第26話 往来でひったくりなんてバカだろ

「さてと、カガヤキさん。そろそろ私、父の所に顔を出してきますね」

「うん、それが目的だったんだろ?」

「はい。くれぐれも、私が戻るまで、騒ぎを起こさないでくださいね。絶対ですよ、絶対!」


 ミュシェルはベンチから立ち上がると、紙コップを潰した。

 如何やら父親の下に向かうらしい。

 俺は手を振って見送ると、何故か念押しをされてしまう。


「ミュシェルは俺のお母さんか」

「お、お母さん!?」


 ミュシェルは顔を真っ赤にした。

 もしかして気恥ずかしかったのだろうか?

 アニメの中でしか見たこと無い顔をされると、なんだか貴重な物を見た気がして面白い。


「う、ううっ。こほんこほん。冗談はさておき、本当にお願いしますね」

「分かってるよ」

「本当に絶対ですよ! 私もできるだけ早く戻りますから」

「そんなに急がなくていいのに」


 ミュシェルは全力で念押しを繰り返した。

 流石に子供じゃないんだ。言われなくても問題を起こす気はない。

 ましてやこの格好だ。下手な真似をすれば、痛い視線と石が飛んで来る。


「それにしても暇だな。なにかないかな?」


 俺はヘッドホンのボタンを押した。

 ダイヤルをクルクル回してスクロールすると、友人A雷斗が入れてくれたアプリを探す。


「簡単なゲームくらいしか無い……ん?」


 俺はトランプゲームでも一人でしようかと思った。

 だけど視線がバイザーの右上に向く。

 緑の点滅とオレンジの点滅が光っている。

 間違いなく、カメラとマイクがONになっていた。


「また勝手に配信が始まってるのか。一体誰の仕業だ?」


 もしかすると、このヘッドホンの寿命かもしれない。

 壊れていてもおかしくは無く、後で修理が必要だ。

 とは言え、工具は持ち合わせていない。

 工具が無いと、流石の俺でも直せないので腕組をして考えると、近くで悲鳴が聞こえた。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「チッ、おい、お前ら退け!」


 悲鳴が上がったので、俺の視線は吸われた。

 もちろん周りにいた人達の視線も奪われると、中年の女性がやんちゃそうな男性に襲われたらしい。

 男性の手には女性ものの鞄が握られていて、ナイフをちらつかせながら、周りを脅して逃げようとする。


「げっ、こんな往来でひったくりかよ。関わらない方が……いや、今の俺なら止められるか」


 普段の俺なら関わり合いになろうとはしない。

 けれど友人A&Bなら、構わずに突っ込む。

 何度も巻き込まれて来たんだ。流石に慣れているせいか、俺だけは余裕な面持ちがあり、カガヤキになっていることもあってか、妙に強気になれた。


「仕方ない……おい!」

「うわぁ! な、なんだよ、お前!」


 俺は点数稼ぎじゃないけれど、とりあえず止めに入った。

 いよいよ転移者らしいギリノーマルなイベントに遭遇する。

 ここまで一日かかった。俺は威圧的な態度を取ると、男性に向かって言い切る。


「往来でひったくりなんて真似、止めた方がいいぞ」

「な、なんだよ、お前! 引っ込んでろ」

「今ならまだ未遂で済む。警察があるか分からないけど、捕まるぞ?」


 まだ未遂で済む。これだけなら、まだ助かる。

 俺は説得では無いが、分かり切っていることをマジレスして伝えると、男性は怒りを表す。


「う、うるせぇ! そこを退きやがれ」

「退いてもいいが……」

「あー、邪魔だ退けろ。退け退け!」


 ナイフを突きつけ、俺のことを脅す。

 けれど俺は一切臆さない。何せ魔王からの勇者パーティーを経験したんだ。

 今更ひったくり犯で驚いていられない。


「ふん、じゃあ通れよ」

「な、なんなんだよ、お前。ぐへっ!」


 俺はわざと男性に道を開けてあげた。

 けれど俺の脇を通り抜けようとした瞬間、伸ばした脚に躓く。

 簡単に転んでしまうと、俺は地面に転がった鞄を手に取る。


「はい」

「ああ、ありがとうございます。なんとお礼を言ったらいいか」

「お礼なんて要らないよ。それより、鞄の持ち手は、しっかりと握っておくこと。いいな」

「は、はい」


 俺は女性に鞄を返す。

 恐れながらだが、感謝をされると、なんだか気持ちが良い。

 なのに魔王っぽい格好をしているせいか、変に威張ってしまう。

 ダメだなと思いつつも、腰に手を当て威厳を抱くと、転ばされた男性は苛立つ。


「なんなんだよ、お前。邪魔なんだよ!」

「そうか、悪いな」

「チッ。だったらお前を殺して!」

「殺される気は無い。とっとと行け」


 俺は威圧を放つと、男性は持っていたナイフを落とす。

 全身がブルブル震えると、足が竦んで歩けなくなる。

 顔色が青ざめると、喉を潰されたみたいに息ができなくなっていた。


「がっ、あっ、あうぅ、なんだよ。なんなんだよ。お前!」

「俺は通りすがりだ」

「そんな恰好で通りすがりがあるか! はっ、さてはお前、噂に聞く魔王だな! そうに違いない」

「はい?」


 あまりにも軽率な判断で、人を見た目だけで判断していた。

 腰を抜かして俺に指を指すと、口をパクパク金魚みたいに動かす。


「そ、そうだ。エルメールの近くには、邪炎の森がある。その中には魔王城があって、炎の魔王が住んでいるって噂だ。お前、炎の魔王だろ!」

「なに言ってるんだ、お前? 俺が魔王に見えるのか」

「その角と服が証拠だ。でないと、俺が負ける訳が無い! そうだ、お前は魔王だ!」


 男性が俺のことを魔王だと決めつける。

 また面倒なことになったと内心思うが、とりあえず人助けはしたんだ。

 ひったくり犯とそれを止めた俺。どちらが正しいかは明らか。

 そう思ったのも僅かで、周りにいた人達の顔色が変わる。


「ま、魔王だって?」

「今、魔王って」

「そうだ。確かにあの強さ、魔王以外にはあり得ないだろ」

「そうだ、そうだそうだ。あの格好、あの角、あの男、俺達を騙そうとしている。そうだ、そうに違いない」


 ヤバい。とんでもなくヤバい。

 最悪の事態に発展してしまった。

 やっぱり面倒な事に関わってはいけなかった。俺はそう思うももう遅く、ギラリとした赤い瞳が俺のことを畏怖していた。

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