第15話 女神官を捕まえたら?

「で、どうしたらいいんだろう?」


 俺は拘束した勇者パーティーの少女、ミュシェルを目の前にしていた。

 というのも、さっきから全然口を開かない。

 俯いたまま完全に無言を決め込んでいる。


 もちろん、余計な情報を口にしないのは分かる。

 賢明すぎる判断なのだが、足も捻っているから、早く治療がしたい。


(まあ、それが言いだせたら苦労はしないんだろうけど……この状況じゃ、なに言ってもだんまりだろうな)


 ミュシェルは俺のことを魔王とは思っていない節がある。

 けれど今となっては気が変わった可能性は高い。

 拘束され、どんな拷問を受けるか分からないのだ。

 俺のことを残虐非道な魔王とでも思われているに違いない。


「ああ、怪我は大丈夫か?」

「……」

「本気で心配しているんだけど?」

「……ふん」


 ミュシェルは足を差し出した。

 俺はしゃがみ込んで、挫いたであろう爪先を見た。

 靴の上からは怪我の様子が見えない。


望遠鏡の目テレスコープ・アイ


 俺は目に単眼鏡を当てた。

 単眼鏡を通して見たミュシェルの肌は白くてスベスベ。

 綺麗に整えられていて、触りたくも……まあ、俺は無いけれど、とりあえず炎症を起こしていたので治療する。


「動かないでね、蛇使い座アスクレピオスの治療・メディカル!」


 俺の手の中に杖が現れる。

 蛇が巻き付いた奇妙な木の杖で、ミュシェルの足に当てると、炎症が綺麗さっぱり消えてしまった。


「凄い……」


 淡い光がポロポロ膨らむ。

 ミュシェルは言葉を失ってしまうと、瞬きをするのも惜しい。

 俺の魔法に見惚れてしまうと、気が付けば足の痛みが完全に消えていた。


「はい、終わり。それと……解除」


 ミュシェルの怪我を治した俺は、同時に拘束も解除する。

 指を軽く鳴らすと、ミュシェルの体を縛り上げていた、土星の拘束輪が解けた。


「ひやっ!」


 ミュシェルは可愛らしい声を上げた。

 突然体の自由が戻ったせいか、声を出してしまったのだ。

 腕が動くようになると、床に落ちていた杖を真っ先に拾い、俺に突き出す。


「もう歩けるよ」

「……ありがとうございました」

「どういたしまして。で、怪我も治ったし、帰る?」


 俺はミュシェルに訊ねた。そもそも拘束したのは、質問があったからだ。

 けれどここまで警戒されているとなると、少しでも気を許して貰うしかない。

 そのためには恩を売るのが一番だと思い、自由に帰らせてあげることにした。

 しかし、ミュシェルは俺の誘いを断る。


「いいえ、帰りません。ではなく、逃げません!」

「逃げるとか逃げないとかの話じゃないと思うんだけど?」

「……あの、私を助けた理由はなんですか?」

「はい?」


 ミュシェルの目が怖い。

 俺のことを確かめようとしている。

 ここは選択を間違えたら、間違いなく好感度に反映される。

 恋愛シミュレーション・ゲームは得意じゃない。さあ、如何する。


「助けた理由? そんなの要るの?」

「えっ」

「助けたかったから助けた。それだけだよ」


 俺は思ったことを素直に答える。

 変に気を遣うようなことは絶対にしない。

 俺らしく、淡々と言い切ると、ミュシェルは口をパクパクさせた。


「貴方は、本当に、魔王なんですか?」

「魔王って、一体なにを以って魔王なの?」

「魔王とは魔族の王。類まれなる力を持ち、この世界を脅かす存在。残虐非道で、己の欲を満たすことに心血を注ぐ存在です」

「おお、なんか凄く当たり前のこと」


 凄く分かりやすい設定だなと思った。

 というより、これ以上ない説明だった。


「それが俺?」

「そう思われるかもしれませんが、私にはそうには見えないんです。だから教えてください。貴方は本当に魔王……」

「いや、魔王じゃないから。俺はただの人間だよ」

「ん?」


 悪いけど、話の腰を折ることにした。

 俺は案の定、魔族でも無ければ魔王でもない。ただの人間。

 その証拠に、威厳のようなものは一切無く、中肉中背・基本なんでも面倒に感じつつ、真面目にこなす大学二年生。それが俺だった。


「本当に、貴方は人間なんですか?」

「人間だよ?」

「……それなら、どうしてあれだけの強さを持っているんですか。ユキムラさんは、あれでも水の勇者です。一般人に劣る程、傍若無人ではありません!」

「そんなこと言われても……あっ!」


 ミュシェルに詰められ、一気に形勢が悪くなる。

 なんとかして証明しないとマズい。

 俺は腕を組んで考えると、ふと記憶を辿り、あることを思い付く。


「あっ、そうだ」

「な、なにをされるおつもりで……へっ?」

「……ぶっ」


 俺は唇に犬歯を押し当てた。

 本当はしたくないけど、やるしかない。

 グッと噛み潰し、唇の端に傷ができると、タラタラと真っ赤な血が少し垂れた。

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