6割ちょっとは、誰も知らない

@heatless

第1話 汽車は盗まれ、たなびく煙よ、全天体は逆行する

アカデミーに向かう途中の汽車で乗り合わせた男女は、くたっとした制服に飽きて、着崩す者もいたが、抱き合うカップルもいて、風紀が乱れた様子が明らかに読み取れた。

占星術を専攻する澤田角行さんは、テキストの分厚さを枕にして、身体を座席に横たえ、いびきを掻いて居眠りを決め込んでいた。

「なぁ、おい、この車両だけ、昨日と違わなくないか?」

ムスカ=スートラくんは、澤田を抱き起して、異常を告げていた。

「ぐーぐー、zzz、ZZZ」

おれの話をちょっとは聞けっつうの、という言葉を呑み込んで、呆れ果てた。

「そうだよな、このページの熱すぎる魔方陣が、く~~~たまらんねぇ」

胸を膨らませて唸る露出度が明らかに高い女生徒は、この車両では紅一点と云ってもよかった。

セクシーすぎるというか、視線を否応でも集めるところは不注意に過ぎた。

「ムスカよ、いいか、これは古代の幾何学なのだよ」

「わかってるよ」

他方、禅を組むのは、ダルマ大師を夢見て、留学してきたクウヤである。

「ニャーオ、グルグル」

クウヤは、黒猫がくびの辺りを舐めようと、無の境地で意に介さない。

「クウヤさんか、そうか、この汽車は壊れてねぇか?」

ジャマンサは、年相応とはいえず、大柄な背丈とは裏腹に、機械研究では主席で表彰されるほどのオタクだった。

シュポーー!!と、汽笛を鳴らした車両は、ガタンゴトンと、いつもの路線図と違った方向に走り始めて、大きく傾いて急勾配きゅうこうばいで揺れた。

「うわぁぁぁ」

魔法学園の生徒たちは、一同に片方に転がって、驚いた拍子に叫び声を挙げる。

そして、車内放送が流れた。

「2051号の列車は、われわれ、<世界の銃弾>が盗んだ!それがわかれば、騒がず、大人しく従うんだ!」

ムスカは、落ち着いて、女生徒のアンドロに囁く。

「最近、頻発している列車ドロだ」

「列車を奪ってどうすんだよ、おれというお姫さまを誘拐しろよ」

黒猫がクウヤの鞄の中に逃げ込むと、ムスカは尋ねた。

「ダルマ大師、この先、おれたちは逃げも隠れもできない・・・!」

「一難去って、また一難と読むね」

「坊主は黙ってろ!このままじゃ、教室に辿り着けねぇ。それどころか、帰る家もねぇ!おれたちに、出家でもしろってのかよ」

「zzz、ZZZ。ぐーー」

全員が、まったく、うるせぇと志を同じくしたとき、機工のジャマンサが、車窓を開けて大声で叫んだ。

「だめだ!この車両、逆行してる!」

クウヤも瞬間的に焦って、

「対向車線に機影があるんじゃないか?」

路線を変えた汽車は、速度を上げて、煙をたなびきながら、暴走特急に変わり果てた。そして、列車強盗に遭って、学童たちは、脱線を覚悟した。

ムスカが「いいか、みんな頭を抱えて、座席の下に潜り込むんだ!」

「おい、寝てる場合じゃねェ。起きろ!それしかねェー!」

アンドロが澤田さんを叩き起こすと、

「う、うーん。そうか、召喚魔法より、きょうのテストは、移動魔法だったな」

眠気まなこで、分厚いテキストに十字架のような紋章が描かれている。車窓から吹き込む風が、ページを大急ぎでめくっていく。

澤田さんは「ワームホールに突入するときに、この魔法を唱えるとだめなのか・・・」

唱えんじゃねぇぞ、唱えんじゃねぇぞ。一同の心の中に、邪心が宿っていた。

「全テノ魔方陣ヨ、来タリテ我ニ力ヲ!アッカド、ドドーハ!」

そのとき、車両が虹の空間に包まれて、魔法学校の生徒は異世界に消し飛ばされてしまった!

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