特別指定対象 あるいは博識な宇宙甲殻類について

事後和人

到着

ありふれた星系にて

 よくある銀河だった。


 その銀河の端の方を見てみよう。

 そこにはこれまたありふれた、なんの変哲もない、他と見分けもつかないような恒星がある。もう四十六億年も虚無へエネルギーを放出し続けているが、誰もそれをもったいないと思わないらしい。


 そんな恒星の光を受けて、ひとつの物体が黒い宇宙にきらめいた。

 銀色の塗装はハゲかかって黒い地色がところどころで見えている。全体的にはヒマワリの種に似ていて、本体へつながった筒状のエンジンでまた爆発が起きた。

 近隣の多惑星文明においてよく見かける形式の脱出船であった。


 その脱出船の後方はるかかなたに母艦があり……あった。いましがたその残骸が太陽に飲みこまれたところだ。

 母艦ははるか遠い距離を旅して、この星系に原始的な文明の兆候を見つけたところだった。まだ超光速航行も習得していないような文明、人口も資源も豊富。


 簡単に奴隷化できるだろう。


 だがいまや、そんな目論見もついえてしまった。

 あんなヒッチハイカーなんぞ受け入れるべきではなかったと、艦長は燃えながら後悔していた。


 さきほどの脱出船はそのヒッチハイカーが操縦していた。

 脱出船は空間の皮膜を鋭くつらぬいた。漏れ出た超光速粒子が通常空間にへ衝突し、あわてて減速する際に青のチェレンコフ放射をまきちらす。一回の超跳躍ジャンプで五百億キロメートル以上を跳躍し、さらに短いジャンプを繰り返す脱出船。


 目標が前方に見えてきた。

 青い惑星である。

 最後のジャンプ。火花を上げる跳躍エンジンが本体から切り離され、ちょっとただよった末に爆発四散した。

 惑星はぐんぐんと迫ってきて、視界を青く埋めていく。雲の向こう見えるのは海と大陸。群島もあった。脱出船の周囲で大気が圧縮され、過熱しはじめる。地表に対してななめに侵入して惑星の夜の側へ。

 炎の尾を伸ばしながら、脱出船は群島へと墜落していく。



螺子巻ねじまき博士」


 テントの支柱から下がるランタンのもたらす薄明かりの中で、男が敬礼した。丸首のシャツと手袋が白く浮かび上がる。それ以外は作業服も帽子も濃い緑色だ。

 螺子巻博士と呼ばれた白衣の老人が、敬礼もそこそこに本題へ入った。


「現場の封鎖は?」


 作業服の男の横から別の男が進み出た。警察の制服に青いヘルメット。


「封鎖は完了しております。例の装置を使いました」

「うまくいってよかった。ただ認識の改変には個人差があります。ここには特筆すべきものはなにもないと思う人が大半ですが、過去には巨大なグッピーを見たと思いこんだ人もいました」

「了解であります」


 螺子巻の言葉に警察官がうなずく。あたりではジープやトラックのエンジンがうなり、ヘルメット姿の自衛官たちががやがやと指示を飛ばす声がする。


 螺子巻は最初に敬礼した帽子の自衛官の向こうに、鏡のようなものが光り輝くのを見た。周囲ではオリーブ色の防護服を着た作業員たちが作業をしている。弁当箱を思わせるガイガーカウンターや、カナリアを入れた鳥かごを持って歩く人々。ハロゲン灯のもとで彼らの影が長く伸びる。

 例の物体から未知のエネルギーかなにかが出ていたとして、あれで本当に検知できるものだろうか、と螺子巻はいぶかしんだ。


 やがて彼らのうちのひとりが帽子の自衛官のもとへやってきて、報告した。


「放射線は出ていないようです。有毒ガスもありません」


 自衛官がうなずく。

 螺子巻が進み出て、テントから銀色の壁へと向かった。自衛官と警察官が険しい顔で後に続く。


 奇妙な光景であった。金属の帆のような物体が畑から天に伸びている。近づいてみると、それは横倒しになった巨大な物体の一部だとわかった。

 目撃証言によれば、それは空から落ちてきた。そして地面を切りつけるように滑走したのち止まったのだ。大きさはジェット戦闘機ほどもあろうか。

 ふいに、人々がざわめき立った。


「博士、あれを!」


 物体の側面を指差す自衛官。なにやら動きが見られる。物体の一部が小さく切り取られて、ずるずると盛り上がっていく。見守る自衛官たちに緊張が走り、武器の所在を手で確かめる者もいた。螺子巻は歩みを止めて注視した。

 切り取られた丸い部分が地面に落ちた。だいたいマンホール程度の大きさだ。物体に丸い穴が出来て、内部の深い闇を空気にさらす。

 穴の中からくぐもった音が響いた。息を呑む男たち。


 螺子巻の背後から短い悲鳴が上がった。


 赤褐色の甲羅に覆われた、長細い棒のようなものが闇から突き出てきたのだ。まるでエビかカニの脚に見える。だが段違いに大きい。さらにその後ろから脚の持ち主が静かに、ぬるりと姿を現した。

 非人間的な、むしろ冒涜的とも言える形の影が人間の群れへ向かって伸びる。

 自衛官たちがすばやくライフルの銃口をそれに向けた。


「美しい」


 ただひとり螺子巻だけが、魅せられたようにそれを見つめていた。

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