2章 第9話 敗北!


 無事に1回戦目を勝ち抜いたアノン、シルビア。

 

 惜しくも負けてしまったルネやライムだが、確実に力を証明することは出来ただろう。

 

 かなり1回戦目で消耗してしまったアノンとシルビアはそれぞれ別室の医務室にて休んでいた。

 

 ーーーーーー。

 

 「シルビアもルネも凄かったね!!!」

 

 「そうね、二人ともアノンちゃんから刺激を受けたのよ。」

 

 「ボクから?」

 

 「ええ、ライムくんもそうよ。みんなあなたに導かれたのかもしれないね。」

 

 「ボクがみんなを……?むしろボクがみんなから刺激を受けているんだよ!!」

 

 アノンは医務室で休みながら、試合の様子をイリスの水晶を通して見ていた。

 

 第1試合も一段落したからなのか、イリスはアノンの医務室に来ていたのだ。

 

 さすがの回復力なのだろうか。

 

 もうピンピンしている様子だ。

 

 「みんなはどうしてる?」

 

 「シルビアはしばらく体を休めているわ。」

 

 「ボクもそうだけど、スピリット能力って消耗激しいの?」

 

 「消耗で言えばアノンちゃんの力が一番疲れるでしょうね。実戦で使ったら奥の手として残した方がいい。」

 

 「そうなんだ?でもそういえば、リベレイト使えてないのにスピリット使えるようになったんだけど……」

 

 「別の世界から来たからなのかしらね。あんまり見ないパターンね。」

 

 「そうなんだ。シルビアは大丈夫そう?」

 

 「どうかしらね。あの力は少し特殊すぎるからね。元々秘めていた力なんでしょうけど、いつも大きい力を手に入れてしまうわね。あの子は。」

 

 「でも、シルビア吹っ切れた顔してたよ。ようやく前に進めた見たいな。」

 

 「そうね。……第2試合はあと2時間ほどで始まるけど、何とかなりそう?」

 

 「うん!ありがとう!お姉ちゃん!!」

 

 アノンは弾けるような笑顔を見せた。

 

 その笑顔見て安心したのか、イリスは微笑みその場を後にする。

 

 ーーーーーー。

 

 イリスが医務室を後にすると、隣の医務室からテンダリアが出てくる。

 

 遅れてテンダリアの横に少女と少年が並び立つ。

 

 「ああ、イリス・グレイスさんじゃないですか。英雄にこんなところで会えるなんて、光栄です。」

 

 テンダリアはイリスを認識すると微笑む。

 

 「え?ああ、どうも?……あなたは確かさっきルネフィーラちゃんと戦った……」

 

 「テンダリアです。」

 

 「すごく強いのね。」

 

 「いえ、たまたまですよ。……なんでもルネフィーラ、アノン、シルビア・クリムゾンに指導をしたのはあなただったとか。第2試合楽しみです。」

 

 「どうして、そんなことを知っているのかしら?」

 

 「皆さん、学園で有名ですからね。」

 

 「なるほど。それで?私に何か用があるわけ?」

 

 「いいえ。ただ挨拶をと思いまして。……でも、興味あるんですよ、魔王を封印した今、どんな世界を紡ぐおつもりなのか。それはあなたの弟子に現れるものなのかとね。」

 

 「確かに3人には希望を見出している。でも、それはこれからよ。ゆっくり世界を見て考えを広げる必要があると思ってる。」

 

 「ふふ、貴重なお話ありがとうございます。」

 

 3人はそのまま、イリスとすれ違う。

 

 一人残されたイリスは3人の背中を見送る。

 

 「全員……記憶を読めなかった。私以上に才能があるって訳?……面白いじゃない。」

 

 イリスは微笑む。

 

  新しい時代が始まろうとしていると、ワクワクしているのかもしれない。

 

 

 だが、同時にアノン達の敵となれば危険である。少しばかりの警戒もあるのかもしれない。

 

 ーーーーーーー。

 

 「シーちゃん、大丈夫?」

 

 「う、うん。大丈夫。」

 

 シルビアの医務室。

 

 横になるシルビアの手をサクラがずっと握っている。

 

 「昔はあんなに沢山お話してたのに……沢山話したいことあったのに、中々話せないね。」

 

 「ごめん、私。……あなたを……」

 

 前に進むと決めたシルビア。

 

 だが、罪の意識を無くした訳では無い。

 

 どうにもサクラに顔を合わせづらいのだ。

 

