図書迷宮にて
黒いタクティカルスーツとボディーアーマーを着こみ、闇色のヘルメットとゴーグルを着けた一団がいた。鉄色のライフルを構えて前進する。影のようなタクティカルブーツがホコリの積もったアカシアのフローリングを踏んだ。
ボディーアーマーの背中には
「本屋にいるみたいだな」
隊員のうちのひとりが同僚へささやく。本のぎっしりつまった棚の横を通り、床に置かれた革表紙を蹴って端へ寄せる。見上げれば、ただようホコリの層を通して頼りない照明が見えた。棚は高さが二十メートルもあるように見える。誰が最上段の本を手に取れるのだろう?
「本屋じゃない。図書迷宮だ」
同僚が言った。確かにそこは本屋ではなかった。本棚が高すぎるのもそうだが、進むにつれて本棚の配置が狂ってきている。最初は行儀良くまっすぐ並んでいたのに、いまではだいぶ角度がついてきた。おかげで本棚が開かれた地獄への門に見える。ちょうど目の前にあるように。
隊員たちが本棚の隙間を通り抜けると、いきなり視界が開けた。
五叉路の真ん中に来たようだ。
スーツの男がふたり、黄ばんだ地図とにらめっこしている。先頭を務めるアガッツァーリとSSRIの八的室長だ。アガッツァーリはバチカン図書館の司書で、図書迷宮探索係でもある。
隊員の視線は八的の持っているものに引き寄せられていた。革製のヴィンテージなスーツケース。もう半世紀以上は経っているような風貌だが、手入れが行き届いているようでツヤがある。もちろん、手入れされていなければならない。このスーツケースの場合は特にそうだ。
「道は見つかったか?」
中国なまりの英語が聞こえた。全身をぴったりおおうスーツに目元を隠すマスク。リーグ・オブ・フォールンのシンだ。あれではスマホの顔認証が使えないんじゃないか、と隊員は思った。利便性よりかっこよさを取ったのだろう。
隊員はそんな雑念を脇へ追いやって、シンに答える。
「いま探してるところだ」
「わかった」
その後ろからやってきたツナギ姿で大柄の中年男が、迷宮のあちこちに目を光らせている。比喩ではない。実際に光っているのだ。これが彼の能力らしい。名前はマグライト。ベトナム人だ。
「あまり行きたくないな。イヤな予感がするぞ」
寡黙なマグライトに代わって道着を着た老人が言った。彼の名はスカンクセンセイ。白人だが日本びいきらしい。名前の由来はあまり知りたくない、と隊員は思った。
「いつもの心配性でしょ」
若い女性の声。インドネシアのなまりがある。読んでいた本を棚に戻した。Tシャツにオーバーオールと普通の格好だが、どういうわけか風船で作った帽子をかぶっている。ガディス・バロンと名乗っているようだ。英語にするとバルーンガール。
シンの自称ヒーローチームはこの四人。お世辞にも頼りになるとは言いがたいが、ミスター・クラブが危険と思われる特指人物を手際よく収容してしまったのだ。彼らはそのリストから漏れていたのだった。
きゅるきゅるとゴム製のクローラが回転する音がして、角張った物体が本棚の間から現れる。
「おうおう、まだ着かねえのかい? アームがなまっちまうぜオイ」
クローラの間の四角い本体から上に伸びるアームを見せつけるように振る。ちなみにカメラは本体の前についているようだ。
「おいテッペイ。カタギの皆さんにご迷惑じゃねえか」
組員の後ろから、同型の機械がアームで彼を小突く。
「イッテツのアニキ。申し訳ねえ」
アームを下げるテッペイ。
「はは、お前の若いころによく似てるじゃあねえか。なあ?」
ほがらかに笑いながら(?)三台目が出てくる。イッテツがアームを下げたので、たぶんえらいロボなのだろう。
「カネナオのアニキ。でも俺、早いとこ暴れてえッスよ」
「まあまああわてんな。すぐチャカも使わせてやるさ」
カネナオの本体カバーが開いた。銃器に見えるものが飛び出てくる。ひとしきり動くことを確認した後、すぐに戻した。おっかねえ、と隊員はしぶい顔になる。
「みなさん。こちらです」
アガッツァーリが遠慮がちに呼びかけてきた。出自も見た目もバラバラの一団は、そろってひとつの道を進み始める。
「あとどのくらいで着きますか」
一団の不安を代表するように八的がアガッツァーリに聞く。少し考えて、彼は答えた。
「そうですね……二時間も歩けば。アメリカに飛行機で行くよりは、はるかに速いですよ」
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