」

 男子のやる気のない質問にも、真剣に答えるのが不動院さんだ。

「単純に準備期間が少なくなる。学園祭の開催が11月2日の土曜日で、それまでにHRなどを利用できる機会が4回ある。今日決まらなかったらそうした『まとまって使える時間』が減ってしまう。それだけじゃない。放課後に有志でやる準備活動は、4週間で20回ほど機会があることになるが、仮に1回HRを飛ばしてしまうと3週間の15回に減ってしまう。今日決めるのが適切なのだよ」

 不動院さんの長い説明の間に、私は作戦を練った。

「じゃあ、みんなに用紙を回して、やりたいことを書いてもらおう。それから投票で」

「さすがは古市さん」

 不動院さんは感心したように目を見開いた。やることの方向が定まると彼女は強い。自分のノートを丁寧に引き裂き、32枚の紙片を作ると、机の各列に順番に配った。

 やがて逆向きに回収して、集まったアイデアを黒板に書き出す。

「『お化け屋敷』と『メイド喫茶』が多いな」

 そして投票。メイド喫茶を女子が避けたのか、お化け屋敷が15票を得て1位となった。

「お化け屋敷に決定だ」

 不動院さんは満足そうにうなずくと、

「まず出したいお化けと飾り付けを決めて、それから必要な材料を買い出しに行こう。予算は決められているから、なるべく100円均一で揃うような案が求められる」

「買い出し、俺行くよ。バイクあるから」

「バイクじゃ乗らなくね? 電車でイオンに行けば良くね?」

「バイクに乗るか乗らないか、まずは材料の洗い出しが……」

 わりと建設的な提案が続き、まずアイデア出しに1週間かけることになった。その後、土日のどちらかを使って買い出しに行き、3週間かけて準備する。

「うまく決まったな。みんなの協力に感謝する」

 不動院さんはそういうと、会を閉じた。彼女にしては珍しく時間もオーバーしていない。教壇を先生に明け渡すと、私の隣の席に戻ってきた。

「ヴァンパイア……、ヴードゥー……、ノスフェラトゥ……」

 何か不吉そうな単語を呟いていたのが気になった。


*


 その日の夕方。

 中筋文化センターに併設されている中筋図書館に、不動院さんとやってきた。

「付き合ってくれてありがとう。おかげでだいぶ予算が節約できそうだ」

 図書館に行くことを提案したのは私である。不動院さんは危うく、3,500円もする『ゾンビの誕生』とかいう専門書をアマゾンで買うところだったのだ。

「あるかどうか分からないけどね、『ゾンビの誕生』。ゾンビって生まれるものなんだっけ?」

「いや、ウィキペディアによると元は生きている人だな。ゾンビ・パウダーなる薬物を使用された人は自発的な意思を失い、命令に従うだけの奴隷のようになってしまう。これと死体が蘇るという説が混合されてゾンビが」

「だいたい分かった。でもそこまで詳しいなら、学術書、いらないんじゃない?」

「この知識ではまだディティールが足りない……」

 不動院さんはつぶやくと、本棚の群れに向かって突っ込んでいった。

 私はその後ろ姿を見送ったあと、適当に雑誌コーナーを眺める。しばらくしてホクホク顔の不動院さんが戻ってきた。

「『ゾンビの誕生』はなかったけれど、『ゾンビ 〜その誤解と実際〜』や『エンサイクロペディア・オブ・ゾンビ』はあった」

「ゾンビにこだわるよね……」

「お姉ちゃんがゾンビ映画好きなんだ。お化け屋敷を作るとなったとき、ぱっとひらめいた」

 不動院さんに姉がいたとは初耳だった。しかもゾンビ好き。

「じゃあ、お姉さんにもゾンビ知識を提供してもらったら?」

 私が提案すると、たいていの提案には称賛を持って迎える不動院さんが、珍しく苦い顔をした。

「お姉ちゃん、忙しいからな」

 この人の姉なら、忙しくてもおかしくない。私はそれきり、提案したことも忘れてしまった。


*


 そこからの不動院さんの頑張りは目覚ましかった。『ゾンビ 〜その誤解と実際〜』と『エンサイクロペディア・オブ・ゾンビ』を2日で読み終わり、HRでお化け屋敷のテーマをゾンビにすることを提案、賛成多数で決定された。

