第12話 親睦会

 実習5日目。土日は休みになっているので、私たち実習生は今週最後の出勤日だった。

 期間中は全員寮で暮らしていて、私が勤務を終えて寮に引き上げようと病院敷地内を歩いていると後ろから声がかかった。


 「ようナオ。今日はもうあがりか?」


 振り返るとジェイミーとミシェルが歩いてきていた。


 「そうよ。2人も?」

 「おうよ。あー疲れた! 今週は見学だけだったからまだいいけど、来週からは救急かー!」

 「不安よねぇ……。そうだ! 今から3人で食事に行かない?」


 ミシェルが素敵な提案をしてくれた。


 「いいね! 行こう!」

 「俺は店知らんから地元の2人が案内頼む!」

 「あー、私記憶喪失。店知らん」


 言い訳だ。生まれ変わってからというもの勉強ばかりで外食をほとんどしてこなかっただけだ。


 「それを言われたら何も言えないじゃない! 私だって詳しくないわ。いつも家族で行くレストランはあるけど……」

 「そこでいいじゃん」

 「ドレスコードがあるから無理よ。ドレスを持ってきてないもの」

 「おぉぉ……。仕事帰りに気軽に行く店じゃないね。仕方ない。街を歩いて探しますか」


 私たちは服を着替えて街に繰り出した。




 街を歩いて幸いにも雰囲気のいい店を見つけられた私たちはすぐにその店に入った。労働後の疲労感と空腹を抱えているので余計な寄り道なんてしている場合じゃなかったのだ。

 席に座ったらすぐにメニューの吟味に入る。


 「前菜とメイン、デザートに別れてるみたい。前菜は旬のサラダ、エスカルゴ、ムール貝のマリネ……クレープ・ジュジェットってなに?」


 代表してメニューを読み上げていくが、なかなかに品数が多い。この店は当たりだったかも。


 「ジャガイモやマッシュルームなんかが入ったクレープですわ」

 「俺は肉食べたい」

 「メインはちょっと待って。っていうか野菜食べなきゃダメよ? 生活が不規則になりがちだから栄養摂らないと」


 医者の不養生というやつだ。楽じゃない仕事を選んだが今世こそ健康に生きたい。


 「私は旬のサラダにしよ」


 なので野菜は積極的に食べる。


 「無難かよ。じゃあ俺はクレープなんとかで」

 「私はムール貝にするわ。ナオ、メインを読んで」

 「はいはい。ええっと、カッシュレット、牛肉の赤ワイン煮、鴨のソテー、ラム・ノール、白身魚とバジルソース、牛肉のオレンジソースステーキ……」


 メインも品数が多い。私は読むのに疲れて2人にもメニューが見えやすいように向きを変えて置き直した。


 「このカッシュレットってなに?」

 「オニオンソースで焼いた鶏肉よ」

 「じゃあラム・ノールは?」

 「ガーリックと焼いたラム肉の脚のことよ」


 私が聞くとミシェルが全て教えてくれた。


 「俺はステーキ一択! つかナオって料理の記憶もない感じなのか?」

 「ちょっとジェイミー! 言い方!」


 ということはそれらの料理はこの国では一般的なのかな。


 「いいのいいの。そうね、覚えてる料理もあれば覚えてないのもある感じね」


 いい感じに誤魔化しておく。

 それからしばらくメニューと睨めっこしてからオーダーした。


 「ということは事故に遭って記憶をなくしてから治療魔法師の勉強を始めたの?」

 「そうよ。これまでどこでどう生きていたのかも全く思い出せないのよね」


 過去に何があったかは非常に気になるが、日常的には不便だなぁと思うだけだ。だから軽い雰囲気でどんどん聞いてくれて構わない。


 「大変だなぁ。逆に思い出せたのって何があるんだ?」

 「言葉と文字は理解できたけど、最初は服の着方も暗くなった部屋を何を使って明るくするのか、キッチンやトイレの使い方も分からなかったわね」

 「そんなところから……。それなのに1年ちょっとで治療魔法師の試験を受けるなんてすごいわっ!」

 「いやホントすげぇよ。マジ尊敬する。俺らなんて医大で3年勉強して4年目で試験受けるんだから」


 2人から尊敬の眼差しを向けられて悪い気はしない。

 ちょうどその時前菜が届いた。


 「いただ……じゃなかった。美味しそう!」


 まだまだ日本人の習慣が抜けない。

 食べたサラダは柑橘系のドレッシングがかかっていてとても美味しかった。やっぱり当たりの店だ。メインにも期待できる。


 「言葉と文字だけって。じゃあ名前は?」

 「それはなんとなく覚えてた名前を名乗ってる」


 ジェイミーには悪いがここは嘘を使わせてもらう。


 「誰か親しい人の名前かしら。あなた自身はジルタニア人っぽいし」

 「それってどう見分けるの?」


 ここハールズデンにも別の言語を話す人を見かけることがあったが、人種や民族の違いは分からなかった。


 「まぁ……それも覚えていないのね。ジルタニアの9割以上を占める民族のジーマ人は周辺国でも多いし他の民族とも現在では交じってるから分かりやすい特徴というのは難しいんだけど、あなたみたいな赤い目の人はジルタニアにしかいないの」


 なるほど。そういうことか。


 「じゃあ名前もわからないってことは年齢は?」

 「私を治療してくれた先生が18歳くらいだろうってことでそうなった」


 私の話に2人はとても驚いていた。メインディッシュがテーブルに置かれたことにも気づかないくらいに。


 「……でも待って。それじゃあどうして試験を受けられたの? 国家資格だからこの国の住民登録が必要よ」


 先生いわくその住民登録というのはこの国に生まれるか、この国の人と結婚しなければ与えられない。ただし例外もある。


 「住民登録が紛失されたってことにしたの」


 設定はこうだ。私はハリス先生の遠い親戚で両親を事故で亡くしている。その両親の死亡届を役所に出した際に私の住民登録も一緒に抹消された、と役所に訴えたのだ。完全に嘘の訴え、役所は濡れ衣もいいところである。

 現代日本でも事務作業のミスで稀に起こっているが(ただすぐに判明し修正されるが)この国ではまだ住民管理を紙と手作業でしているので度々役所の手違いが起こっているらしい。そこにつけ込んだ作戦だった。


 「なるほどなぁ。過去の自分の手がかりがないんじゃ新しく住民登録してもらうしかねぇもんな」

 「それを素直に役所に言えばなんとかしてもらえたんじゃ……?」

 「私、記憶をなくした時に瀕死になるレベルで暴行されたっぽいのね。しかも家族とかがいれば失踪届が出されるはずなのにそれもない。訳ありっぽいのよね。だからあえて自分が何者だったのか調べずに死んだことにしておいた方が面倒がないし安全じゃないかってことになって」


 あまりにヘビーな話に2人の食が進まなくなってしまった。


 「ほーら2人とも手が止まってる。食べな食べな」

 「おっおう。でもあれだな、たった18かそこらでものすごい苦労したんだなぁ」

 「本当よね。そこから治療魔法師の試験を受けて筆記を合格しているんだから立派だわ」


 そう言ってミシェルは隣から、ジェイミーは正面から私の頭を撫でまわした。

 精神年齢は前世の32歳プラス今世での1年で33歳くらいのはずだけど、ここで18歳として生きていると精神年齢もだんだん下がってきた気がする。2人に撫でられても悪い気はしなかった。

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