第33話 緊急治療

 魔法治療院の看板こそ出していないものの、この村に来た翌日から噂を聞いてやってきた患者さんや、ナラタさんの薬局に来た患者さんの中で治療魔法を受けた方がいい人をナラタさんが説得して私が治療している。

 最近では周辺の村からも患者さんが来て、その数は週平均で10人。

 農作業をしていて怪我をした。山に入って足を滑らせて怪我をした。そういうものが多い。

 今まではナラタさんの薬局で塗り薬や湿布を貰って治るまで安静にしていなければならなかったが、治療魔法では来院したその足で仕事に戻れる。自給自足のこの村では仕事ができなくなるのは大きな痛手だ。だからけっこう役に立てているのではないかと思う。

 だが、今週に限っては患者さんが少ない。怪我をする人が少ないのはいいことだが、こういう時こそ重傷者が来たりするのだ。

 そんなことを考えていると__


 「助けてくれ!!!!」


 この人は確か、近所に住むジエムさん。奥さんと3人の娘さんと暮らすアラフォーくらいの男性だ。


 「◆◉%$☆♠♪☀︎✿!!!!」


 言葉は聞き取れなかったが、なにやら大変なことが起きたらしいことは顔色からも分かる。

 ナラタさんと摘んた薬草を種類ごとに別ける作業をしていた私は、ジエムさんの言葉の中に治療魔法師という単語を聞いた気がしてナラタの顔を見た。彼女は素早く肯首した。

 私がジエムさんに駆け寄ると、彼は私の手首を掴み店の外へ出て走り出した。

 戸惑いながらも転けないように必死に走るがさすが狼族の男性。足が速い。ほとんど引きずられているに近い。

 それでも私の鈍足がじれったかったのか、100メートルほど走ったところでジエムさんは私を担ぎ上げた。


 「っわわっ」


 再び走り始めた彼の足の速さは驚くべきもので、都市部を爆走するママチャリよりも速い気がする。私は落ちないようにジエムさんの上衣を掴んだ。


 (お願い早く着いてー! 頭に血が上らない間に)


 荷物のように肩からぶら下がった私は願った。




 村を出て森の中に入り、山を少し登ってから斜面を慎重に滑り降りた。

 ザザザッと落ち葉が擦れる音の中に呻き声が混じっていることに気づいた。

 そこで肩から下ろされた私はすぐにその声の主を見つけた。

 ジエムさんの長女ミンちゃん。座り込んだ彼女の太腿が折れた木の幹に貫かれていた。

 私は急いで駆け寄った。


 「うぅぅぅ……イタ◉%∀⌘」


 気丈にも彼女は涙も見せず耐えている。


 「『すぐ治療するからね!』アテチウイアム! 行使:検査スキャン


 眼前に浮かんだ画像を分析する。

 木の幹は大腿動脈を避けて貫通していた。検査スキャンの診断でも大腿動脈損傷という文字はない。

 ならば木の幹を抜いても大丈夫だ。ただ壮絶な痛みを伴うだろう。

 麻酔を使えれば、と思う。

 しかし治療魔法師にその権限はなく、麻酔とこの怪我の処置ができるであろう外科医はこの村の近くにはいない。


 『ごめんね。痛いけど頑張って……!』


 伝わらないだろうけどミンちゃんに話しかけ、ジエムさんのほうを振り返った。


 「レグア(上げる)ネグニ(人間)」


 私は片言で言いながら、ミンちゃんを持ち上げるジェスチャーをした。

 ジエムさんはこれからすることを察して顔を強張らせたが、「リキョウ(分かった)」と言ってくれた。


 「1(モイ)2(ハイ)3(ヤー)、レグア(上げる)。リキョゥ(分かった)?」

 「リキョゥ」


 より力がいる体側をジエムさん、脚を持ち上げるのは私と自然と役割は決まった。


 「◉◇⌘★□♢✪✧◯❖」


 ミンちゃんの背中側に回ったジエムさんは、彼女の頭を撫でて宥めながら、これからすることの説明をしているのだろう。

 私は終わるのを待った。それからジエムさんが話を終えて私の方を見て頷いた。


 (よし、やるぞ……!!)


 「1、2、3、レグア!!」


 私は躊躇わず、勢いよく彼女の脚を持ち上げ、刺さっていた木の幹から引き抜いた。


 「アァァギャァァ!!」

 「行使: 逆行治療!《レトラピー》」


 間髪入れず治療に取りかかる。

 怪我の場合、逆行治療レトラピー再生治療プロモーティオ両方が使えるが、今回のように深い傷は再生を促すより傷をなかった状態に戻すほうが早くて痛みや副作用の負担も少ない。

 治療の間もミンちゃんは痛みに悲鳴を上げ続けている。


 (早く終われ、早く終われ! 終われ!!)


 魔力を注ぎすぎて失敗してしまわぬよう。けれどもこの痛みからすぐにでも解放してあげられるよう。私は脳が焼き切れそうなほど集中し、魔力をギリギリまで多く注ぐ。

 心臓がドクドクドクと高速で脈打ち目がチカチカして頭痛がしてきた。

 それに耐えながら治療を続けると、やがて患部にかざした私の手の光が消えた。

 傷は見た目には塞がっている。


 「行使:検査スキャン


 画像診断でも塞がっているのが確認できた。


 『よく頑張りました』


 私は終わったことが伝わるようにっこり笑ってみせた。

 脂汗で顔に髪をべっとり張り付かせたミンちゃんもぎこちなく笑い返してくれた。


 「◆●■✦▲★✧✺?」


 ジエムさんから何かを聞かれた。多分終わったのか? とか大丈夫なのか? というようなことだろう。


 「ユールシュ(終わった)。クコイダ(大丈夫)」


 私がそう伝えると、彼は顔をクシャっとして言った。


 「キニオー!! トウニノキニオー……!!」


 そう言いながら私の両手を取って頭を下げた。


 「クコイダ。キヤマタ(どういたしまして)」




 帰り道、ジエムさんはミンちゃんを背負い、私はその隣を歩いて帰った。


 (行き道も背負ってくれたらよかったのでは!?)


 と思わないではないが、まあ終わりよければ全てよし、だろうか。




 集中し切っていたので正確なところは分からないが、ミンちゃんの治療は自分でも驚くほど早く終わった。

 通常であれば5分はかかるであろうところを、今回は多分1分あるかないか。

 元々魔力量は並外れてあったが、今後も緊急時はあのスピードが出せるとすると治療スピードもおかしなことになってきた。


 (私って、本当に何者……?)

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