 屋敷に登場するゾンビをデザインし、必要そうな道具と材料を割り出した。土曜日にはイオンに行く買い出し班に同行し、本人いわく『鮮血のような』血の色を選択。YouTubeにあふれるハロウィン動画の中から参考になるものを見つけ出し、大道具班やメイク班に知識を伝えた。

 そして3週間が経ち、文化祭本番の時が来たのである。


*


 不動院さんの姿は保健室にあった。頑張りすぎて熱を出したのである。ウィルスによる体調不良ではないからと、説得して登校を許可されていた。

「古市さんはいいのか、私に付き合っていて……」

「私はそこまでゾンビに興味ないから……」

「そうか」

 保健室のベッドの中で、不動院さんはムズムズしていた。ゾンビ屋敷の様子を見に行きたくて仕方ないのだ。

 私としても(あと保険医さんの意見も)、多少見せるくらいなら問題ないと思っている。しかし彼女に『多少』はない。一度様子を見に行ったが最後、最前線に立って戦い抜いてしまうだろう。『0』と『120』の中間がない女、それが不動院知佳なのだ。

「大変だ!」

 突然ドアが激しく開き、クラスの男子が駆け込んできた。

「保健室では、静かにね」

「お客さんが多すぎてチケットの再印刷が必要だ、でもチケットのファイルのデータが分からない。あと古市さんももぎりをやってくれないか」

「まあ、もぎりくらいなら」

 私はそういうとベッドの方を見返した。

「不動院さん、行ってくるから大人しくしててね」

 ベッドはもぬけのからだった。


*


 不動院さんはやっぱりじっとしていられなかったのだ。私がゾンビ屋敷にたどり着くと、すでにチケットの追加印刷は終わり、ゾンビのボロ布に着替えようとしているところだった。

「熱は大丈夫なの?」

「くらくらする。このくらくらが迫真みを生むかもしれない」

 私はため息をつくと、もぎりに参加することにした。

 祭りの期間は校内を開放しているので、見知らぬ人もけっこうくる。子どもが一人、「怖いゾンビいた! めっちゃ怖いゾンビいた!」と行って駆け出してきた。たぶん不動院さんの演技が真に迫っていたのだろう。

 私が無心でチケットを切りつづけていると、周囲がざわざわしはじめ、注意を惹かざるを得ないような上品なお客さんが現れた。

 歳の頃は大学生くらいだろうか。白い長袖のブラウスに、茶系のワイドパンツを履いていた。髪が長く、肩と腰の間くらいまでまっすぐにストンと落ちていた。私は「へえー美人っているところにはいるんだなあ」と思っていたが、話しかけられたので驚いた。

「古市さん、でいいかしら」

「はい、古市ですが……?」

「不動院知佳の姉の有奈です。いつも妹がお話しているとおりの方だから、すぐに分かりました」

 いろいろと情報が多かった。不動院さんの姉。ゾンビ好きな……? でもすごく上品な人に見えるけど。そして不動院さん、家で私のことを話していたのか。どういう内容で? とても気になったが、有奈さんはゆっくりとよどみない歩調でゾンビ屋敷に入っていってしまった。

 中で何が起こっているのか気になった。私だけでなくもぎり係やチケット売り係の全員が気にしているようだ。やがて、ゾンビ姿の不動院知佳さんに押し出されるように、有奈さんが歩み出てきた。

