【完結】神成のジェネシス〜記憶喪失の少年、見知らぬ世界で奮闘します〜
パスタ・スケカヤ
第1章 TRANSFER【少年と異世界】
1章 第1話 異世界転移?
森の中。木々が優しく揺れながら、少年の耳を刺激する。
草むらの上で寝転ぶ少年。土と草の香りが鼻をくすぐる。
ゆっくりと瞳を開けていくと、日差しが眩しい。
「まぶしっ……」
眉をひそませ、視界を両手で遮る。
ゆっくりと上体を起こす。
どうやら、森の中で眠っていたらしい。
寝ぼけ眼を擦りながら、欠伸をする。
「うぅーん!よく寝たあ!」
気持ちよさそうに体を伸ばし徐々に意識を覚醒させていく。
「ところで……ここどこだろう?」
少年は困惑したように言葉を漏らす。
なぜ自分が森の中にいるのか、分かっていないような顔だ。
「僕は……えーと、なんだっけ?たしか、こっちの世界に来て……こっちの世界?ん?ん?……なにか、なにかなんかやること、やらないといけないこと……あったような……」
曖昧な記憶を辿るように声に出していく。
別の世界からこの世界にやってきた。
そんな曖昧で不確かな記憶。
それだけが少年にとっての真実であった。
「なんか、やらなきゃいけない事、あったような?なかったような?」
額に手を当てる。
まだ寝ぼけているかのようにハッキリしない記憶。
「うん、なんも覚えてないなあ」
必死に思い出そうと一瞬努力したようだが、すぐにやめる。
不安になるどころか、記憶が無さすぎて空っぽ。そういった感じだ。
目的もやりたいことも、何者かも。何もかもが分からなくて空虚だ。
「とりあえず、歩くかな。なにか思い出すかもしれないし。」
ゆっくりと立ち上がる。
どうやら、森の中を少し歩くようだ。
歩きながら、自分の顔や体、まとっている服を入念に触っていく。
「うん、違和感は無いね。……自分の体、慣れた服って感じだ。……あとは顔確認したいなあ。」
少年の見た目は10歳ぐらいの男の子だ。
髪の毛は金色で、瞳は緑色。白いローブのような衣を纏っている。
だが、辺りに水面や鏡はなく、少年は自身の姿を確認できないだろう。
体の至る所をペタペタとまさぐるが、自分のことがわかるようなものは無い。
歩いて数分。
もちろん近くには木々が生い茂るだけで、これといって進展はなかった。
「なんも無いなあ、ここ。」
つまらなそうに呟く。
目を覚ましてから時間が経過したが、記憶が戻る様子はない。
「どーしよ、困ったなあ。」
何をしていいのか分からない。
何をしたらいいのかわからない。
ただ、漠然と落ち着かない気持ちだけがあった。
何かをしなければならないという使命感と裏腹に空虚な心。
変わらない景色。
踊らない心。
少年は座り込む。
「なんもわかんないんだけど!!!!どこここ!誰なんだよ!僕!何すんだっけ!!!うわああああああっ!!!」
不思議と湧いてくる苛立ちをそのまま声に出してみる。
地団駄を踏んだり、声を荒げたり出せる限りの感情が溢れてくる。
瞳には大粒の涙。我慢していたのだろうか。
それともようやく状況が呑み込めてきたのか。
ようやく少し不安という感情が出てきたようだった。
刹那。
大きな声を上げたおかげなのか、呼応するように森の奥から轟音が響く。
「……え?」
「どっわぁあああああっ!!!!」
なにかが近づいてくる大きな音とともに、女の子の悲鳴とも取れる声がこだまする。
「なにか、近づいてきてる?」
驚き警戒する少年。
だが、不思議と口角は上がっていた。
「もしかして、人に会えるかな!?それとも大きなモンスターとかかな!?」
ようやく起きた変化に少年はどこか嬉しそうに興奮している。
何かを思い出せるかもしれない。進展するかもしれない。
そんなところだろうか。
普通であれば、警戒し逃げる場面である。
