その悪役令嬢はなぜ死んだのか
@kishibamayu
第1話 ここはどこ 私は誰!?
(痛い痛い痛い…………苦しい寒い。冷たい……)
深く沈み込んだ意識が少しづつ浮上するにつれて、全身を襲う痛みを感じた。
「おい君! 生きてるのか!? しっかりしろ!」
自分の近くで男性が大声で叫んでいる。
私は重たいまぶたに力を入れて、ゆっくりと目を開けた。
ぼやけた視界に入ったのは金色の瞳が印象的な青年の顔。先ほど聞こえた声の主だろう。
「っぁ……なにが……」
私は今どんな状況なのだろう。とにかく全身が酷く痛み、しかも服はずぶ濡れのようで外気に晒されて震えるほど寒かった。そして声を出そうにも喉が枯れていて呻くしか出来ない。
「とにかくこのままじゃ死んでしまう。近くの病院に運ぶから頑張れ!」
男性は言いながら自分の服が濡れるのも厭わず私を背負い駆け出した。
背で揺られる振動で体がズキズキと痛むが、どうやら助けられている状況らしい手前文句は言えない。言いたくても声は出ないが。
何度も意識を手放しては痛みで覚醒するのを繰り返し、気づけばどこかの建物の中にいた。
今はもう目を開けることも、ましてや頭を動かすことなど不可能で、周囲を見ることができない。だが鼻腔に広がった消毒液のにおいが直感でここが病院だと告げる。
「ハリス先生! 急患です、今すぐ診てほしい!」
男性が叫び、それに伴って人が近づいてくる足音がする。
「なんの騒ぎ……これは酷い怪我だ。早くベッドに寝かせて」
私は近くのベッドに寝かされる。重い瞼をこじ開けると眼鏡をかけた白衣の男性が側に立っていた。
「治療できますか?」
「やってはみますが、私の腕でも生死は五分五分でしょうね……」
「そうか……」
(私死ぬの? というか私、死んだんじゃなかったの?)
「とにかく怪我の酷い部分から治していきます。『行使:
「酷いな……。生きているのが不思議なくらいだ」
「まずは頭部の治療をせねば命に関わる。君、痛むだろうが堪えて。『行使:
白衣の男性が私の頭に手をかざすと、その手が光を帯びた。途端に頭に激痛が走る。
「いっ!!痛い!っあぁああ!!」
私は痛みから逃れたい一心で手足をばたつかせた。
「アーサー様、この娘を押さえて!」
「っ、分かった!」
地獄の苦しみは数分続いた。私は早く終わってくれと心の中でひたすら祈っていた。
「この娘に一体何があったんです?」
「分からない。ヴェーテ川のところで倒れているのを偶然見つけたんです」
「それでは身元は後で本人に聞くしかなさそうですね。次は『行使:
今度は腹部全体に激しい痛みが走る。反射で全身に力が入るが、手足を押さえられており動くことはできない。私は呻きながら荒い呼吸を繰り返す。
この痛みも数分間続いた。私はその間に何回か意識を飛ばしながらそれに耐えた。
「……ふぅ、なんとか命は助けられそうです」
白衣の男は乱れた呼吸を整えながら言う。
「よかった。さすがハリス先生。その先生をもってしても相当魔力と精神力を消耗したようですね」
「当たり前です。助かったのが奇跡のような状態だったんですから」
「他の怪我は?」
「様子を見つつ、後日の治療にするのがいいでしょう」
「そうですか。確かに大がかりな治癒は傷みも強いし、なにより治療費が高くなりますからね。そうだ、この娘の治療費は私が払います」
「それが良いでしょうね。助けたからには最低限の責任は持ちませんと」
2人の会話を聞きながら私の意識は眠りの底へと沈んでいった。
◇
私、菊池奈緒は死んだはずだった。
ごく普通の一般家庭に育ち、大学卒業後は広告代理店の営業として働いた。そして30歳の時、会社の健康診断で癌が見つかった。それは毎年若い女性が多く命を落しているもので、健診で見つかったのはその原発部位から転移したものだった。私は休職してすぐに治療を始めたが、期待したような結果は得られなかった。
まだ32歳。特別やりたいことや夢があったわけじゃないけど、死ぬには早すぎる。
余命を宣告された時は頭が真っ白になったし信じられなかった。それからゆっくりと現実を受け入れるにつれて死の恐怖に襲われた。それでも残された時間を両親と過ごし、悔いのないよう過ごせたと思う。
そうして最期は大学病院の病室で私の人生は終わったはずなのに……
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