第35話 文化の違う食事

「お待たせいたしました」


 二十分程してから、俺達のテーブルに料理が運ばれる。

 正直、何を食べればいいのか分からなかった。


 幸い、異世界の言葉は分かった。

 もし分からなかったら、生活に支障が出ていただろうが、無事に安堵する。


 そうして俺はミュシェルに食事を選んで貰い、ようやく運ばれたのだ。

 とは言え、運ばれて来たものは、少しだけ意外だった。


「やっぱりこのお店のパスタは、いつもいい香りがしますね」

「そうだな。確かに美味しそうだけど……」

「それでは、食べましょうか」

「ああ、それはいいんだけどさ。ミュシェル……」


 俺は歯切れが悪かった。

 けれど勇気を出して口を開くと、ミュシェルは不思議そうに首を捻る。


「どうかしましたか、カガヤキさん?」

「まあ、どうかしたって言うか、なんって言うか、珍しい組み合わせのパスタだなって」


 俺は勇気を出して口走る。

 もちろん、悪気があった訳では無いし、食べられないとかじゃない。

 むしろとても食欲をそそり、普段見ないから物珍しいだけだった。


「このパスタ、ソースがなにも掛かってないけど、ペペロンチーノだっけ?」

「いえ、違いますよ」

「そうだよね。確かクリームパスタだったよね?」

「はい。正確には、ロールキャベツのクリームパスタですけど」

「ロールキャベツの……じゃあ、俺の目に映るこれは、なにも間違ってない訳だ」


 運ばれてきたのは丁寧に盛り付けられたパスタ。

 もちろん、ただのパスタと案ずるのは早い。

 パスタ麺の上には、大き目のロールキャベツが一つ、ポツンと鎮座している。


 まるでこれ見よがしにだ。ロールキャベツが主役だと思わされる。

 けれどテーブルに置いてあるメニュー表をもう一と見ると、“パスタ料理”と記載されている。

 カテゴリー的には、パスタメインなのだろうが、残念ながらクリームも無ければ、ロールキャベツに主役を奪われていた。


「こういうものかな?」

「もしかして、お嫌いでしたか?」

「いや、それは無いよ。それは無い」


 不安そうにミュシェルは訊ねる。

 いいや、違う。俺はパスタは好きな方だ。

 手軽だし、食べやすく、様々なバリエーションを可能にしてくれる。


「もしかして、クリームが何処にあるのか気になっているんですか?」

「もちろん、それが一番だよ」

「ご安心ください。私が食べてみせますね」


 ミュシェルはナイフとフォークを手にした。

 早速ロールキャベツに手を付けると、フォークで押さえつけ、ナイフで切る。

 すると、柔らかいキャベツを使っているのか、ホロリと崩れ、ロールキャベツが開かれた。


 トロッ


「えっ!?」


 俺は驚いて立ち上がってしまった。

 ロールキャベツが切られると、中が開き、とろーりとしたクリームチーズがダムの放流のように流れた。


「すごっ、メッチャ映えるな」

「映える?」

「評判良さそうってこと。なるほど、確かにそのパターンは一番に考えるべきだった……しかも、そぼろまで入ってたんだ」


 ロールキャベツの中にクリームチーズを隠しておく。

 確かにそれは一理も二理もある。

 圧倒的なワクワク感に、客が自分でパスタを完成させる満足感。

 どちらも相まって、俺は映えを感じた。


「そぼろですか?」

「そう、そぼろ」


 まさかのボロネーゼ風だった真実に、俺は驚く。

 正直、カルボナーラ系だと思っていたが、そんな浅はかな考えは払拭。

 早速俺もナイフを突き付けると、ミュシェルは呟いた。


「このそぼろ、子牛の脳みそを使っているんですよ」

「……ん?」

「珍しいですよね。でも、これがいいアクセントになって……どうかしましたか、カガヤキさん? 今度は顔が青ざめて。ナイフを持つ手から力が抜けていますよ?」


 俺は持っていたナイフを滑って落としそうになる。

 まさかそんな素材を使っているなんて。

 食べる前から食欲が失せた。


「もしかして、子牛の脳みそを食べるのは、初めてですか?」

「まあ、普通初めてだと思うけど?」


 正直、偏見が大きく入っている。

 子牛の脳みそだって、食べれば美味しい筈。

 ただ分化が違うから食べ慣れていないだけ。なのに俺は食べる前からアウト。

 手が止まってしまい、申し訳ない気分になる。


「食べられないのでしたら仕方が無いですね」

「ごめん」

「大丈夫ですよ。でも、一口だけ挑戦してみませんか?」

「挑戦って……はぁ、あむっ」


 俺はフォークでパスタを丸めると、口の中に押し運んだ。

 柔らかすぎない麺の硬さ。加えて、濃厚なクリームチーズの風味。

 ロールキャベツのシナシナ感が相まって、俺の口の中に旨味が広がる。


「えっ、美味い?」

「それはよかったです。そぼろはどうですか?」

「……悪くないかも?」


 正直、そぼろを食べている感じはしない。

 むしろクリームチーズとキャベツに呑み込まれて消えている。

 俺はこれでいいのかと思いつつ、次へと口に運んだ。普通に美味しくてびっくりだ。


「食べられますか?」

「うん、食べられるかも」

「よかったです。ここも私の行きつけのレストランなので、気にいって貰えたらなによりです」


 ミュシェルは自分のことのように嬉しくなった。

 ウットリとした笑みを浮かべられ、俺も何となくパッと明るくなる。

 やっぱりミュシェルは只者じゃない。そんな気がしてしまうと、勇者パーティーのメンバーの肩書がますます俺を圧した。

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