そして、恐怖を感じ不安が強くなる場面だろう。
だが、この少年に至っては嬉しい、楽しいという感情の方が勝って見える。
「どいてどいて!!!そこの人!!!死ぬわよ!!!」
ようやく見えてきた人影。
赤い髪の少女。同年代だろうか。
腰に剣を携えた女の子が焦りながら、こちらへと走ってきている。
見るからに緊急事態なのだろう。
綺麗なドレスを木々にひっかけ破りながら全速力で逃げている。
「うぉおおおお!!!人だ!!女の子だ!!!」
どう見ても危険な状況。少年は視界にとらえた女の子にワクワクし、胸を踊らせている。
次第に轟音が強くなり、少女を追いかけている何かの姿も顕になっていく。
少女の後ろには大人の身長を軽く超えた巨大な虫が、何本もの足を前後に動かして迫ってきているのだ。
轟音の正体はどうやら強大な虫だったようだ。
「うわあああ!虫だ!!!大きな虫さん!!!すげえ!!!」
興奮するように虫を見て瞳を輝かせる少年。
瞳に映る全てが新鮮な様子だ。
「なななな!?なにはしゃいでるのよ!!!逃げるわよ!!!」
立ち止まって興奮している少年の腕を掴み走り出す少女。
「おわわわわわっ!?」
少年はいとも容易く少女に引っ張られる。
少女の力が並外れているのか少年の体は宙に浮いている。
「うわあ!君、力持ちだね!」
「はあ!?エーテル解放してるに決まってるじゃない!それより早く逃げるのよ!あんたも走って!!」
「どうして?」
「襲われているからよ!!!」
「なんで?」
「魔物だからよ!!!なに?あんた、なにも知らないわけ!?」
「あ、うん!記憶失くしたみたいでさ!」
「はいぃっ!?」
こんな緊迫した状況にも関わらず、マイペースに話す少年。
対照的に声を荒らげ混乱している少女。
いや、彼女の反応が普通だろう。
ーーーーーー。
巨大な虫のような生物。
少年が出会った少女は、魔物と呼んでいた。
少年と少女はなんとか茂みに飛び込み、魔物の襲撃から逃れる。
「見失ったのかな?可愛いね!」
「呑気ねえ、あんた。死ぬところだったのよ?」
遠目から魔物を眺め、興奮している少年。
少し疲れたように呼吸を整え呆れる少女。
魔物は辺りを見渡すかのようにその場から離れていく。
「ふぅ、行ったみたいね。」
ようやく安堵する少女。ふぅと息をすると緊張をほぐす。
「ね!!!!君はだあれ?なんでこんなところに!?その剣かっこいいね!髪も赤くて素敵!!魔物って!?エーテルってなに!?」
「ひとつずつ!!ひとつずつにしなさい!!」
ようやく安堵した少女に畳み掛けるように質問する少年。
彼の未知への興奮は今も尚高まっているようだ。
グイグイと顔を近づける少年を両手で押し返す少女。
初対面であるが、ふたりとも自然と会話している。
少年は気がついていないようだが、別の世界から来て、さらには記憶も失っているのに、会話出来ているようだ。
「ああ、ごめんごめん!ようやく人に会えたからさ!ワクワクしちゃって!」
「まあいいわ。私にも質問させなさい。あなたは何者?」
「何者だろうね?」
「ここで何を?」
「何してたんだろうね?」
「……名前は?」
「なんだろうね?」
「はぁ、ほんとに何も覚えてないの?」
「うん!なーにも!」
少女は一度質問をやめて少年を見やる。
整った顔立ちに、整った身なり。
見たこともない服装だが、育ちが良いことは一目瞭然だ。
「(どっかの貴族が頭でも打った?……それにしても怪我は見られないし……)」
少女は考えるように瞳を閉じて、顎に手を当てる。
「ね!君は!?」
そんな真剣な少女をよそに少年は飛び跳ねながら少女に質問を繰り返す。
「ねえ!ねえってば!僕も答えたんだから、教えてよ!!」
「うるっさいわね!!!わかったわよ。……で?なに?」
「やった!!!!」
少し苛立ちながら質問に答えてくれるようだ。
