第22話 街に行ってみたい

「美味しい……」

「こっちも美味しい……」


 テーブルに並べられたシチューとサラダ、それからパン。

 俺とミュシェルの二人で作ったものだが、なかなかに美味しい。


「上手だね」

「本当に料理できたんですね」


 ミュシェルが作ってくれたクリームシチューは濃厚で美味しい。

 舌触りもよく、口の中いっぱいにクリームの芳醇さが広がる。

 ゴロリと入った野菜や鶏肉も食べやすく、俺は食べて納得した。

 ミュシェルはか・な・り・育ちがいい。


「このサラダ、どうしてこんなに美味しいんですか?」

「それは、新鮮な野菜だからだろ?」

「そうではなく、この味付け。ドレッシングが違うんでしょうか?」


 特にこだわって作った訳じゃない。

 食材を見て、無難な調味料を使った。

 西洋系のせいか、醤油とか味噌は無い。

 和風や中華系は作れなかったので、簡単なものを作ってみたが、充分味を引き立ててくれたらしい。


「それにこのパン。表面が炙ってあるんですね」

「その方がパリッとして、中のフワフワ感と合わさって、旨さが倍増するだろ?」

「本当に料理ができるんですね。意外でした」

「なんで意外なんだよ。まあいいや、とりあえず食べよ……あっ!」


 俺はスプーンを使ってシチューを口に運ぼうとする。

 不意に脳裏に浮かんだせいか、手が止まる。

 ミュシェルの顔を見ると、瞬きをされてしまった。


「な、なんです?」

「ミュシェル、ここから一番近い街って?」

「街ですか? それでしたら、エスメールがありますよ」

「へぇー、エスメール? エスメール!?」


 その名前、昨日聞いた。確か、ミュシェルの名字の筈だ。

 こんな偶然あるのだろうか?

 いや、異世界なんだから、街と同じ苗字なんて絶対にある。

 いちいち気にしないことにし、あえてスルーすると、ミュシェルは心配そうに俺を見ている。


「なにかな?」

「い、いえ、なんでもありませんよ。ところで、カガヤキさん。カガヤキさんは、街に興味があるんですか?」

「興味って言うか、まあ当然あるよ」


 異世界に来た事実を受け入れたので、俺は街に行ってみたい。

 異国の地で、情報を一番に収集できるのは街だ。

 街に行けば、絶対に面白いものも見られる上に、情勢もある程度見えてくる。

 忘れがちだけど、異世界転移したのなら、街に度々行き来した方が、何かと都合がよかった。


「エスメールか。行ってみようかな」

「ぶっ! い、行かれるんですか!?」


 ミュシェルは飲み物を喉に詰まらせる。

 俺が街に行くのがそんなに意外だったのか、慌てた様子で止める。


「行くけど、なにかあるの?」

「あ、あの、その……その格好でですか?」

「この格好でだよ。問題は……あるか」

「ありますよ! 今のカガヤキさんの格好は、事情を知らない街の人が見たら、魔王が攻めて来たと思われても不思議じゃないんですよ!」


 確かにこの格好で行くのは非常にマズい。

 街の人達と仲良くするどころか、石を投げられるのがオチだ。


 だけど街に行かないことには何もできない。

 新しい服を買いたくても、街に行かなければ買い物もできない。


 さてさて如何するか? 俺は腕を組んで考える。

 楽しい朝食の筈が、面倒なことに頭を使う羽目になる。


「なんとかならないかな?」

「あの、それでしたら私と一緒に行きますか?」

「えっ、いいの?」


 ミュシェルからの思いがけない提案。

 これは乗るしかない。俺はミュシェルの顔色を窺う。


「はい。私も街に戻らないと、父に心配を掛けてしまうので」

「ってことは、ミュシェルはエスメールに住んでるんだ」

「はい……あの」

「それじゃあ、頼めるかな? 俺のエスコート」


 俺は空気を読んであえて何も言わない。

 下手な詮索をして、ミュシェルの機嫌を損ねても面倒だ。

 乗り掛かった船を絶対に手放さないようにすると、ミュシェルは目を見開き顔を赤く染める。


「どうしたの、ミュシェル。熱でもあるのか?」

「い、いえ、なんでもありませんよ。それより朝食が済み次第、すぐに行きましょう。朝は早いうちの方が、街中を歩く人達も少ないでしょうから」

「分かった。それじゃあ急ごうか」

「ゆっくり噛んで食べてくださいね」

「はいはい」


 ミュシェルはテンパって可愛かった。

 その反動か、まるで母親ような対応を見せる。

 二転三転、色んな色が見えて楽しいと思いつつ、街に行くことへのワクワク感も相まって、一瞬の気の迷いも消えてしまった。エスメール、どんな所だろうか。今から楽しみ過ぎてスプーンが熱くなった。

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