第17話 平和的にいきましょ

 合同合宿訓練のアイスブレイクとして始まった、東奔西走旗取り合戦。巨大な笛の音とともに試合が開始されると同時、第二班の黒一点が先制攻撃を仕掛けた。


「先手必勝! その旗、奪わせていただく!」


 両足の裏から炭酸を噴射してきた沢田が、一瞬にして第一班の陣地へと到着したのだ。あまりに突然の出来事に旗の近くにいた操神は判断が遅れ、あろうことか旗を沢田の手に渡してしまう。


「ッ、しまっ……」


「させない……!」


 そこで素早く反応したのは、蛇ノ目錦。

 片腕のみを蛇に変化させた彼女は沢田の足に巻きつき、その場に拘束する。足による移動を封じられた沢田は狼狽するが、彼を助けるのもまたその仲間の役目であった。


「——! 錦ちゃん、危ない!」


「……!!」


 障害物を吹き飛ばしながら飛んできたのは、黒い球体。

 乾遥の構える「ストロー」から発射されたその正体は言うまでもなく、巨大なタピオカであった。錦が上手く身を捩ってかわす中、彼女を庇った操神に第二射が直撃する。


「——っ!?」

 

「操神くん!」


 第二班の陣地では、戦闘に不慣れな乾遥の代わりに伊織がストローを動かして照準を合わせていた。チームの協力あっての正確無比な射撃だが、タピオカ弾ゆえに威力は素人が投げたバレーボール程度である。


「大した威力じゃねぇ! それより沢田をッ!」


 操神と夜宵はタピオカ弾を避け、敵陣地へ走りながら、グラウンドにあったボールやラケットを滑空する沢田に手当たり次第投げつける。しかしボールのコントロールには自信のあった操神の球も、姿勢制御に慣れた沢田には当たらない。沢田を墜落させることはおろか、旗だけを手放させることすらも困難な状況だ。


「クソっ、当たらない……!!」


「旗だけ落とさせるのは無理だよ! 一旦フィールドの外へ弾き出そう!」


「んなことどうやって!?」

 

 そこで夜宵が唐突に足を止め、操神は振り返った。

 彼女は右手に巻かれた包帯を解き去ると、手の甲に刻まれた「紋章」をあらわにさせる。その場に居合わせた全員が、彼女の放つただならぬ雰囲気を感じ取った。



「——我がこれより、“魔術”を使う!」



 こんな時にまで何を——と言いかけた操神だったが、彼女のいつになく真剣な表情にそんな言葉も引っ込んでいた。仲間として彼女の力を信じ、賭けることが最も合理的な手段であると判断したのだ。


 と、夜宵の前に出た錦が、操神にバットを投げ渡す。


「夜宵、まもる。打ち返して」


「……ああ、わかった!」


 集中モードに入った夜宵を守るべく、操神と錦はバットやラケットで迫り来るタピオカ弾を打ち返していく。その間切り札である夜宵は、静謐に、そして神妙に——魔術使用のための「詠唱」を紡いでいた。


「【我こいねがう、宵闇より出でし幻惑なる魔神よ。ただ今このときをもって、荘厳なる日輪の剣となり、紺碧なる滄海の盾となり、天翔ける我の純然たる双翼となれ】」


 続く詠唱と攻防。

 やがて、操神の打ち返したタピオカ弾が運よく沢田の背中に命中したとき——「稀代の天才幻想魔術師」天喰夜宵の魔術は、ついに完成の時を迎えた。


「【結合せよ、顕現せよ、掌握せよ! 俗世に蔓延るすべての邪悪に、万象一切つかさどる我等が右手めてをもって——等しく滅びを与えんことを!】」


 グラウンド上に、巨大な魔法陣が出現する。

 果たして、そこから顕現したのは——


「——幻想法典・第六章四節!」




「——【神なる右手の新秩序デウス・インテグレーション】!!」




 魔法陣を突き破るように出現したのは、紫紺の粒子たちで構成された巨大な「右手」。それは夜宵による制御を受け、姿勢を崩していた沢田泡音に狙いを定めた。これこそが、妄想の【中毒者ホリッカー天喰あまじき夜宵やよいに発現したAUS——「自らの妄想を現実に変える能力」である。


