第19話 調子に乗るなよ
「さあ、どうする警察さん? 僕を殺してみる?」
下衆な笑顔を見せて言ったのは、煙草の【
故に、現行の法律を参照する
「——ま、国の組織の一員である君たちじゃあ、僕をどうにかなんてできないよねぇ。 あっはは! ほんとにバカな法律だよ! おかげでこの国じゃ僕を止められる人はいないんだからさぁ!!」
燻る紫煙の中、高笑いを続ける七星。
皇は悔しげに唇を噛み、ハンマーを持った右手を握りしめた。これまでに犯した罪を鑑みても彼は「触法少年」と認定されるが、この場で彼を現行犯逮捕することはおろか——児童相談所の職権発動がなければ、身体を拘束することすらできない。今の水無月たちでは、彼に対処することは不可能——。
の、はずだったのだが。
「——うおおおおおおおおおおらああああッ!!」
七星と水無月たちの間の床が割れ、炎を纏った男が乱入する。
拳を振り上げ下の階から天井を突き破ってきた辛木を姿を見て、その場にいた全員が瞠目した。七星はそれを見て静かに、下階に配置していた二条兄弟の脱落を悟る。
(使えないなぁ、アイツら……)
彼は小さく舌打ちをしながら、ベッドから降りた。
「ようやくお出ましか。公安の火だるまさん」
七星に視線を向けられた辛木は、文字通り炎を纏っていた。
両の手と口内からは絶えず燃えたぎる炎が噴出しており、その姿はさながら炎の魔人である。彼は右手を振りかざして部屋を覆っていたカーテンを焼き払うと、炎を吐きながら破顔した。
「ようやく体が温まってきたんでな。それよりお前、随分といい女侍らせてんじゃねぇか。一人くらい俺に寄越せよ」
「やだね。アンタみたいな嫉妬深い童貞おじさんには、このコたちは靡かないよ」
「童貞? ハッ、どこをどう見てそう思ったのか知らねぇが……覚えたての言葉で適当こくのは程々にしとけよ、マセガキ。テメェこそその様子じゃ精通すらまだだろ?」
「……ッ、お前——」
戦闘を経て「辛口モード」になった辛木の煽りに、七星がわずかに怒りを見せる。余裕ある様子の辛木はそれを好機と見たように口角を上げ、窓の外に一瞥をくれて続けた。
「ハハッ……今の毒裁社に、悪の組織のごっこ遊びやってるクソガキがいるって噂は本当だったみてェだな。ママたちに甘えながら吸うセブンスターはそんなに美味いか?」
「てめぇ……口の利き方をッ——!」
激昂寸前まで至る七星。
それと同時、彼の近くにいた占い師風の女性が何かに勘付き——窓から彼を庇うように覆い被さった。
「——ほっくん、危ない!!」
直後、彼女の胸を貫いた弾丸。
七星は数瞬、言葉を失った。
「……すいちゃん?」
血を流しながら倒れた彼女をみて、七星が呆然と呟く。超遠距離からの
「お前ら……ふざけてるのか!! 僕は10歳だぞ!? まだほんの子供だぞ!! なんで普通に撃ち殺そうとしてんだよッ!?」
事態が把握できていないのは、水無月たちも同様だった。
特に法を重んじる皇は、動揺を隠さずに叫ぶ。
「おい辛木、なぜ霜月が——!」
「ついさっき、
「——! だが、彼はまだ子供で……」
「子供だったら、なんなんすか」
すいちゃん、と呼ばれた女性の肩を必死に揺さぶる七星。数名の女性が彼女の手当てにあたっていたが、残りは七星を守るように辛木の前に立ち塞がった。
辛木は冷たい目で、その間の七星を見下ろす。
「おい聞け、クソガキ。最後の警告だ」
「……!」
恐怖とも憎悪とも取れない表情で、七星は辛木を見上げた。
「テメェはこれまで、法に守られながら好き勝手やってきたのかもしれねぇが……この国はそんな外道を野放しにしておくほど腐っちゃいない。AUSの発現した特殊能力者である俺たちは、そのうち法律の適用外になる。俺たちは人間じゃねぇってことだ」
「……人間じゃ、ない?」
「ああそうだ。だから存在ごと国に揉み消されたくなけりゃあ、今のうちに大人しく投降しとけ。これは脅しじゃねぇ……俺たちが今お前にできる、最後の救済だ」
滾る殺意の中に見せた、わずかな慈悲。
しかし辛木の言葉に素直に従うほど、七星も性根の弱い人物ではない。少年らしい葛藤を見せながら彼は抵抗の意思を示した。
「偉そうに……僕はッ——!」
と、その刹那。
彼らの頭上の天井に、一直線に裂閃が走る。
「っ、辛木君!!」
「……ッ!?」
天井が崩れかかり、辛木はやむなく身を引いた。
そして一本の日本刀を携えてそこに降り立ったのは——黒のセーラー服に身を包んだ、紫色の髪の少女であった。彼女がポニーテールに結った髪を揺らしながら刀身を鞘に収めると、ようやく七星は事態を理解したように、
「
「——
淡々と冷静沈着に、「
「そう簡単に逃がすかよ!」
「……」
少女は無言のまま、居合の姿勢をとる。
そして次の瞬間——病院の床や壁もろとも下方向に両断した。
「こいつ……ッ!?」
「まずい辛木君、このままじゃ崩れる!」
超広範囲に放たれた斬撃により、建物全体が揺らぎ始める。さすがの辛木も活動の限界を感じる中、少女に守られていた七星は煙草を一本取り出して近くの女性に火をつけさせた。
「残念だね。もう少し遊んでいたかったんだけど……」
「テメェ……顔覚えたからな、クソガキ——!」
「ふふっ、じゃあ次会う時まで忘れないでね。オジサン」
その日初めて、自らの手で煙草を吸った七星。
