貨物船
「でかーい!」
レイカの叫びは反響しなかった。なぜなら空間が大きすぎるからだ。シズクの説明によれば、ここは造船所。幅広の直方体の内部。高さが二百メートル、縦横に千五百メートルほどもある。
天井は左右に延々と伸びていた。山のように巨大なはりが視界の端までアーチを描いており、前方へ連なっているのが見える。はりの間には規則正しく照明が灯っていた。
はりの下にこれまた非常識な大きさのクレーンとレールもあった。おそらく高層マンションぐらいならつまんで持ち上げられるだろう。
三人は造船所の壁際、キャットウォークに立っていた。すぐ近くではエレベーターの扉が壁に埋めこまれている。
「床はなんで黒いの?」
レイカが聞くと、シズクは片眉を上げた。イクトによると、この表情は「なんでわからないの?」という意味らしい。
不機嫌になりかけたレイカに向けて、イクトが言う。
「そう思うのも無理ないよ。俺も始めて見たときはそうだったし……ほら、よく見て」
「見るって、床を?」
壁際の手すりをしっかりにぎって、レイカはその床を眺めてみた。
真っ黒なので傾斜が分かりづらいのだが、どうやら真ん中が盛り上がっているようだ。
レイカは首を傾げる。
「床にしては変だね。あれじゃ真ん中に行く前に転げ落ちそう」
イクトが笑った。レイカがそっちをにらみつけると、イクトは笑みを抑えて言う。
「あれは床じゃない」
「え?」
「あれを造ってる」
「ええ!?」
満を持して、シズクがレイカに説明を始めた。
「あれは貨物船です。タンカーのようなものですね。将来的に宇宙からの資源をここへ運びこむために使用する予定で、もう何隻かは試験運行を始めています」
「ウソ……あれを造ってる? どうやって?」
「見せましょう」
彼らは手近のエレベーターへ乗りこんだ。
エレベーターから降りると、彼らは造船所の床に立った。今度は天井が真っ黒になっている。辺りが宵闇のように薄暗い。
前方を見ればのしかかるような貨物船の船体。雑居ビルほどもある足場が、黒い船体を支える柱として無数に整列している。前に進むほど暗くなっていき、ついには夜のようになっていた。船体が照明をさえぎってしまっているからだ。
その足場を下から照らすのは点在する簡易照明。まるで星を撒いたようにきらめいている。
レイカは貨物船を見上げた。照明を切り取るように船体の形がくっきり見える。よく見ると、ゆるく凸型にカーブしていた。全体では円形になっているのだろう。
あんぐり口を開けていたレイカの肩に、シズクの指が軽く衝突した。
「あれを。動いているものがあるでしょう」
シズクが指したのは床だった。
再びレイカは船体の下に視線を戻す。
暗い床には大量の部品が散乱していた。レイカにはなんの用途かまったくわからない。コンピューターのモニターに見えるものが近くに置いてあり、遠くにはエンジンの一部に見えなくもないもの、さらに大砲にしか見えないものもあった。
たしかになにかが動いている。
「ロボットだ」
「そうです。船体は完成したので、中身を運びこんでいます」
ここにもロボットがいるのだった。
足場の間を縫って歩き、ひょろ長い手足を使って部品を運んでいる。軽いものは一体で、重いものは何体も集まって共同で。
また、部品になにかの道具を当てて火花を散らせている者もいた。切断しているのか溶接しているのか、レイカには判断出来ない。
床は部品とロボットだらけだ。
まるでパンくずをばらまいたところにアリが群がっているようだ、とレイカは思う。ロボットは数千体、いやもっと居るだろうか。
シズクが感情を見せずに言う。
「つまり人海戦術で造っているわけです。もっとも『人』ではないのですが」
あちらでこちらで、部品がふいに宙へ浮いた。貨物船の船体に開いた穴へと吸いこまれていく。
「浮いてない?」
レイカが言うと、シズクがなんでもないことのように答える。
「浮かせています」
シズクはレイカの視線を感じ取ったのか、説明を追加した。
「キルシュネライト機関。重力場を人工的に発生させます。我々は月面にいるのに地上とほぼ変わりない重力を得られているでしょう。これも同じ仕組みですよ」
「わお」
その場でレイカは何度かジャンプしてみる。たしかにこれが月面の正しい重力なら、もう天井まで浮き上がってしまっているだろう。
それにしても、とレイカは目の前の光景を再認識する。
地形そのもののように巨大な機械、数え切れないほどのロボット。浮かぶ部品。めまいを覚えた。いったいどういう世界に来てしまったのだろう?
口の端を引きつらせながらシズクに聞く。
「ひょっとしてさ。すごいお金持ちなの? Q機構って」
対してシズクはいつも通りの無表情で答えた。
「機構は国連の下部組織なので、その予算を使っています」
突然、レイカの周囲にある世界が現実へ接続されたように感じた。国連の下部組織! 秘密の巨大組織ってわけだ。すごい。
「こんにちは」
ロボットがそう言いながら、近くのモニターをさらっていった。レイカは思わず飛び退く。
シズクをつついて言った。
「暴走したりしない?」
「いえ、きちんと管理されていますよ」
「誰に?」
「SASに」
眉をひそめるレイカを見て、イクトがシズクへ言う。
「いきなり言われてもわからないって」
シズクはちょっと考えてうなずいた。相手が「わからない」という状態をなかなか想像できないらしい、とレイカは思う。
エレベーターの扉を開きながら、シズクは言った。
「では管理者と話しましょう。ツアーの締めくくりとして」
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