第23話 史上初2人同時治療
「大丈夫か!?」
外からアーサーさんの心配する声が聞こえた。
「大丈夫です!」
立ち上がって窓から顔を見せた。
2人はほっとして顔をして、それから今度はアーサーさんがレイさんを持ち上げた。
レイさんは体勢を崩すことなく綺麗に車内に入ってきた。
(私と同じくらいの体格の人がいてくれて助かった……)
このような状況では人手はあるに越したことはない。
改めて車内を見ると、床は前方から後方にむけて傾いている。
私たちが入ったのは通路側の窓で、進行方向に向かって左側に一等客室の個室が8つ並んでいた。
私はどの部屋から見ていこうかと逡巡して、一見して被害が少なそうな目の前の『4』と書かれた部屋に入った。
中には4人が中央に降り重なるように倒れていた。
私とレイさんは協力して重なっている上から順番に一人一人助け起こし椅子や床に寝かせた。
4人は家族のようで40代くらいの男女と10代の男女だった。
私はまず容体が急変することも考えてこの家族で一番年齢が下だと思われる少女から診ていく。
「行使:
結果は足の骨折と脳震盪だった。
私は緊急性はないと判断し、男の子の診察をした。
こちらも緊急性はなく、今度は床に寝かせた母親の診察に移った。
「行使:
直ちに治療が必要な病状だった。
「行使:
「分かった!」
彼は部屋を出て前方へ行ったようだった。
(他の部屋はどうなってるだろう……)
外から見ても先頭車両に衝突した前方と3両目に追突された後方部は損傷が激しかった。
それにこの2両目だけでなく3両目にも重傷者はいるだろう。
間に合うだろうか。一人ずつしか治療できないのがもどかしい。
「ぅっ……はっ……ぁ……はぁはぁ」
まずい。女性の治療をしている間に男性の方が苦しみだした。
手が足りない!
今すぐに病状を検査したい。だが手は塞がっている。
……いや、本当に一人ずつしか治療できないのか? 教科書には複数人を同時治療する方法なんて載ってなかったし、ハリス先生も教わってはいない。もちろんハールズデン市立病院でも見たことはない。
けれど出来なければこの手から命がこぼれ落ちていく。
(やるだけやってみよう)
私は右手で女性の腕に触れながら左手を隣に寝かせた男性の腕に添えた。
「行使:
診断は緊張性気胸。外科医がいれば手術に回す症例だったがここにはいない。
私は右手で女性の脳挫傷治療をコントロールしながら、
「行使:
「ぐぅぅぅっあああ!」
「ごめんなさい! 耐えてください!」
通常この症例で治療魔法より外科治療を選択されるのは、治療の時の痛みもだが副作用も怖いのだ。だが今は選択肢はない。
(2人同時治療が出来てる……)
火事場の馬鹿力とでも言うのか。ものすごく体力と集中力を削られる感覚があるが使えている。
私はただただ魔法を途切れさせないように神経を研ぎ澄ませた。顔から汗が出るのを感じる。
そして2人ほぼ同時に治療が完了した。時間にして15分くらいだろうけど、1時間にも感じられた。
(終わった……)
私は2人の患者から両手を離し、ポケットからハンカチを出して顔の汗を拭った。
「大丈夫ですか?」
気づかなかったが、いつの間にかレイさんが戻ってきていた。
「無事治療は終わりました」
「それはよかった。それで他の個室なんですが、1番の部屋はダメでした。2番は2人生存、3番は3人全員が生存、5番は6人、6番は3人が生存しています」
「分かりました。2番の部屋から診て行きましょう」
部屋を出て左に曲がり前方向かって慎重に歩いた。2番の部屋に近づくと1番の部屋の前の通路に寝かされている人は息がないことに気づいた。
「あの人は2番にいたんですが治療のために移しました」
「そうでしたか」
私はその人の前を通り過ぎる時に軽く頭を下げた。無視して通り抜けることはできなかった。
2番の部屋では両側の椅子に2人が寝かされていた。若い女性2人だ。
私は2人の顔が見えるように床に座り込んで手をそれぞれの腕に当てた。
私は今度も2人同時治療を試みた。
やはり魔法のコントロールが難しい。魔法が片方に偏ったり両方が途切れてしまいそうになる。魔法は途中で止めてはならない。止めた時点でそれ以上回復できなくなるからだ。そうなっては後は自然治癒か外科手術しか手がなくなる。
魔法を使っている時は時間の経過が遅く感じるけど、同時治療はいつもの比じゃない。
治療が完了して手を離し懐中時計で時間を見た。やはり15分程度しか経っていなかった。
(この調子で出来るだけ多くの人を……!)
「右の患者さんの骨盤骨折の治療はまだしていません。動かす時は慎重にお願いします」
「承知いたしました」
それから3番の部屋、5番と順に治療を行い、新たな死者を出さずに済んだ。
「お疲れ様です先生。一旦外に出ましょう」
「分かりました」
私たちは入ってきた窓まで戻り、レイさんが先にひらりと車外に出て、無様に落ちるように出た私を受け止めてくれた。そして『殿下に状況を説明しに行きましょう』というレイさんの後をついて行った。
アーサーさんは3両目のそばに立っていた。
「殿下、2両目に取り残されていた人の治療が完了しました。生存18名、死亡13名です」
「よくやった。呼んでいた救助隊が今3両目から侵入を試みている。じきに助け出されるだろう」
よく見れば線路のある土手の下に何台も救急車が止まっていた。
(よかった。これで2両目の人たちは助かりそう)
「それで先生、他の車両の怪我人も治療できますか?」
アーサーさんが指し示したのは土手の下、大木の根本に集められた十数人の一団だった。
「もちろんです」
私はすぐに歩き出した。レイさんとアーサーさんも後ろをついてくる。
木の下の患者は全員が寝かされ安静にしている。その側に患者の様子を見て回ったり汗を拭いたり話を聞いたりと世話をする人らが見えた。
「世話をしているのは患者さんのご家族ですか?」
「いえ、重傷者以外は混乱を避けるために順次別の場所に避難させています。あのお三方は乗客の中にいた医師と看護師です」
小走りに近づく私たちに気づいた3人と目が合った。
「治療魔法師です。治療の優先順位が高い患者はどなたですか?」
「木の根元に近い方に寝かせているのがより早く治療が必要な人です」
30代後半くらいの男性が教えてくれた。この人が医師なのだろう。
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