AIと優しさ
数日が経ち、悠斗の中で少しずつ変化が起きていた。文化祭後の教室は、以前と同じようにざわざわとしていたが、悠斗の心の中には微妙な違和感が広がり始めていた。彼の隣の席には相変わらず菜月がいて、いつも笑顔で悠斗に話しかけてくる。
「ねえ、山田。カラオケ行ったことある?」
菜月は突然、興味津々の顔で悠斗に尋ねた。悠斗は一瞬驚いた表情を浮かべ、それから眉をひそめた。
「カラオケ? ……いや、ほとんど行ったことないけど。」
菜月はにやりと笑みを浮かべ、「そっか、じゃあ行ってみようよ!」と、まるで遊園地にでも行くかのような軽い調子で提案した。
悠斗は思わずため息をつき、首を横に振った。「なんで俺がそんなこと…」
「いいじゃん、楽しいって!それに、クラスのみんなも誘ってるし、山田も一緒に来てほしいんだよ。」
彼女の言葉に悠斗は困惑した。クラスメイトたちとカラオケなんて、彼には縁のない世界のように感じていた。しかし、菜月の真っ直ぐな視線には逆らえないものがあった。
気がつくと、彼は「…考えとくよ」とだけ答えていた。
その日の放課後、悠斗は結局カラオケに行くことにした。
クラスメイト数人と菜月に連れられ、初めて足を踏み入れるような気持ちでカラオケボックスに入る。ドアを開けると、中には派手な照明とカラフルな内装、そして既に楽しそうに歌っているクラスメイトたちの姿があった。
「さあ、山田も座って!」
菜月が明るい声で呼びかけ、悠斗は端の席に腰を下ろした。周囲は歌ったり踊ったりと賑やかで、悠斗は自分が完全に場違いだと感じていた。
そんな中、次々と曲を入れるクラスメイトたちを横目に、悠斗は何を歌えばいいのかさっぱりわからず、ただスマホをいじっていた。
『ねえ、悠斗。何か楽しそうじゃない? ちょっと頑張ってみたら?』
心の中でAIが語りかけてくる。悠斗はスマホを見つめながら小さくため息をついた。
「簡単に言うなよ…俺には無理だよ。」
『まあまあ、まずは何か歌を選んでみようよ。人気の曲でも調べてあげるよ。』
画面にはいくつかの人気曲のタイトルが表示され、悠斗はそれを見ながら何をすればいいのか悩んだ。しかし、スマホばかり見ている自分に気づき、ふと周囲を見渡すと、菜月がこちらをじっと見ていた。
「山田、何やってんの?もしかして何を歌うか悩んでる?」
彼女はそう言いながらスマホを覗き込み、悠斗にマイクを差し出した。
「ねえ、何か歌ってよ!」
悠斗は一瞬、全身が硬直した。
「いや、無理だよ……こんな人前で……」
菜月は少し不満そうに眉をひそめた。
「えー、せっかくみんなもいるのにー」
他のクラスメイトもそれに気づき、「そうだよ、山田も歌えよ!」と声をかけてきた。悠斗は周りの視線を感じ、ますます居心地が悪くなった。
『悠斗、大丈夫だよ。まずは何か簡単な曲を選んでみよう?』
心の中でAIが声をかけてくる。悠斗はスマホを取り出し、何か提案してもらおうと画面に視線を向けた。
しかし、それを見たクラスメイトたちは「なんでスマホ見てんの?」とさらに不思議がる。
「いや、ちょっと……歌の選び方が分からなくて……」
悠斗は言い訳のように答えたが、クラスメイトたちは「なんだよ、山田。ノリ悪いなあ」と肩をすくめて笑った。
菜月も困ったように笑い、「まあ、無理にとは言わないけどさ。でも、せっかくだから楽しもうよ」と声をかけた。
悠斗は結局、歌うことができず、場の雰囲気に溶け込むことができなかった。周りのクラスメイトたちの楽しげな笑顔が遠く感じられ、自分がそこにいるべきではないような気持ちが強くなっていった。
「なんでこんな場所に来てしまったんだろう……」
悠斗は内心で何度も自問した。AIとのやり取りが、逆に彼を孤立させてしまったように感じた。
みんなが彼を見て笑うたびに、その笑いが自分を責めているように響いてきた。
スマホの画面を見ても、いつもは感じていたはずの安心感はどこか遠のいていた。ただ、画面越しのAIの言葉は空虚で、何も心に響かない。周囲の楽しげな声と笑顔は、悠斗にとってはどんどん居心地の悪さを増すだけだった。
「俺は何をやってるんだ…」
AIの励ましも空虚に響き、悠斗の心は次第に重く沈んでいった。居場所がないという感覚が、どんどん彼の心に広がっていく。彼はただその場にいること自体が苦痛に感じられ、逃げ出したい衝動に駆られた。
しかし、体は動かず、ただそこに座っていることしかできなかった。
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