第25話 職権乱用な商売

「はい、毎度―」

「いつもありがとうございます」


 ミュシェルは広場でやっていた屋台で買い物をしていた。

 親しそうに話す後姿はとても楽しそう。

 俺は近くのベンチに座って待っていると、両手に飲み物の入った紙のコップを持って、小走りで戻って来た。


「カガヤキさん!」

「ミュシェルか。なんで二人分?」

「はい。どうぞ、私がよく利用させて貰っている、行きつけの屋台のジュースです」

「へぇー。おっ、オレンジだ。……うん、酸味が少なくて飲みやすい」


 酸味が少なくて舌触りもいい。かなり良いオレンジを使っている証拠だ。

 飲みやすくて喉をスッと通り、俺は胸をソッと撫でた。


「うん、美味しい」

「そうですね。でも、最近売れ行きが悪いみたいなんです」

「そうなんだ。原因は?」

「見ての通りです」


 ミュシェルは広場に居る他の人達の手元を見る。

 俺も視線を追っていくと、みんな紙コップを持っている。

 ストローが刺さっていて、自然と意識が引かれてしまうが、問題は紙コップの蓋だ。

 ミュシェルが買ってくれた屋台のものとは、色が違う。


「別の店が台頭しているってことか」

「そうなんです。しかも、その屋台を斡旋したのは、最近この街の領主の下で働き出した方なんですよ」

「なんだか、政治的圧力を感じるな。職権乱用なんて真似、やっていいこと?」

「本当はダメなんですけど、優秀な方なのでなかなか文句も言い出し辛くて」


 異世界らしく、領主が街を運営している模様。

 つまり、領主になった貴族が、街の実権ある程度握る形になる。

 この街の豊かさを見るに、領主である貴族はさぞ人望に厚いのだろう。

 けれど、その下に付いている人がいくら優秀でも、根回しや実権を乱用し出すと、たちまちボロが出るのだ。


(信頼を踏み躙ったら、必ず叩かれるのが、どんな世界でも常か)


 俺は再びオレンジジュースを飲んだ。

 同時に、視線を脇目に少数派なことに気が付く。


「ちなみにミュシェルは、別の屋台の飲み物は飲んだことがあるの?」

「いいえ、ありませんよ。ただ、赤い液体だったことは覚えています」

「赤い液体? イチゴでも使ったのかな?」

「それは分かりませんが……買ってみますか?」


 ミュシェルは調査のつもりで呟いた。

 指を指していて、ミュシェル行きつけの屋台以外にも、もう一つ屋台が建っている。

 列ができており、老若男女問わず、同じ飲み物を買っていた。


「みんな買ってるな」

「そうですね。ですが私は、いつものジュースの方が好きです」

「確かに。結局定番で素朴な味が、一番ありがたいかもしれない」


 ジュースに手を付けながら、ベンチでしばしの休息を取る。

 そんな中、俺はカガヤキの特徴か、嫌な感じがした。

 しかも一つじゃない。複数の悍ましいものを感じ取る。


「ミュシェル、変な感じしない?」

「変な感じですか? そうですね。私には分かりませんが……」

「ってことは、よっぽど隠すのが上手いんだ。まあ、下手な真似しない限りはいいけどさ」


 俺は周囲の人達の目を見る。

 一瞬だが、全員の視線が俺とミュシェルに集まっていた……気がする。

 しかも瞳の色はカラコンでも付けたみたいに真っ赤で、不気味だったのだが、ミュシェルには言わなかった。

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