 「悪いことばっかりじゃなかったんだよ。シーちゃんのお父さん、毎年村に来て、様子を見に来てたの。色んな知識をくれたし、魔物とかも倒してくれたこともあったんだ。」

 

 「お父様が……?」

 

 「うん、その甲斐あってほかの貴族たちが意地悪してくることも減ってね。最初はみんな嫌がって追い出してたけど、認めてもらうまで何度も何度も謝りに来てたよ。」

 

 「そうなんだ……」

 

 父親の知らなかった一面。

 

 シルビアは自分がどれだけ守られていたのか痛感する。

 

 「きっと、あの傷つけた貴族の人達にも何かしてたんじゃないかな。まだ小さかったから何をしてたのかハッキリとはわからないけど、ああシーちゃんのお父さんだなって思ったよ。」

 

 「そうだね……そういうかっこいいお父様やお母様を見て真似したのがきっかけだったっけ。」

 

 懐かしそうに微笑むシルビア。

 

 蟠りができて離れて暮らすうちに、大切なものを見失っていたのかもしれない。

 

 「サクラ……ありがとうね。今日来てくれて、ずっと想ってくれて。大切なことたっくさん思い出せた気がするよ。」

 

 「ううん。私の方こそ遅くなってごめんね。……それからあの日、守ってくれてありがとう。」

 

 その言葉は何年も待ち続けたシルビアにとっての救いなのかもしれない。

 

 シルビアは涙をためながら嬉しそうに微笑んだ。

 

 ーーーーー。

 

 そして2時間が過ぎ第2試合が始まる。

 

 アノンの前に立ち塞がるのは、先ほどテンダリアの横にいた少女。

 

 紫色の髪の毛が綺麗に腰まで伸びており、ツインテールに結ばれている。

 

 黒のドレスを身にまとい、肩や腕が露出している。

 

 色白の肌と感情を持たない無表情。

 

 手には大きなクマのぬいぐるみを抱いている。

 

 「そのぬいぐるみ!可愛いね!!!」

 

 アノンは話しかけづらい雰囲気など気にせず声をかける。

 

 すると、少女はムスッとした様子でぬいぐるみを隠す。

 

 「あげない。」

 

 「取らないよ!!!お気に入りなの?」

 

 「……うん。」

 

 「えっへへ、いいね!大切な人から貰ったのかな?」

 

 「大切な人……一人だけ。くれるもの全て好き。……大切。」

 

 「そうなんだ!素敵だね!」

 

 なんだか純粋な想いにアノンは微笑む。

 

 「アノンVSキキ・ヴァイオレット、試合開始っ!!!」

 

 和んで会話していると、試合開始の声が響く。

 

 意識を切り替えるように、エーテルを解放するアノン。

 

 そのまま突撃し、拳を叩き込む。

 

 キキは左手でぬいぐるみを抱きながら、右の指を2本立てる。

 

 「えっ!?」

 

 そのまま二本指だけでいとも容易く攻撃を受け止めアノンを地面に叩きつける。

 

 「ぐっ!?」

 

 アノンはこの攻撃を以前にも受けた気がしていた。

 

 叩きつけられてまるで動けない。

 

 「あれ、おかしいな……身体動かない……!!」

 

 「あなたは強い。でも間合いの把握もエーテルのコントロールも未熟。」

 

 「えっへへ!それお姉ちゃんにも言われたなあ!」

 

 ようやく既視感の正体に気がつくアノン。

 

 そう、指摘された言葉も先程の返しも全てイリスから受けたものと同じなのだ。

 

 「そう、ならこれは?『ダークネス』」

 

 キキが呟くと闇のリベレイトが解き放たれる。

 

 動けないアノンは直に攻撃を受ける。

 

 「ああああああああっ!!!」

 

 とてつもない痛みが体全身に走り、アノンの体は黒に染められる。

 

 「なんだこれ?なんもみえないっ!!!」

 

 攻撃だけではなく視界を奪う力を備えた闇の力。

 

 その攻撃を見たイリスは思わず観客席から身を乗り出す。

 

 「うそ……メア師匠のリベレイト!?」

 

 困惑し漏れる声。

 

 イリスが口にしたのは闇の天使『メア・ギャビー』の名だ。

 

 イリスの師匠であり、世界を救った伝説の天使の一人だ。

 

 数々の戦いを得てきたイリスでさえもダークネスを使える者はメア以外では初めてだったのだ。

 

 「おかしなことでは無い……でもなんなの、この感じ……」

 

