第17話 愚痴大会
「はぁぁぁ。とうとう最後の2週間かぁ」
ジェイミーはレストランの天井を仰ぎ大きく息を吐いた。
私たちはすっかり実習の始めに来たレストランの常連だ。料理はおいしくて満足しているのもあるが、他の店を開拓する体力的精神的な余裕がなかったというのもある。
「聞いて! 前に一緒に外来に入ったマキャベリ先生はちょっとどうかと思うわ! 盲腸の患者さんで痛い痛いって呻いてたの。そしたら『痛いのは言われなくても分かるから』って言ったのよ。ひどくない!?」
「ひでぇ。そりゃ
「医者は治せばいいってもんじゃないよね。それで患者さんはどうだった?」
「普通の盲腸だったから無事に手術で治ったわ。もうマキャベリ先生の代わりに患者さんを宥めて外科の先生を呼びに言って、大変だったんだから!」
マキャベリ先生とは極力同じシフトにならないよう願うばかりだ。
「俺の指導医のシーラン先生はろくに指導らしい指導をしてくれねぇんだよなぁ」
ジェイミーは珍しく落ち込んだ表情で、手元のパンをいじりながらポツポツと話す。
「見て学べタイプっていうか。溺水で心肺停止の患者が運ばれてきた時に、とっさに動けなくてさ。別の先生が心肺蘇生とかやってる間、俺は必要になりそうな薬持ってきたりしたんだけど、その時の俺の行動が合ってたのか、もっと別のことした方がよかったのか分かんねぇって思って」
それは難しい話だ。悩みもするだろう。
「その時自分にやれることをやったんならいいんじゃないかしら?」
「問題あったらさすがにシーラン先生じゃなくて他の先生からでも注意されるんじゃない?」
「そう……だよな。そう思うことにするわ! でも俺もハーヴィー先生が指導医だったらよかったなぁ」
「確かにハーヴィー先生は気さくだし、聞かずとも色々教えてくれるよね」
それに患者さんとの向き合い方も治療技術も優れている。学べるところはとても多い。
「前にあったんだけど、急患の対応に外科の先生を呼びに行くことがあるじゃない? 外科に走って行ったら先生が手術中だったり外出してて捕まらなくて。あの時はどうしようかと思ったわ」
夜間では特に当番の先生しかいないから診て欲しい専門医がいないことはままあることだった。
「それで、どうしたんだ?」
「病院中走り回って外科手術もできる他科の先生を探したのよ」
「そりゃ大変だったな」
「救急にはやっぱり治療魔法師だけじゃなく、各科に精通した総合診療ができる医師をおくべきよね」
治療魔法師ができることは多くない。疾患の判定と2種類の魔法で治せる範囲の治療だけだ。
「けど、専門の救急医を養成したり雇用するほど救急外来の患者は多くないから病院経営的にも厳しいんじゃないかしら」
今の救急搬送システムと交通事情では患者さんの受け入れはどうしても限定的になってしなう。救急医療がこの先発展することは間違いないだろうがまだ先だろう。
「なるほどなぁ」
やはり2カ月ちょっと実習に入っていると2人とも思うところがあるようだった。
私も2人に聞いて欲しいことがあった。
「2人は忘れられない患者さんっていた?」
私は未だ心筋梗塞で亡くなった男性のことを度々思い出してしまう。
「そうね……頭部外傷の治療して、副作用を抑えつつ体力回復のために骨折の治療待機をしていた入院患者さんがいたんだけど、とにかく片腕と両脚を動かせないんじゃなにかと不便するでしょう? だから時間を見つけては様子を見に行ってたの。そうしたら『先生がいつも気にかけてくれてくれるから治療の不安も心細さもなくなった』って言ってもらえて。治療待機のあいだは何もしてあげられないって思ってたけど、そうじゃないんだって教えてもらったわ」
医者をしていると、つい患者さん目線を忘れてしまう。けど患者だった時の自分を思い返せば確かにそうだった。治療の話だけじゃなく、天気の話や読んでる本の話でもしてもらえるだけでちょっと気分が良くなったものだ。
「そうね。勉強の時間も取らなきゃ行けないし忙しいけど、そういう時間は取るべきね」
「俺もそうしてみるわ。……そうだなぁ、俺は慢性疾患の悪化で運ばれてきた患者が亡くなったとき、なんか生きることについて考えちまったな」
「生死感みたいな?」
「そこまで深くはねぇけど。なんつーか、手も足も動かせるだけで恵まれてるんだなって」
「私も考えるわ。亡くなる人がいる一方で私は生きてる。そこに意味はあるのだろうかって」
ジェイミーもミシェルもやっぱり色々と考えるみたいだ。
生死に意味があるなら、前世の私が死んだ意味もこうして変な生まれ変わりをしたことにも意味があるのだろうか。
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