畑でしりあったのが運の尽き

わやこな

第1話


 秋の収穫も終わって、すっかり寂しくなった我が家の畑。

 冬の分の貯えも、食い扶持もどうにかなりそうな出来をもたらしてくれた大事な財産。

 そこに、尻が生えていた。


 もう一度言おう。来年のために土の様子を見に来たところ、畑から尻が生えていた。


 埋まっている尻は人の尻だ。それもズボンを履いた男の尻。

 目を擦っても、開いて閉じてまた開いて見てもあるのは吸引力の変わらないただ一つの男の尻。

 何が悲しくて大事な畑に尻が生えるなんて珍事が起きるのだ。


「ええ……」


 思わず困惑の声も出るのも致し方なし。

 誰かがふざけて埋まったとかだろうか。いやまて、そもそも人の畑にわざわざ埋まる奴がいるのか。ズボンを見るだけでも、その日暮らしの俺よりもいいものだとわかった。

 おそらく上流階級者。

 蠢いているのでたぶん生きている。息が出来ているのだろうか。

 はっきり言って、近寄りたくない。奇人もとい貴人に庶民が関わって良いことはないと死んだばっちゃんも言っていた。俺もそう思う。

 けれども、このまま尻が畑に鎮座されていても困る。俺以外来ることがないので人目には触れないだろうが、畑作業に支障が出る。


「あの、すみません」


 恐る恐る声をかけてみる。

 力強く尻の筋肉が蠢いた。何か言っているんだろう、たぶん。だが何を言っているかはさっぱりわからない。

 というか土の下でどうなっているんだ、これ。

 近寄って見てみる。土との境目から突如現れたような感じである。

 そうっと縁を探ってみれば、突如として尻が出現していた。無から出てきている。どういうことだ。

 ぞっとして距離を取る。

 すると尻はそれに気づいたのか抗議するかのように蠢いた。気配察知だけは優秀らしい。


「どこのどなたかは存じませんが、ここ俺の土地でして……」


 なんだか怒っている感じがしたのでそう伝えてみる。


 ぴくり、もぞもぞ。

 尻が動く。


 改めて奇妙な絵面だ。せめて女性だったらもっとましだったろうか。いや、年若い男の前に異性の臀部はよろしくない。俺だって嫁募集中の年頃なのだし、欲はある。

 じっと眺めつつ逃避をしていた俺の前に、今度は金属の筒が畑から出てきた。

 楽器みたいに先が広がった金管筒はピカピカと輝いている。見るからに高そうなものに面食らっていると、そこから声が聞こえてきた。


「すまない、其方の土地へ邪魔をするつもりはなかったのだ」


 そこから喋れるのか。

 驚くのと同時に感心してしまった。


魔種ましゅ勘気かんきに触れてしまい、このようなことになってしまった」

「あー……なるほど」


 魔種の勘気。

 文字の通り、魔性の者たちの怒りだ。

 妖精、魔女、魔法使いといった人ならざる特異な能力を持つ者たちは、総じて気位が高く独自の価値観で動く。予想できないことで急に怒りだして呪ったり攻撃したりしてくることも珍しいことではなかった。

 つまりこの高貴な御方は、理由はわからないが魔種の怒りをもらって、尻だけ俺の畑に飛ばされてきたということだ。


 いや、どういうことだよ。


 その魔種の価値観、まじでわからん。いやがらせにしろ、まったくの他人にまで迷惑をかけないでほしい。


「そもそも何をしてこうなって……あ、すみません出過ぎた質問を」

「いや、貴殿が疑問に思うのも当然だ。実はだな」


 そして尻の持ち主による自分語りが始まった。込み入った話なら関わりたくはないが、ちょっとだけ興味がある。尻の近くにしゃがみこんで「どうぞ」と相槌を打って促してみた。


「我が一族には昔よりなにかと魔種と縁がある。そのおかげで、わたしも幼き頃より家族ぐるみで魔種と交流をしていたのだ。なかでも一番よく会う者がいるのだが、本日かの者が我が妹をもらいうけたいと言い出してな。つい殴った」