彼は肺に溜めた煙を吐き出すと、辺り一帯を紫煙に包み込んだ。
「今日だけは、
目を開けていられない程の突風が、崩れかかった廃病院に吹き付ける。辛木たちが次に目を見開いたときには、七星たちの姿は消えていた。
◇◇◇
合同訓練合宿一日目、夜。
初日からかなりハードなスケジュールをこなした俺たちは、併設された炊事棟にて夕食の準備にあたっていた。少年少女が炊事場に集まって作るものといえば——そう、カレーである。
「なあ操神ー、にんじんの切り方ってこれでいいのか?」
調理場に立っていた沢田が訊ねてくる。
俺は火起こし用の薪を置いて様子を見に行った、が。
「いや、にんじんは切る前に皮剥けってさっき言っただろ。あと包丁もそんなふうに握ったら危ない。今すぐやめろ」
「? でもさっき『ネコの手』って言ったじゃん」
「だからそれは添える方の手で……って、ああもういい! 貸せ! 野菜は俺切っとくからお前は火だ!」
「
そう言って薪集めに向かった沢田の背中を、ため息まじりに見送った。料理上手ではないことはなんとなく予想がついていたが、まさかここまで世話の焼ける奴だとは思わなかった。
と、隣では夜宵が包丁を手に涙目になっている。
「ねぇ、遊翼……」
「なんだ?」
「玉ねぎ、めちゃくちゃ目に染みるんだけど……!!」
「……代わるよ。目洗ってこい」
号泣寸前の夜宵が水道の方へ直行する。
六人分の具材の並んだまな板を前に、俺は一人になってしまった。だが幸い俺は母の手伝いで料理の経験はあるし、これは適材適所ということにして、腕まくりをして気合いを入れる。すると——
「——手伝うわよ、操神くん」
「伊織さん……ありがとうございます」
援軍として駆けつけてくれた伊織さんに、俺は心から感謝した。さすがと言うべきかエプロン姿が様になっている伊織さんは、早速中断されていた玉ねぎのくし切りを始める。
「それにしても、操神くんがいて助かったわ。うちってずっと公安にいる子がほとんどだから、自炊の経験ある人が少ないのよね……」
「確かに……ここに来てから俺もほとんど買い弁か外食ですね」
「でしょ? 健康にも良くないからって
もう人参を切り始めた伊織さんに頷きつつ、彼女の話にそれとなく相槌を打っておく。旗取り合戦ではその厄介な能力に苦しめられたが、こうして話していると普通の常識人な先輩だ。それこそ——彼女は俺の【
などと、勝手な思考に耽っていると。
「そういえば……操神くん、一つ聞いてもいい?」
「はい。なんですか?」
「さっきの旗取り合戦……どうして、自殺の真似事なんて危ないことしたの?」
何気なくそう訊かれて、俺はジャガイモの皮を剥く手を止めた。
旗取り合戦のことはさっきの一件で終わったと思っていたから、少し虚を突かれた気分だった。質問の奥に隠れた意図を理解できないまま、俺は振り返る。
「どうしてって……」
「あの『自殺』は、はじめから夜宵ちゃんの能力で偽装するつもりだったってことはもちろんわかってるわ。……でも、私たちを撹乱するだけならあの蛇と旗の増殖だけで充分なんじゃないかって思ったの。だからどうして、わざわざ操神くんが危険を冒すような真似をしたのか気になっちゃってね」
なるほど、と思った。
たしかに伊織さんたちからすれば、あの作戦にはそういう類の疑問が残ってもおかしくはない。尤も、それに気づいたのは伊織さんの思考力あってこそだが。
「……あれは、保険ですよ」
彼女の頭脳に感心しながら、俺は答える。
「保険?」
「はい。いきなり夜宵の魔術で蛇と旗を増やしたとしても、伊織さんには見破られるんじゃないかと思ったんですよ。だからその可能性を潰すための保険として、突飛なことをして判断力を鈍らせようと思ったんです」
ジャガイモの芽をえぐり取りながら、手品の種明かしをするような気分で俺は続けた。なるほどね、と淡く笑う伊織さんは、悔しげな表情で切った人参をトレーに流し入れる。
「要するに、私たちは操神くんの思惑通り一杯食わされたってわけね。ふふ……君、新人にしてはなかなかぶっ飛んでるじゃない。同じ【
「そうですか?」
「ええ。こんな仕事、普通の神経してたら務まらないもの」
自嘲気味に笑いながら、伊織さんは言う。
常識人っぽい伊織さんがそんなふうに言うのは少し意外だったが、俺の気持ちを汲み取ったように彼女は語り始める。
「操神くん、私ね、平和の【
なんでもない、ちっぽけな平和。伊織さんの言う通り、こういうささやかな日常こそ俺たちが真に尊ぶべき時間なのかもしれない。
すると、伊織さんが少し声色を変え、
「だから……どんな手を使ってでも、私はこの平和を守りたいの」
ストン、と伊織さんの包丁が音を立てる。
俺が驚いて振り向くと、彼女はいつも通りのふわっとした笑みを浮かべていた。気づけば俺と伊織さんは、その場にあった具材をすべて切り終えていた。
「さて、全部切り終わったことだし……お鍋の準備もしちゃいましょうか」
「あ、はい……」
伊織さんもきっと、一筋縄ではいかない人物だ。
そんなことを漠然と思いながら、俺はカレー作りに勤しんだ。
その日完成したカレーは、そこそこに美味かった。
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