「ほら、もう見たからいいでしょ。お姉ちゃんは美術部にでも行ってきてよ」

「ええ〜。もう一周したいなあ。とってもいい出しものだったよ」

 有奈さんは品よく笑った。

「そんなことないよ。お姉ちゃんからみれば、欠点だらけに決まってる」

「本当なのに。それにね、知佳ちゃん、高校生の出しものに欠点があるのは当然。必要なのは熱意とリスペクトよ。もう一度言うけど、いい出しものだった。でもゾンビマニアから強いて言うなら、血のりの色はもっと『死んでから日が経った』ような鈍い色が良かったかな。気になったのは、それくらい」

 有奈さんは笑顔で帰っていった。反対に、不動院知佳の表情は固まっていた。

「そうだよ。ゾンビの血なんだからもっと鈍い色になるのが当たり前。鮮血を選んでしまった私のミスだ」

 不動院さんの手がわなわなと震える。

「あ、あの、不動院さん」

 私がまわりのみんなを代表して声をかけるも、不動院さんには届いていない。

「みんな、ごめん」

 不動院さんはゾンビのままどこかへ走っていってしまった。普段の彼女なら廊下を走らない。相当追い詰められているんだろう。

「もぎりやっといて」

 私は先読みして行動することにした。不動院さんはどこに向かうだろう。


*


 保健室のベッドの中にうずくまっていた。

 困惑した様子の保険医の先生が、私を見てほっとした表情を浮かべる。

「なんか分からないが、頼む」

 頼まれた私は、ベッドの端に腰掛けて、不動院さんに声をかけた。

「お姉さんのこと、苦手なの?」

「自慢の姉だよ。でも、時々重荷になる」

 不動院さんは素直に答えた。

「昔から、何をやっても同年代のときの私よりよくできるんだ。学校の勉強も、クラブ活動も、生徒会でも、全部。それでいてすごく優しいし、見ての通り、私より綺麗だし……」

 不動院さんも大概優等生で万能なのだが、あの姉の余裕っぷりを見た私は、彼女の言うことが本当なのだろうと思った。

「う〜ん」

 不動院さんが何事にも全力を尽くす生活を送っているのは、有奈さんへのコンプレックスも理由の一つなのかもしれない。

 安易に「分かる」とか「人それぞれ」とか言っても、彼女に届くかどうかは怪しいものだ。私は一計を案じた。

「私もね、兄がいるんだけど」

「昔聞いたことがあるな」

「覚えてた。実は兄貴って天才でさ。トーダイに首席ゴーカクするし、野球部ではエースで4番だし、優しいし、女の子にはモテモテで――」

 私の兄はそんな怪人物ではないのだが、ここはそうなっていてもらうことにした。

「――で、妹としてはたまに思うことはあるよ。私は兄貴の出がらしなのかな、って……」

「それは絶対に違う!」

 不動院さんは布団からガバっと起き上がった。ゾンビのままだった髪の毛は乱れ、泣いていたらしく目の周りが血のりで大変なことになっていた。

「お兄さんがどんなに優秀な人物であったとしても、そしてみどりさんがそれには及ばなかったとしても、人にはそれぞれの価値がある。今は見つからなかったとしても、いずれ見つかる! 私が古市さんのいいところを100個挙げてみせよう」

「恥ずかしいからいいや」

「そっ、そうか」

「でさ、不動院さんは私に対しては、『人にはそれぞれの価値がある』って言えるわけじゃん。なんで自分自身にはそれが言えないのかな」

「それは……、勇気がないから、だろうか」

「無ければつけなさいよ。得意でしょ、自己研鑽」

 不動院さんはしばらく沈黙した。私の言うことを信じてもいいかどうか、考えあぐねているのだ。私は実際に兄のことで嘘をついているので、とやかく言えない。ここは待つしかない。

「古市さん、……ありがとう」

 不動院さんはそういうと立ち上がった。

「私は立ち直った。私に足りないのは学力でも体力でも美貌でもない。自分を認めてあげる勇気だ。私は勇気をつけるべく、毎日駅前で路上カラオケをしようと思う」

 今にもマイクを持ち出しそうな不動院さんを止めながら、彼女と私は今、親友になれたのだと思った。

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