「殴った!? 魔種を!?」


 よく体の部位を飛ばすだけで済まされたなこの人。

 ひどいものだと体がはじけ飛ぶとかまったく違う生き物にされるとか、死ぬよりひどい目にあうという話も珍しくない。

 死んだおれのじっちゃんも対応には気をつけろよと言っていた。同胞にだって遠慮はしない。魔種とはそういうものだ。

 うまいこと仲良くなれば良いことをもたらしてくれるが、魔種と関われば七割トラブルが起きる。

 ちなみに俺の畑は成功例だ。じっちゃんとばっちゃん、加えて俺の努力により魔種の加護つきの畑である。

 そう思えば、魔種の加護と魔種の呪いがひかれあったのかもしれない……いや、憶測はそこまでだ。そんなことより喧嘩を売ったという尻の人のほうが気になる。


「友人というものは殴り合って理解できることもある。そう同僚から聞いたからしてみたのだが、どうにも相手の血の上りようはひどくてな。もみ合った末に、こうなった」

「いやそれ同僚からだまされてませんか」

「まさか!」


 はっはっは。快活に金管筒から爽やかな笑い声が響いた。


「彼とはわたしが働きだしたころからの仲だ。我が身の出世も喜び祝ってくれたほどのできた男だぞ。鳴かず飛ばずと揶揄されようとも笑って躱し、交流をもってくれるのだ」

「はあ、仲がいいんですね」

「うむ。ただ彼の生活が苦しいのかよく食をおごっているのだが……酒量も増えて、いささかわたしの財布も心もとないのが玉に瑕だな」

「いややっぱだまされてませんか、それ」

「はっはっは、いやまさか! こうして臀部が消えた俺を大声で励ましてくれたほどの男だぞ。まあ、おかげで町中に尻が消えた男と認識されてしまったのは恥ずかしいものであるが……」

「ええ……」


 聞いた限りだと、金目当てで付きまとってる上に貶めようとしているやつなんじゃないのと思うんだが。

 まあ、その人のことを知らないので、そうですかとだけで引き下がることにした。

 尻の経緯がわかったので、ひとまず俺の好奇心も満足だ。

 残る問題は、尻の処遇である。


「ところで、ええと、戻られそうですかね? そのままですと、あなたも……俺も困るのですが」

「もちろんだとも。しかし、貴殿が理性的に会話ができる者でよかった。我が運も尽きたものと思っていたが、光明が見えたぞ」

「それはよかったですね。それで、方法は」

「我が臀部を押してくれ」


 なるほど。

 尻を押して向こうの空間に押し出す。単純な解決方法だ。

 そう思うと、尻の人は幸運だった。誰もいないところにぽつんと尻だけあったら、戻れなかったろう。


「遠慮はいらない。思いっきり押してくれ。殴り合った魔種と和解して、どうにか方法を聞き出したんだ。間違いないはずだ」

「はあ……和解できてよかったですね」

「話せばわかるやつだった。穏健派の魔種だったし、むしろわたしを心配してくれたいいやつだったぞ」

「それ、べつに殴る必要なかったじゃないですか」

「……そうかもしれんな! 貴殿、よく気の付く御仁であるな!」


 ともあれ、解決策があるなら大人しく実行しよう。魔種にもいろいろいるが、総じて嘘をつけない生き物だ。


「では、失礼して」

「ああ、頼む」


 きりっと言ってくれるけれど、この人、尻だけなんだよな……。かわりに尻の筋肉がきゅっと動いてるよ……。

 微妙な気持ちで硬い筋肉の尻を押した。

 収穫した野菜を壺に漬け込む要領の力加減で、ぐぐっとな。

 ぎゅっぎゅっと押し込むたびに、抜け出すことの喜びの声がするのがなんとも言えない。

 無心に押し込んでいくと、しゅぽんっ、と軽い音をたてて尻は消えた。


「おお。まじで消えた」


 ほっとした心地で息を吐く。いつのまにか金の筒も消えている。

 あとはもう、いつもどおりの俺の畑だ。

 例年の通りに土をならして様子を見ておく。まあ、こんな非日常な珍事はそうは起きないだろう。

 俺の普通の人生で会うことはない貴人とも会えたし。尻だけだけど。言葉もお咎めなく話せるのもそうない経験だろう。

 いやでも、早く忘れたい。筋肉もりもりの男の尻を押す記憶は早々に忘れよう。





 数日後。

 今度は、生首が現れた。


 また畑の手入れをしに行ったら、思いっきり目が合った。

 打ち首にされた死体かと思ったが、異様に力強い眼差しが俺の姿を追ってきたので生きていると判断できる。

 生命力溢れる植物の濃い緑をした髪。明々と燃える炎のような瞳。

 田舎者の俺でも知っている顔だった。


 通称、大いなる勇士オリエン。


 国に仕える腕利き中の腕利き兵士。魔種も一目置くほどの実力者だ。

 庶民からのたたき上げ出世で、庶民の希望の星でもあり誇りとも言われている。性格も謙虚で真面目なまさにヒーロー。最近では、魔種の気まぐれで蔓延ってしまった異形たちを退治して回っていて、人気は登る一方だという。