 同じリベレイトを持つことはそこまで珍しいことでは無い。

 

 だが、水、炎、土、風以外のリベレイトは基本的に希少とされている。

 

 現状、テンダリアの『グラビティ』やイリスの『ホーリー』、ベラの『ライメイ』は数が極端に少なく、メアが使っていた『ダークネス』はさらに確認がされていなかった。

 

 それだけにイリスはとてつもない驚きを感じていた。

 

 ーーーーーー。

 

 視界を奪われ、身動きの取れないアノン。

 

 ゆっくりと歩き近づいていくキキ。

 

 「やっぱり、貴方は後継者にはなれない。……これで終わり。」

 

 キキはアノンに掌をかざすと、闇の瘴気を解き放つ。

 

 「あああああああああああっ!!!!」

 

 アノンは痛みに耐えることなく、意識を失う。

 

 「そんな……魔力まで……」

 

 イリスは開いた口が塞がらなかった。

 

 イリスとメア、魔族しか使うことの出来ない力『魔力』。

 

 イリス以外の観客は誰一人その事実に気がついていない。

 

 闇のリベレイトで上手く隠されているからだ。

 

 それを簡単に使って見せたのだ。

 

 さすがのイリスも重ねることしか出来なかった。

 

 「……メア師匠……なの?」

 

 「勝者、キキ・ヴァイオレット!!!」

 

 呆気なく試合は終わりを告げ、去っていくキキ。

 

 まるでアノンに興味を無くしたようだった。

 

 去り際、観客席のイリスへ視線を送る。

 

 イリスはなんとも言えない表情で見つめ返すことしか出来なかった。

 

 ーーーーーー。

 

 直ぐに医務室へ運ばれるアノン。

 

 闘技場の力で致命傷では無いが、意識を失っている。

 

 回復を待つしかないだろう。

 

 「アノンちゃんをあっさり倒すなんてね。シルビアちゃん、気をつけた方がいい。私が思っていた以上にこの学園には強い人がたくさんいるみたい。」

 

 「テンダリア、さっきの試合相手に何もさせずに勝ってました。フィーラを倒したのもまぐれなんかじゃない。」

 

 「そうね。あの重力の力、昔メア師匠が言っていた勇者の力に似ていたわ。最初、ルネフィーラちゃんの試合の時には気付かなかったけど。」

 

 「勇者ルキファー。本少ないですからね。」

 

 「もう1人、横にいた男の子。私の予感が外れればいいけど。」

 

 「どんな人だったんですか?」

 

 「赤髪で、黒い肌の少年よ。」

 

 「分かりました、警戒します。」

 

 「無理はしないことよ。進級試験は実力を見せる場。内容が大切だよ。」

 

 「はい!……でも、頑張るに越したことはないないですから。」

 

 「そうね……」

 

 なんだか神妙な面持ちのイリス。

 

 なにか嫌な予感があるのだろうか。

 

 シルビアはアノンとイリスを心配しつつ、その場を後にした。

 

 ーーーーーー。

 

 『どうして、人と魔族を襲うのだ!』

 

 『うるさい!!俺の邪魔をするなあっ!!!』

 

 『人と魔族が手を取り合う、それがお前の理想なのだ!どうしたのだ!』

 

 『人と魔族!!奴らのせいで、ビスラもウルも殺された!!!お前も命を狙われただろう!?』

 

 『人も魔族も変われるのだ!!!王族も貴族も変わったのだ!!!もうあの頃とは違うのだ!!!』

 

 『信じられるかあっ!!!』

 

 ーーーーーー。

 

 「くっ……」

 

 イリスはアノンの手を握りながら、自分の額を抑える。

 

 過去の記憶がイリスを、未だに苦しめているのかもしれない。

 

 「……今度こそは……必ず。」

 

 イリスはアノンの手を強く握り決意をする。

 

 決して可愛い弟子たちを巻き込まないために、ひとりで動くことを。

 

 ーーーーーーー。

 

 「シルビア・クリムゾンVSバロゼ試合開始っ!!!」

 

 シルビアの第2試合の相手は、バロゼ。

 

 先程、テンダリアの横にいた少年だ。

 

 シルビアは警戒するように睨む。

 

 色黒の肌に赤い髪。かき上げるように額を露わにし、攻撃的な印象を持たせる。

 

 服装もワイルドで鍛えられた筋肉の上に、前開きベストを身にまとい動きやすい長ズボンを履いている。

 

 そして、何よりも目を引くのが大きな大剣。

 

