第42話 遠足へ行こう(3)

 獅子族の村の外れにあったのは大きな湖だった。

 森に囲まれた中に佇む湖は輝くような深い青色で、サファイアを溶かし込んだような、でも透明度はアクアマリンのような、雪景色とも相まってとにかく宝石のような美しさだった。


 「これは……すごい……」

 「すごい!! こんなの見たことない!!」

 「入ったらどうなるんだろう。冷たい?」

 「あったりまえだろ! だってこんな色でも水だろ? 水だよな?」


 子供たちもそれぞれが感動を言葉にしている。


 「この湖はいつだってきれいだけど、冬が一番きれい。先生も気に入ってくれた?」

 「えぇ、すごく! ありがとうスキラさん、スナフくん」


 すぅ、と大きく息を吸って吐く。

 この神秘的な場所からは何かパワーももらえそうな気がした。


 「どうやってこんな綺麗な湖ができたんだろう?」


 ハウさんがしゃがんで湖を覗き込みながら言った。


 「近くに、川はなさそうだから、森からの湧水? かな。ここの地面の性質が、特殊なんだと思う」


 私はハウさんの隣に行って同じようにしゃがんで湖面を見ながら推測した。


 「次に行ってもいい?」


 イサナさんが皆に聞いた。

 全員が肯定の返事をした。


 (皆切り替え早いなぁ)


 私は歩き出そうとする皆を追って湖を背にした。





 イサナさんが案内してくれたのは虎族の村ある自宅だった。

 お家には両親とイサナさんの3人暮らしで、上にいる兄や姉たちは一人暮らしをしているという。虎族では15歳になると家を出て村内外に家を持って一人暮らしをするという伝統があると彼女が教えてくれた。

 そのお家の一室、元々は一番上と二番目のお姉さんが使っていたという部屋には多くの衣服があった。

 虎族の伝統衣装と思われる服からジルタニアで着られているようなワンピースまで様々だった。


 「お姉ちゃん達ファッションが好きで、もう着ない服をたくさん置いていったんだ。全部お姉ちゃん達が作ったんだよ。わたし、お母さんが作る服よりここにある服が好き。こんな小さな村にいても、これ着てたら大きな街にいるお嬢様の気分になれるから」


 イサナさんは虎族の衣装を着ているときもあるが、ワンピースやジルタニア風チュニックとズボンを着て登校することも多い。

 他の子は部族の衣装の子が多いからファッションにこだわりがあるんだなぁと思っていたが、お姉さんからの影響だったのか。


 「お姉さん達、すごい。先生も作ってもらいたいくらい」


 なにせ手持ちの服は3着しかなく、自分で作る技術はない。


 「先生の服は誰が作ったの?」

 「これは買ったものだから、分からない」

 「買ったもの!? すごい! 先生ってお金持ち?」

 「ううん、全然、そんなことはない……」


 イサナさんの勢いに少したじろいでしまった。


 (ここで暮らすなら服も作れないと先々困るかしら)


 薄々そう思ってはいたが、裁縫は苦手意識があって避けてきた。


 (でも服を作る時間なんてないよね。今は先生業も忙しいし、普段だって治療師の仕事してるし、時間があったらナラタさんに生薬を教えてもらいたいし……)


 服が入り用になったらマルティンさんに持ってきてもらおう。

 裁縫はまた今度、問題を先送りにした。


 「じゃあ次行くぞ! 俺のばーん!」


 ジェスくんが大きく胸を張る。意気込みは十分のようだ。


 「俺の秘密基地に案内するぜ!」

 「……ボクたちの、だよ」


 どうやら最後はジェスくんとエイドくんが秘密基地に案内してくれるらしい。

 私達は2人の案内で虎族の村と熊族の村の間にあるという秘密基地へ向かった。





 まずは熊族の村に行き、そこから森の中に入った。始めの方はきちんと道があったが次第に獣道になり、とうとう道らしいものがなくなっった。


 「迷子にならない? 大丈夫?」

 「大丈夫だって! いっつも通ってるとこなんだから!」

 「目印があるから……迷子にはならないよ」

 「目印?」

 「ほら、ここの木、傷があるでしょう?……さっき通ってきたところには石を積んで作った目印があったよ」


 エイドくんが言う目印に私は全く気づけなかった。木の傷も指差して教えてもらわないと分からない。

 子供でも私よりよほど森歩きに慣れている。


 「ねぇ、秘密基地ってどうやって作ったの?」


 スキラさんが隣を歩くエイドくんに尋ねた。


 「えっと……森で食べるものを探してた時に洞窟を見つけて、そこに毛布とかおやつとか持ち込んで、夜たまにそこで寝る」

 「危なくない?」


 大人として心配だ。ご両親はいいのだろうか?


 「動物が近づいて来てたら気配で分かるし、槍とかナイフも置いてあるから大丈夫」


 何が大丈夫なんだろうか?


 「大丈夫よね。熊族だし」


 スキラさんがそれで納得している。


 「えっと、それで野生動物を、倒せる? クマとかが出ても?」

 「先生、この辺りの森にクマは出ないわ。熊族や虎族の縄張りだもの」


 そういうものなのか。

 とにかく子供だけで居ても大丈夫なエリアなんだろうと思うことにした。なんだって親御さんが許可しているのだし。

 多分私が思っていた以上に熊族の子達は頑強なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る