 そんな有名人の生首がなぜここに。


「すまない、お邪魔している」


 俺の困惑しきった様子に気づいてくれたのか、丁寧に目礼をしてきた。

 その声はこの間聞いたばかりのものだ。


「あ、尻の」


 思わず呟けば、華々しく表情が動いた。なぜ。

 嫌な記憶ではないのか。


「ああ、やはり貴殿の土地であったか。礼を失してしまったことを悔やんでいたら、同僚が気を利かせて教えてくれてな。尻ではなく目と口を、いっそのこと頭を飛ばせば認識でき話もできるだろうと……そこで前回の魔種に頼み込んで、同じ所へと飛ばしてくれたのだ」


 それは気を利かせたとはいわないのでは。

 首だけ飛ばさせていることに悪意を感じなくはない。というか穏健派の魔種なら、絶対ドン引いただろうな。俺だって頭飛ばしてくれと言われたらいやだよって逃げる。よほどできた人格者の魔種なんだろう。そっちと知り合いたい。

 しかし、突っ込んで気分を害されてもよくない。面倒だ。大人しく納得したような顔をしておいた。


「我が名は、オリエン。しがない兵士だ。先だっての助力、感謝している」

「いえ、大したことはしていません」

「貴殿、名は? 改めて礼をしたい」

「いえいえ、お耳汚しになるだけですので」

「なんと、謙虚なことだな」


 感心した様子のオリエンが言うが、極力関りあいになりたいだけである。

 絶対ろくなことにならない。俺の心の中のじっちゃんとばっちゃんが、大きく手でバツ印を作って険しい顔をしている。二人とも、昔やなことがあったって言って、こういう貴人関係は毛嫌いしてたんだよなあ。だから人里離れたとこに住んでるし。