その答えを聞くと少年の表情はにこやかになる。
「質問その一!名前を教えて!」
「……し、シルビア……。」
「シルビアちゃん!」
「ちゃんはやめて。」
「じゃあシルビア!」
「うん、それでいいわ。」
「じゃあ2つ目!何してたの?追いかけっこ?」
「馬鹿じゃないの。魔物から逃げてたのよ。」
「ふむふむ!ならどうしてこんなところに?」
「目的があるのよ、あんたには関係ないわ」
「ええ!きになる!」
「いいから。他ないなら、私は行くわ」
「あるある!!いっーぱい、あるよ!!!」
「まさか着いてくる気?」
「うん!暇だし!」
「もういいわ、勝手になさい。さっきみたいに助けないからね。」
「ん?ああ、うん!大丈夫!多分僕、魔物さん倒せるよ?」
「エーテルのことも、魔物のことも知らないあんたには無理よ。」
「じゃあさ!魔物倒したら他にも教えてくれる?」
「まあ、ここじゃあリベレイトも使えないし倒してくれるなら助かるけど」
「じゃあ決まりだね!僕が魔物倒して、君に協力する!!」
「はいはい。まかせたわよ。」
どこか自信がある少年。
呆れたように対応するシルビア。
2人は森の中を再び歩き始める。
ウキウキでシルビアのあとを着いてくる少年。
「ほんとに着いてきたわね」
後ろを振り返ると少年がにこにこしながら手を振ってくれる。
「はあ、大丈夫かしら。」
シルビアは少年をアテにするどころか足でまといにしか思っていない様子だ。
当然と言えば、当然だ。
記憶喪失の呑気な少年。
今のシルビアから見れば、目的のために邪魔な存在だろう。
だが、何を言っても着いてくるだろうし、置いていって魔物に襲われたら大変だ。
仕方なく同行させたということだろうか。
ーーーーーーー。
しばらく歩き進めていると再び轟音が響く。
「……くる!」
シルビアは瞬時に茂みに隠れて息を潜める。
少年に構っている暇はなかった。
それだけかなりのスピードで襲ってきているのが、振動でわかったからだ。
だが、少年は違った。
「やっと、来てくれたね。」
少年はそのまま待ち伏せするかのように立っている。
「あのバカ!」
シルビアが焦ったように、少年に近づこうとする刹那、魔物が少年の頭上を飛び上がり現れる。
「危ない!!!」
シルビアの警告は届かず、少年はそのまま姿を消す。
「……うそ、死んじゃった?」
シルビアが恐怖に怯えている。
目の前でひとが魔物に殺された。
簡単に踏み潰され、命を落としたのだ。
じわりと心を締めつける。
もう少し自分が少年に目を配っていれば助けられたかもしれない。
そんな後悔が遅れてやってくる。
「ごめん……なさい。」
彼女の後悔が頂点に達し、膝をつく。
もうどうすることも出来ない。
魔物は危険だと分かっていたはずなのに。
刹那。
魔物が動きを止め、身体を震わせる。
ガタガタと震え、体の一部から紫色の瘴気が溢れ出す。
「よいしょー!!!」
その瘴気の中からは、なんと少年が余裕そうな表情で飛び上がって出てくる。
突き上げた拳で、魔物の体を貫いたようだ。
「……え?」
シルビアはあまりにも理解できない光景に涙と後悔が止まる。
魔物は泣き叫ぶかのように煙となって消えていく。
少年は無傷で地面に着地し、シルビアにブイサインをする。
「えっへへ!倒したよ!魔物!」
「えぇええええええっ!?」
にこやかに微笑む少年。
驚愕するシルビア。
森の中に彼女の声が響き渡ったことであろう。
全く何も分からない世界での出会い。
少年はどこから来て、なんのためにこの世界に来たのだろうか。
なにも記憶を持たない少年はこの先どうなるのだろうか。
物語は始まったばかりである。
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