アンデッドに転生した俺が不死者の王になるまで

ウォンバットのデカケツ

第1話 キタロー 死す

 この光景に人々は恐れおののくだろう。 

巨大な城壁は民衆から畏敬の念を集めており、如何にその城主が巨大な力を持っているかを誇示こじしている。

おびただしい数の兵士で城内は埋め尽くされ、今にも敵を殲滅せんめつせんとする闘志にあふれているようだ。


 城門から長い城下町をまっすぐ進むと兵士たちが集まる広場へとたどり着く。スケルトン、ゾンビ、多様な魔物達が集まった巨大な広場の最奥さいおうには絢爛豪華けんらんごうかな玉座とそれを囲むひと際異彩を放った配下たち。

中心の玉座に座るのがこの俺だ。


ある者は文書にこう記した――『人ならざる者』

また、ある者は民衆にこう吹聴ふいちょうした――『外道なクズ』

また、ある者は陰でこう非難した――『世紀の大詐欺ペテン師』


そして、ある者は俺のことをこう呼んだ――


不死者アンデッド王様キング



* * * * * * * * * * * * * *



「環境キャラばっか使いやがってクソゲーがよ!」

「聖騎士だのソードマスターだのキラキラした奴ばっかりが強くて何が面白いんだよ」

 

 俺の名前は神室喜太郎かむろきたろう。現在フラストレーションが溜まりに溜まっているが、決して普段から荒れた性格なわけではない。むしろ、教室の隅っこで身を潜めている闇の住人である。さながらアサシンのように。

 いや、アサシンもかっこよすぎるんだよな。不意打ち・フェイント・ヒットアンドアウェイを用いて相手を翻弄する搦め手のエキスパート。パワーでゴリ押ししたところで暖簾に手押しである。相手にしていてイラついて仕方ない。というか、衣装も優遇されすぎだろ。海外の忍者人気の火は衰えることなく、もはや忍んでいないだろと感じるド派手な装飾に包まれたアサシンのスキンもよく目にする。そもそもこのゲーム、キャラごとのパワーバランスが崩壊しててユーザーは満足なプレイ体験を得ることが出来ていないんじゃないか?運営はこのゲームをプレイしたことないんじゃないの?はークソゲーやってらんねー

 と長々と愚痴をこぼしていないとやってられない。


 連日連夜れんじつれんやイベントクエストに時間と体力を捧げたせいだろう、感情の起伏きふくが激しくなっていた。長い溜息をつくと、喜太郎はまたパソコンに向き合った。


「もう一回やるか」


 LoG(Legend of Grimoire)は俺がただ一つ取柄とりえといえるほどやり込んだMMORPGである。剣と魔法のファンタジー世界を舞台に、様々な種族とクラス(主に戦闘向きの職業)を選べる自由度の高さが売りの大人気ゲームである。

 文句を言いながらもゲームをプレイし続けるのは、ある種の依存のようなものがあると自覚している。

 俺、神室喜太郎は小石を投げれば当たるような普通の大学生だと自負している。周囲の大人たちからはおとなしく真面目で素直な子といった印象を持たれてる。しかし、それには誤りがあり俺には真剣になれるものも熱中できるものもなく、ただ両親や周りの大人の言うことに従っていただけである。

 人並みに勉強をして、人並みに友達と遊び、それなりに楽しくはあったが、どこか満たされない精神的な空腹感のようなものがあった。


 ぐうぅ~


「いや、流石に何か食べないとな。買い出し行くか」


 既にストックしているカップ麺・その他食糧は底をついていた。三日三晩家にこもっていたのだから仕方ない。近所のコンビニまでは徒歩10分強、不摂生な生活を続けてきた身体では少し躊躇してしまう運動量だ。

 時刻は深夜2時を過ぎたくらいだろうか、辺りは真っ暗だが少なめの街灯を頼りに田舎道を歩いていこう、と覚悟を決めて外出の準備を始める。

 着の身着のまま家を出ると冬の風が吹いてきた。この前まで熱帯夜に悩まされていたはずだが、時の流れは早い。数日ぶりの外の空気に思いを馳せていたらあっという間に目的地にたどり着いていた。


「いらっしゃいませー」


 慣れた手つきでお菓子・カップ麺・お弁当を物色していく。飲み物も忘れてはいけないな、水道水では久々の食事が味気なくなる。2リットルのお茶も買っておこう。そんなことを考えながら最奥の飲料売り場でしゃがんでいると、後ろから怒声が聞こえてきた。身体がビクッとして振り向くとお菓子売り場越しにレジ前で店員と揉めている客であろう男の後ろ姿が見えた。