「えっ、ちょ待っ——」


「悪く思うな、小童こわっぱ!!」


 巨大な右手は中指を丸め——「デコピン」で勢いよく沢田を弾き飛ばした。呆気にとられていた沢田はグラウンド外の森の方へ吹き飛ばされ、次第に見えなくなっていく。


「うああああああああああああああああ——!?」

 

泡音あぶくー!!」


 攻撃の要を失った伊織たち第二班。

 沢田に旗を握られたままの操神たちはこれ以上防御に回ることはできないが、地の利があった沢田がいなくなったことで攻めやすくもなった。夜宵を守っていた操神は周囲を見渡してあるものを見つけると、瞬時に「攻め」の作戦を脳内で構築する。


「……錦ちゃん、」


「ん?」

 

「ひとつ作戦がある。協力してくれるか?」


「もち。なんでも言って」


「ありがとう。それじゃあ——」



 

 

 一方、攻勢に転じた操神たちに対し、切り札一名を失った伊織たち第二班は劣勢に陥っていた。乾のタピオカ弾による妨害のみでは、沢田の帰還まで持ち堪えることも困難な状況だ。

 

「ど、どうするのいおりんパイセン!?」


「……泡音が帰ってくるまでなんとか持ち堪えましょう。夜宵ちゃんの魔術は連続では使えないし、しばらくは私たちで——」


 冷静に状況を分析し、伊織は森の方へ目を向ける。

 しかしその時、彼女の視界にあるものが映った。


「……え?」


 空高く飛翔するのは、一本の「槍」。

 それはグラウンドに突き刺さっていた、やり投げ用の槍であった。操神がその場から投擲した一本の槍は、無駄に綺麗な軌道を描いて伊織たちの陣地へと落下してくる。


 が、問題はそこではない。


「パイセン、あれ!」


「っ……考えたわね、操神くん!」


 

 槍に絡みつくのは、一匹の蛇。

 言うまでもなくそれは、蛇に変化した蛇ノ目錦であった。


 

「頼んだぜ、錦ちゃん……!」


 自らも敵陣地へ攻め込みながら、操神は不敵に微笑する。

 蛇に変化した錦もろとも槍を投擲することで、敵陣地までの移動時間を大幅に短縮する——味方のAUSを最大限に活かした、無茶ながら理に適った作戦であった。


 競技用の槍とはいえ、防御手段のない伊織たちはその直撃を食らうわけにもいかない。彼女らは大人しく、槍とともに錦が乗り込んでくるのを待つしかない——


 

 ——

 


「物騒なことするじゃない、操神くん」


 伊織がわずかに口角を上げる。

 するとそれに呼応して、彼女を中心とした半球状のフィールドがじわじわと広がっていった。新緑を思わせる色を伴って侵食していくそれは、一瞬にしてグラウンド全体を覆い尽くしていく。


 と同時——錦を乗せた槍が伊織めがけて飛来する。

 

 だが伊織は、軽く片手をかざしてそれを弾き飛ばした。


「——!? いや、マジかよ……!?」


 殺人的なスピードと鋭利さを持っていたはずの槍が爪楊枝のごとく弾かれ、錦と操神が大きく動揺する。緑の燐光に包まれた伊織は、ストローを構えた乾遥に指示を出した。


「今よ、遥ちゃん」

 

「いえっさー!」

 

 足を止めた操神に向かって、タピオカ弾が発射される。

 操神はなんとかその場で踏ん張りを効かせようとしたが、質量とスピードの増大したその球にあっけなく吹き飛ばされた。魔術使用後のクールタイムでダウンしていた夜宵のもとまで、一直線に。


「操神くん! 大丈夫!?」


「ああ……でも、どうなってんだよこれ!」


「……あれが、いおりんのAUSだよ」


「——!」


 緑色に染まったフィールドと、威力があべこべになった槍とタピオカ弾。まさか——と操神はその能力の正体に勘付き、夜宵の言葉がそれを裏付ける。


「いおりんが『攻撃』と見做したものの威力の強弱をあべこべにする領域、その名も——」

 

 

「——《絵面だけ見れば平デミ・ピースフル和的な世界ワールド!!》」



 夜宵がその名を叫び、伊織は不敵に微笑んだ。第二班の頭脳、平和的解決を好む平和の【中毒者ホリッカー】こと伊織十和いおりとわの本領が今、存分に発揮される——。



「——さあ、『平和的に』いきましょ?」




        ◇◇◇




 同刻、茨城県某所廃病院。

 凶悪な【中毒者ホリッカー】たちで結成された組織——「毒裁社」のアジト陥落を目指す水無月たちの前に、瓜二つの容姿をした青年二人が立ち塞がる。片方は電子機器のタブレットを、もう片方は食べる方のタブレットを手にしていた。


