俺の身体は、突然変異した。  小説を二〇〇〇文字書くと、オナニーと同等の効果を得ることができるようになったのだ。その代わりに、男根が消失してしまった。

ますー

第1話

 俺の身体は、突然変異した。

 小説を二〇〇〇文字書くと、オナニーと同等の効果を得ることができるようになったのだ。その代わりに、男根が消失してしまった。

 説明は以上だ。俺はそれ以来、男根を擦ることはなくなり、小説を書く以外で快楽を得る方法がなくなってしまったのだ。これほど不自由なことはない。このデジタル社会、オカズを探そうと思えば三十秒でありつけるというのに、俺は一回気持ちよくなるのに一時間弱かかってしまう。不自由極まりない。

 事の発端は、つい三日前のことだ。俺は小説を書くモチベが低すぎて、絶望していた。だから、近くの神社にお参りに行ったのだ。そんなことぐらいで三ヶ日でもないのに神社に行く時点で、相当心を病んでいる。俺は神にもすがる思いで神社に参拝した。

 思い切って百円を投げ入れる。そして、ガチャガチャと大きな鈴を鳴らして、手を合わせた。

 そして、今までの自分を回想しながら、こう願った。

(……現代社会には楽しいことが多すぎる。いっそのこと、俺の頭から煩悩を消してくれ! ちんこなんて消滅してしまえッ!)

 すると、俺の股間が光り出す。しばらく眩く光って、そしてその光がゆっくりと消えてゆく。

 何が起きたのか分からなくて、俺はそのまま帰った。

 そして風呂に入ったとき、気がついたのだ。自分のイチモツがないことに。

 俺は発狂し、絶望した。

 隣の部屋から苦情が来たぐらいだ。普段は無口な俺がどれだけ騒いだことか。俺はピンポンを鳴らされて、隣の部屋のヤンキーみたいな女性から短く叱責されたことで、やっと正気に戻った。

 女性が帰ったところで、俺は自分のズボンを覗き込む。間違いなく、消え去っている。男性の象徴たる我が陰茎が、消え去っている。

 俺は嘆き悲しむ。ほんの七年間という短い期間だったが、俺の身体に快楽を与えてくれてありがとう。と、心の中でちんこを偲んだ。

 ひとしきり悲しんだところで、俺は前向きに考え始めた。

 少し考えれば、さっきの神社でのお参りが原因なのは明らかだった。信じがたいことだが、状況的にそれ以外は考えられない。……つまり、これは神の思し召しなのだ。神も、俺に小説を書いて成功してほしいと思っているのだ。きっと、多分。だからこれは、三井寺治という人間に与えられた試練なのだ。と考えることにした。

(……さて)

 そう考えるならば、話は早い。

 陰茎を偲ぶ小説でも書いてみようか、と考えついて俺はスマホを開いた。俺はスマホ執筆派なのだ。というかパソコンのタイピングが遅すぎて話にならない。

 執筆速度は一時間で約二〇〇〇文字とちょっと。上振れると、二五〇〇くらいは書けるぐらい。ある程度小説を書いていると、これぐらいは普通の速度だ。速い人は一時間で四〇〇〇文字とか書けるらしい。今の俺には想像もつかない速度だ。

「どんな小説にしよっかな……」

 俺はまず、主人公の男を設定した。そして、その男のちんこが急に無くなる。男はちんこがなくなったことに悲しみ、自分のちんこの早すぎる死を悼む。それをちょっとコメディ調に書いてみた。

「……ふふ」

 なるほど、なかなか面白い。自分の小説に笑うなんて、久しぶりのことだ。

 だんだん気持ちがよくなってきた。筆が進む進む。なんだろう、この感覚は。書けば書くほど、気持ちよくなる。

 そのとき、思い出した。俺は小説を書きたかったから、わざわざ神にイチモツを消してもらったのだと。イチモツが消滅したことで、小説を書く本来の楽しさが蘇ったのだ。

「おお! おおお!」

 あっという間に、小説は一七〇〇文字を突破した。見返すと内容のない粗削りの文章だったが、書いているときは多幸感に包まれて、楽しいという感情が全てに勝っていた。

 そして一九五〇文字。

「何だこれはッ! 身体が熱く、迸るようだッ!」

 俺の身体はほのかに熱を帯びていく。この感覚は、味わったことがある。そして俺は思い出した。

「これは、亡きちんこの忘れ形見!? 俺は、小説によって快楽を得ているというのかッ!?」

 このとき、小説を書くことによって、オナニーと同等の快楽を得ていると気がついた。そして、粗削りの文章のまま、ついに二〇〇〇文字を突破した。

「う、うぉおおぉおおおおおぉオォオオオォォオオ!」

 俺は最強の快楽を手にし、雄叫びをあげた。そう、俺は滅却されたはずの快楽を再び味わったのだ。

「オイ! うるさいぞッ!」

 隣からまたピンポンを鳴らされる。今度は怒鳴っているようだった。しかし俺は床に倒れたまま、全く動けずにいた。そう、俺は放心していたのだ。迸る生の素晴らしさを感じていたのだ。

「さすがは神だ。俺のような下賤にこのような力を賜ったというのか。なれる、なれるぞ……! 俺は小説家になれるぞッ!」

 俺は喜び、神を崇拝した。

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