第16話 やっと人間だって証明したぞ!

「な、なにをしているんですか!」


 ミュシェルは突然の俺の奇行に驚く。

 それはそうで、俺だってこんなことしたくなかった。

 自分から唇を噛むと、避けた唇から、血が垂れる。幸い少なかったから良かったけど、真っ赤で清潔な血が流れた。


「ほら、俺は魔族じゃ無いだろ?」

「だ、だからって、自分から怪我を負わなくても……でも、本当に貴方は」

「だから何度も言ってるだろ。俺は、魔王じゃないんだって!」


 必死の訴えで、俺は信じてもらう。

 あまりにも切羽詰まっていたせいか、ミュシェルの顔色が変化。信じないとヤバそうな空気に発展すると、ミュシェルは首をブンブン縦に振る。


「わ、分かりました。と、とりあえず、治療させていただけますか?」

「治療? ああ、さっきのね。いいよ」


 ミュシェルは見た目から何から、女神官だった。

 つまり、回復屋ヒーラーってことになる。

 実際、俺の目で確かめたので分かるが、とんでもない腕なのは間違いない。


「本当に魔族で無ければ、安心して……主よ、我が祈り捧げ、聖なる光でかの者を癒したまえー聖癒」


 ミュシェルは恐る恐る魔法を唱えた。

 ユキムラを治癒した時と同じ色の光が、俺のことを包む。

 もし俺が、本当に設定だけなら、この魔法を受けても問題ない筈。とにかく信じるしかないと思い、身を預けると、唇の傷がドンドン塞がる。


「おっ、本当に塞がった」


 俺は驚いた。これが癒しの魔法。

 攻撃するよりよっぽどいいと思いつつ、ミュシェルに感謝を伝えようとした。


「よかったです」


 ミュシェルは安心したように、息を整える。

 先に安堵したのは、ミュシェルだったようで、成功するか不安だった。


 けれど俺の治療が完了したら、詰まっていたものが取れたようだ。

 呼吸が安定し、ソッと胸を撫でた。

 それなりに大きな胸が波打つと、柔らかい唇が湿る。


「そんなに不安にならなくても、俺は人間なんたけど」

「本当にそうみたいですね。あの、先程は私を含め、水の勇者ユキムラ一同の非礼、申し訳ございません。私一人の謝罪では許してはいただけないかもしれませんが、何卒お許しいただけたらと存じます」

「畏まらなくていいよ。現に俺はこの通り、ほぼ無傷。ましてや魔王ベルファーも死んだんだ。勇者パーティーが現実なのかは知らないけど、よかったね」


 俺は寛容に許した。

 何せ、ミュシェルのような、何も悪気が無かった少女に土下座をされてしまった。

 流石に俺の方がヤバいのではと思い、心底不安になる。


「皆さんも悪気は無かったんです。ただ、成果を上げようと躍起になっていただけですので」

「そうらしいね。はぁ、本当面倒だよ」


 俺は完全に素のモードに入っていた。

 スイッチを完全に切り替えOFFにすると、ミュシェルは調子を崩される。


「あの、失礼ですが、質問をよろしいでしょうか?」

「いいよ」

「先程までのあの口調や威厳は何処に? それにその格好は?」


 同時に二つの質問がされた。

 もちろん、一つずつ答える。

 俺はこう見えて真面目だ。だから淡々と処理する。


「ああ、さっきの……こうか?」


 俺は少し声を低くし、キャラを乗せた。

 そう、素の状態とは言え、カガヤキになる時は、多少頭の中で切り替わる。一応役を演じようと、口調と態度だけは変え、中身の趣味趣向は変えない。ただそれだけの苦労だ。


「ま、魔王!?」

「魔王じゃないって。それにたまにボロも出る。中途半端な魔王なんて、偽物の魔王だろ?」

「偽物の魔王……それではその格好も?」

「ああ、それについては俺も訊きたいんだけど、ここは何処でなに? 気が付いたら俺、この格好だったんだけど」


 俺は大真面目に訊ねた。

 しかしミュシェルは俺を置いていく。

 首を捻り、「はい?」と頭にはてなマークが浮かんだ。


「えーっと、どういうことですか?」

「それを俺が訊きたいんだよ。気が付いたらここにいて」

「はぁ?」

「私服から、友人Bが作ってくれて、このコスプレ衣装になってて……訳が分からない」


 もう考えることを辞めてしまいたい。

 俺は頭を抱え、額に手を当てると、目の前で話を聞いてくれているミュシェルの方が困惑する。


 それでも頭を捻ってくれた。

 なんとなくの想像で憶測を語る。


「つまり貴方は、気が付くとここにいた? それは転移の魔法テレポートによるものでしょうね」

「テレポート? って感じじゃなくて、なんかこう、空間を捻ったみたいな」

「空間を捻る? もしかしてそれは、突然意識が失われるような感覚がありましたか!」

「あ、あったな。そう言えば」


 思い出せば出す程、ハッキリとしない。

 それでも気持ち悪くなって、全部吐き気に変わって、意識が混濁する感覚があったのは確かだ。


 あれと一体どんな関係が?

 俺は顎に手を当てると、ミュシェルは口を押さえた。


「まさか、貴方は転移者だったんですか!?」

「て、転移者? 転生者じゃなくて?」

「はい。つまり貴方は、転移者としてこの世界に呼ばれ、何故かそのご友人の方が仕立てられた、その魔王風の衣服と共に、この世界にやって来た。と言うことですね」

「飲み込み早っ! ってか、まさか転移者が当たり前の世界?」


 俺は少しの望みを見る。

 もしかすると、俺と似たような奴が居るかもしれない。

 確かめたい。とは言えまずは会話だ。


「いえ、過去に数度転生者がいたと言う事例は聞いていますが、頻繁には起きない筈ですよ」

「ってことは、俺は……」

「えっと、言葉を選ばなければ、可哀想な人でしょうか?」

「可哀想って……まあ、分からなくもないけど」


 偶然転移者に選ばれ、何故か魔王のすぐ近くに転移してしまった俺。

 しかも天河晃陽としてではなく、カガヤキとして。

 明らかに陰謀のようなものが感じられたが、深くは追及しない。今そんなことを言っても仕方がなく、俺は落胆の渦に飲まれてしまった。


「はぁ、魔王と戦って、勇者パーティーとも戦って、もう散々だ」

「す、すみませんでした」


 ミュシェルは代表して謝った。

 本当に律儀で真面目な子。

 俺はそんなミュシェルをこれ以上謝らせないため、あえて口を噤んだ。とは言え、心の奥底では、如何してこんなことにと、今も叫んでいる。

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