「建造物侵入罪・威力業務妨害罪・軽犯罪法違反」


「「ぐああああああああああああああああああッ!?」」


 二条兄弟と名乗った彼らにもお構いなしに、すめらぎがAUSによって彼らの手足に厳重な〈枷〉を課す。先ほどまでの重石タイプとは違い、鉄球付きの手枷足枷となって出現したそれらは彼らの行動を著しく妨げた。


「時間がない。先を急ぐぞ」


「さすがすーちゃん、容赦ないなぁ……」


「いちいち呼び名を変えるな! 行くぞ水無月!」


 動きの鈍った彼らを横目に、皇が先を行く。

 しかしその時、食べ物のタブレットの【中毒者ホリッカー】である二条悠斗はるとが手にした瓶を傾け、一錠のミントタブレットを片手に放り出して飲み込んだ。


「まだ……だ」


「! 先に行け、班長!」


「辛木君!?」


 立ち上がった片割れの蹴りによる追撃を、最後尾の辛木が受け止める。水無月はアイコンタクトでその場を辛木に任せ、皇とともに先を急いだ。


 二条兄弟と辛木が、正面から対峙する。


「兄さん……これを」

 

「ああ、悪いな弟者」


 兄、二条悠斗ゆうともタブレットの効果で立ち上がり、辛木はたちまち二対一の状況に立たされた。二人の手足には依然として〈枷〉がついているはずだが、彼らはそれをものともしない様子で無理やり体を動かし続けている。


「おいおいドーピングか? 見かけによらずタフだな、タブレットブラザーズさんよ」

 

「二条兄弟だ! フフフ……貴様も大人しく、オレ達兄弟の実験台になってもらおうか!」


 兄の悠斗ゆうとが意味ありげにタブレットをかざしその画面を操作すると、二人の体が淡いエネルギーによって包まれていく。兄弟がさらなる強化を受け、辛木を追い詰めるかと思われた——その時だった。


 

 一発の弾丸が悠斗ゆうとのタブレットを貫き、破壊した。



「ッ……何!?」


「この弾……霜月しもつきか!」


 辛木がその名を呼び、快く破顔した。

 そう——この戦いは、二対一などではない。

 


 


 

 廃病院から、距離にして2136メートル。

 水無月たちのいる森を抜けた先——郊外のビルの4階に、彼は居た。


「チッ……制圧失敗か」


 スコープから目を離したその青年は、素早く銃のボルトを操作して次弾を装填する。愛用の狙撃銃「バレットM99」で遠距離支援を行う彼こそが——長距離狙撃をこよなく愛する狙撃の【中毒者ホリッカー】、霜月しもつき兵平ひょうへいその人であった。


 陸上自衛隊にもFBIにも所属していない彼は、日本人狙撃手としてもかなり異端な存在である。そんな彼の来歴や家族構成、本名、発現しているAUSなどの情報は、仲間である皇たちですら知らない。ただ彼女らは、霜月のもつ圧倒的な狙撃能力を信頼しているのみである。


 そしてまた彼も、その信頼に仕事で応えるだけだ。


 

『——助かったぜ、さすが極東のシモ・ヘイヘだな』


 

 通信機越しに、まさに今交戦中の辛木が話しかけてくる。

 霜月はゴーグルの奥の瞳を半目にしながら小さく舌打ちをした。そして腰ポケットから「飲むプリン」と書かれた携帯用パウチの容器を取り出し、片手で栓を開けて一気に飲み干す。高度な集中力を保つために、糖分の補給は欠かせないのだ。


「世辞はいらん。あと俺の射線に入るな。撃ち殺すぞ」


『へいへい。んじゃ援護頼んだぜ』


「……お前に言われるまでもない」

 

 ぷつりと通信が打ち切られる。

 再び深い集中の海に潜った霜月は、真っ直ぐにスコープを覗きこんだ。視界の奥に映る標的を捉え、浅く息を吐く。狙撃手はただ、その正確無比な射撃で結果をもたらすのみである。


 

「失せろ」

 


 銃声が一発。

 超音速で、弾丸が飛翔した。



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