 身長を超える大きさの大剣を肩に乗せて、腰を下ろして構えている。

 

 「よお!小娘!!俺様と勝負頼むわ!」

 

 歳はそれほど変わらないはずだが、何故か年上面するバロゼ。

 

 高圧的に声を発すると、ガハハハと笑ってみせる。

 

 「バカでかい大剣ね。脳みそまで筋肉なのかしら。」

 

 嘲笑うかのように煽るシルビア。

 

 年下扱いされたのが気に食わないのだろう。

 

 もう既に警戒するどころか少し苛立ってしまい、相手のペースに乗せられているようだ。

 

 「んだ?なーに怒ってんだよ。ただの挨拶だぜ。ちっこいの。さっさと始めようぜ。」

 

 「くっ!一言余計なのよ!!!ちっこくない!!!」

 

 シルビアは腰から剣を抜き、エーテルを解放させる。

 

 そのまま続けてリベレイトし、炎の剣を作り出す。

 

 燃え盛る炎の剣で突撃するが、バロゼは足を蹴り上げ剣を止める。

 

 「やるねえ、体も胸もちいせえが、態度はでけぇなあっ!!!」

 

 そのまま押し返すように蹴るバロゼ。

 

 「あんたも大概でしょ!!!!」

 

 シルビアは吹き飛ばされるが、瞬時にフェニックスの翼を展開し再度突撃する。

 

 炎の翼の力か先程よりもスピード、パワーが段違いに跳ね上がる。

 

 それが伝わるように空気が振動し、攻撃を受け止めたバロゼの地面に衝撃が現れる。

 

 ひび割れ、大きく穴があく。

 

 「んだよ、フェニックス頼みかよ。」

 

 だが、再び剣を防いだバロゼ。

 

 今度は片手で受け止める。

 

 「せっかくアストラルに近づいてんのに効率わりぃんだよな。お前。」

 

 「アストラル?なによそれ!!」

 

 「お勉強不足だなあ!」

 

 剣を簡単に砕くと、拳を繰り出す。

 

 呆気に取られ、顔面に拳を喰らうシルビア。

 

 そのまま吹き飛ぶ。

 

 「いったたた……なんで、その大剣使わないのよ!!!」

 

 まるで手加減しているように、感じたのか大声を張り上げるシルビア。

 

 痛みに耐えながら体を起き上がらせる。

 

 「んなもん、お前が俺様の相手にならないからだよ。」

 

 「なんですって!?」

 

 「剣の使い方もフェニックスの使い方もエネルギー効率も悪い。せっかくの加護が台無しなんだよ。」

 

 「何の話よ!!!」

 

 「ったく、めんどくせえな。なら1回だけ見せてやるよ。『アストラル』」

 

 話に着いてこれず不貞腐れるシルビア。

 

 なによりも手を抜かれていることが腹立たしい。

 

 仕方がないというような様子で、唱えるバロゼ。

 

 肉体から炎が迸り、オーラが高められる。

 

 それはシルビアのフェニックスと酷似しており、炎の鳥にも見える。

 

 「フェニックス……?」

 

 「ちげえな。俺様が原点だ。俺様こそが炎の天使を継ぐに相応しい!そうだろ!?『べヌー』!!」

 

 高められた大きなエネルギーをバロゼは纏う。

 

 黄金と赤を基調とした凄まじいオーラを凝縮し、体に収める。

 

 「なっ……」

 

 大きすぎる力に声を失うシルビア。

 

 気がつくと目の前にバロゼが現れる。

 

 反応する暇もなく、腹部に拳がめり込む。

 

 ゆっくりと放たれた拳。

 

 だが、たったその一撃だけでシルビアは気絶する。

 

 「だから言ったろ。俺様の相手にならないって。」

 

 「勝者バロゼ!!!」

 

 

 倒れるシルビアを支え担ぐバロゼ。

 

 「世話の焼けるガキだな。」

 

 そのまま医務室へと運ばれていくのであった。

 

 ーーーーーー。

 

 負けてしまったアノン、シルビア。

 

 そのまま進級試験はテンダリアの優勝で幕を閉じだ。

 

 それぞれに学園で学び、力をつけたアノンたち。

 

 だが、まだ学園には強い人がたくさんいる。

 

 まだまだ世界のことも力のことも知ったばかりなのである。

 

 だが、この敗北がさらにアノン達を成長させていくだろう。

 

 この学園での1年のように。

 

 より強く、より高みを目指して、少年たちは夢のために進むのであった。

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