「しかし、受けた恩を返さないというのも、矜持に反する。貴殿は一人か」

「あ、はい。身内はいません」

「なんと……暮らしは大変ではないだろうか」


 今のあなたの状態よりは、大変じゃないと思う。


 真顔で返しそうになって、愛想笑いのまま首を横に振る。


「大いなる勇士様にお礼を言っていただいただけで十分ですよ。あの、お帰りはまた?」

「む……そのようだ。すまない、お願いしてもいいだろうか」

「じゃあ、失礼します」


 そろりと近寄って、まずは頭周りの土を避ける。鼻や目に入ったら大変だろうし、何かあって無礼だと言われても困る。

 それから、できるだけ優しく頭を押し込む。土の下に埋め込むみたいで、尻のときよりもなんとはなしに嫌な光景だ。


「貴殿の手は、素晴らしいな。勤勉で努力を厭わない者の手だ」

「は、はあ……どうも?」

「礼はまたいずれ」


 明々と燃える光を放つ瞳がきらきらと俺を見上げている。

 礼はいいので、また変なことに巻き込まれないといいなと思う。騙されやすそうだし。

 そして俺の畑じゃないところでお願いしたい。

 まあでも、さすがにもう会わないだろう。

 そう思うが、またいずれ、の言葉に嫌な予感しかしない。


 一応、心構えだけはしておこう。


 頭の片隅で覚えておこうと決意しながら、また土をならして雑草をとる。

 尻や生首が飛ばされてくる俺の畑だが、来年は無事に作物が出来るのだろうか。はなはだ不安だ。


 今度は違うものが飛ばされてきたりして。


 そうならないといいと願いながらも、しばらくの間は様子を継続して見にくるべきかと思わずにはいられない。





 そしてまた数日後。

 案の定、俺の予想は当たったのだった。



「やあ、貴殿! 今度は上半身だけお邪魔している!」

「うそでしょ、なんでまた来るんですか。帰って」


 なんだかんだと縁が続くことになるとは、さすがに予想はしていなかった。

 その後日だってそうだ。



「今日もいい天気だな、貴殿! 例の魔種と妹も今度お邪魔したいと言っている。菓子はどんなものが好みだろうか」

「全般的に好きですけど、なんで来るんですか。帰って」

「ところで同僚だが捕まってしまった。ゆすりと詐欺らしいが……あいつがそんなことを」

「あー……やっぱり」

「ついては証言がいるので、都に招待したい。また迎えにくる!」

「いやうそでしょ。なんで」


 三日とかからず、なんか来た。いっぱい人が来た。

 招待と言いながら編隊組んでうちに来るんじゃねえ。ほぼ強制だろうがこんなの。

 魔種の道具サポートだとかであっという間の行程で、大きな館に連れられて飾り立てられて、見聞きしたことを証言する羽目になった。


 結果。

 大いなる勇士を助けた類まれなる友という通り名をつけられて褒賞もらってしまった。

 いや、なんでだよ。


 帰り際には、オリエンの妹さんたちにつかまった。


「すみません、すみません! 兄はとても馬……純粋で! 懐きやすいので! これ、都一番の銘菓です!」

「いやー、殴られたときは殺すかと思ったけど、彼女が頼むからさあ。つい、ちょっと困ることしちゃえって思って飛ばしちゃった。おかげで同胞の君に迷惑かけちゃったみたいでごめんねえ」

「これからもお世話になるかと思いますので、どうか! どうか見捨てず! 仲良く末永くご友人づきあいしてくださいお願いします! お願いします!」


 出会いがしらめちゃくちゃ謝ってきた。

 すごい剣幕だった。絶対過去に何度かやらかしてフォローしてきたんだろうな。かわいそうに……。

 思わず「お、おう」と返してしまったら、両手を握って感謝された。隣の魔種の嫉妬がめちゃくちゃ怖いので、じゃあと言ってさっさと帰った。


 こんなところにいられるか。俺は帰るぞ!





 また数日後。


 人里離れた長閑な暮らしから引っ張り出された。オリエン殿のご友人枠として知恵を借りたいとかで連行された。


 なんでだよ。ほかにいるだろ、やめてくれ。


 こうしてまた俺が行くと、余計に俺の役割みたいになっちゃうだろうが。

 ああほらみろ! オリエンが、あの庶民のヒーローのはずのオリエンが餌を前にした犬みたいに尻尾振って……いやほんとに尻尾生えてるな。今度は何があったんだ。

 いや詳しく知りたくない。


「実はな、通り魔種にあいそうな市民を守ったのだが、その魔種は愉快犯かつ奇妙な主義を持つもので、人の臀部にほかの生き物の尻尾を生やすのが生きがいらしい」


 やめろ説明するんじゃない。そんな魔種へんたいがいるなんて知りたくない。


「しかし! 貴殿ならば、これを解決するにふさわしい知恵があると上司に奏上したのだ!」

「なんてことをしてくれるんです」

「ふふ、こうも尻関連で貴殿に世話になるとは……貴殿は、知り合った中でも一番の友だな! 尻だけに!」

「すっごいしょうもなくて笑えない冗談なので帰っていいですか」

「はっはっは、我が友は照れ屋だな! こいつぅ!」

「やめろ、距離つめてこないで、ぶっ飛ばすぞ」


 じっちゃんとばっちゃんの育てがよかったばかりに!

 俺がなんとかできちゃう力があるばっかりに!


 周囲のなんとかしてくれと頼んでくる圧に負けてなんとかしてしまった。尻尾を引っ張って抜いたらなんとかなった。むくつけき野郎の臀部ともう関わりたくない。

 しかし人払いも魔除けも、妹さんフィーチャリング魔種の力とオリエンの行動力で大体が無に帰した。

 俺の平穏な生活はさよならしかけている。かなしい。


 今後、俺の通り名が尻の魔種になったらどうしてくれる。

 ただでさえオリエンに呼ばれるときにあれこれ詮索されるんだぞ。

 出会いはなんだったのだと人に聞かれても、大っぴらに言えない。今後の俺の風評に関わるので口をつぐむしかない。


 いや、だって、堂々と言えるわけない。

 畑に尻が生えてからの仲だって。


 最近は、いざとなったら都全体に忘却させるような呪いを開発しようかなと本気で思っている。

 自慢の畑を思い浮かべながら、どうしてこうなったんだろうなあと青い空を眺めるのだった。



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