「ココ金イレロ!コロスゾ!」

「ひっ…!?」


 怒声の主は片言の日本語で店員に詰め寄っている。遠くからなのでよく見えないが右手には折り畳みナイフが握られているようだ。


「強盗? 強盗なんてネットニュースでしか今日日きょうび見ないぞ」


 平常心を保つために出来るだけ俯瞰ふかん視点でものごとを見てみたが、心臓はバクバクと音を立てている。教室にテロリストが襲撃したらどう対処するか中学生のころに考えていた身としては不謹慎ふきんしんにも興奮が抑えられない。しゃがんでいたこともあり、幸い強盗犯はこちらに気付いていない。しかも、完全に背後を取れる位置にいる。


千載一遇せんざいいちぐうのチャンスとはこのことだろうか、ここで僕の人生はガラリと薔薇色に変わるんじゃないか?」


 やれヒーローだ救世主だと、もてはやされる未来がすぐそこに来てると口角があがる。


「いやいや、集中しろ喜太郎。最悪あのナイフで刺されるんだぞ。絶対に失敗してはいけない。ちょうど手元にある2リットルのペットボトルを頭に直撃……そのあとは押し倒してしまえばなんとかなるはず、たぶん」


 一歩、また一歩ずつ強盗犯に近づいていく。今だけはあのいままわしきアサシンのように、抜き足差し足。


「しのビッ」

「アッ……」


 ドスッ


 世界が静止したような感覚におちいる。状況を整理することができない。いや、状況を理解したくないのかもしれない。

 強盗犯と至近距離で目が合っているこの状況。


 そして、己の胸に深々と刺さりナイフののみが視認できるこの状況。


 勢いよく飛び出したはいいものの、運悪くこちらを振り向いた男にそのまま抱き着いてしまったのだ。当然その手に握られていたナイフもまたこちらを向いていた。


「~~~~!!!」


 心臓からあふれ出す大量の血液とその熱と激痛が走り、視界がぐらぐらと揺れはじめた。熱い?寒い?痛い、気持ち悪い。



――こうして俺、神室喜太郎の生涯は終わった。



* * * * * * * * * * * * * *



「……?」


「……うーん、何が起きた?」


「というか、あれからどうなったんだ?ナイフで刺されたんだよな。ここはコンビニ……? 天国にもコンビニはあるんだなぁ」


 いや、そういうわけではないようだ。この場所は普段使っている近所のコンビニ、先ほど強盗に刺された場所に違いない。


「ははーん、つまり今の俺は魂だけの幽霊になっているってことだな」


 考えるまでもなかった、なぜなら目の前にいるのだから――コンビニの床に血塗れで倒れている神室喜太郎が。


 俺という想定外の人物の行動に困惑した犯人は、その直後に勇気ある店員のタックルであっさりノックダウン。通報にかけつけた警察官によってあえなくお縄についた。

 とても鮮やかな手際であり、それぞれが己の役割を果たした結果であった。ただ一人を除いて。いや、皆の中に強盗犯もカウントすべきなら二人。


 俺は何をした?何もなし得ていない。あの時無謀にも飛び出して行かなければ店員が犠牲になっていたか?そんなことはないだろう。

 誰も傷つくこともなかったのだ。余計なことをした。無意味なことをした。


「振り返ってみればこれまでの人生こんなことの連続だった気がする。バスでおじいさんに席を譲ろうとしたら、老人扱いするなと怒られたし、公園で泣いている子供を慰めようとしたら、親御さんにガチめの警戒をされたこともあったな」


 気を遣っているはずが他者へ迷惑をかけていた思い出が浮かび、自責の念でいっぱいになった。


「死んでも死にきれないな……そりゃ成仏できないわけだ」


 と、その時どこからか強い力でグイグイと引っ張られる感覚があった。


「な、なんだ?」


 引っ張る力は乗算的に強くなり、コンビニから屋外の闇夜に追い出された。


「ちょっと待てって!!少しくらい感傷に浸らせろよ!こっちは初めて死んだんだぞ!!」


 こちらの言い分など関係なく謎の力に吸い寄せられていく。見慣れた景色は次々と移り変わり、もう1kmは引き摺られている。霊体だからか痛みは感じないが、成す術もない現状に困惑する。そうこうしていると、視線の先に光り輝く球体があった。


 テンプレートな占い師が使ってそうな水晶玉のような球体が元凶であることは明白だった。

「くっそおおお!意味分かんねぇよ!」



――今度こそ正真正銘、神室喜太郎がこれまで生きてきた世界での人生は終わりを迎える。

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2025年1月8日 00:00
2025年1月15日 00:00
2025年1月22日 00:00

アンデッドに転生した俺が不死者の王になるまで ウォンバットのデカケツ @osushimogumogu

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