2-3 緊急で配信してますにゃ!

朝、雨が上がった頃、美咲は木のうろから静かに這い出した。


「夢じゃ、なかったんだ...」


目の前に広がるザ・異世界な風景に、美咲は覚悟を決める。


「さて、昨日はスライムを倒せたけれど、今は美咲のまま……」


 呟きつつ、彼女はこの世界の地形を少しでも把握しようと周囲を歩き始める。


 湿った土の感触と、薄い朝靄が漂う森の空気。

 風が頬をかすめ、遠くで小鳥がさえずっている。


「ご飯とか、水とか、どうしよう……」


 美咲が途方に暮れかけた、その時。


 微かに人の叫び声が聞こえた。

 はっとして耳を澄ませると、木々の向こうから少女の悲鳴らしき声が響いてくる。


「誰か襲われてる……?」


 美咲は慌てて足を進める。

 茂みをかき分けると、そこには小柄な少女が倒れ込み、鋭い耳と歪んだ面相の人型生物――ゴブリンが棍棒を振り上げていた。


「危ない……!」


 何も力がない今の美咲では、助けることは難しい。

 だが、彼女には切り札がある。


「配信……そうだ、配信ボタンを押せば、ルナに戻れる!」


 すぐにVTubeスタジオのUIを呼び出し、配信開始ボタンをタップする。

 瞬間、猫耳、尻尾、メイド服が出現し、猫神ルナの姿に変化した。


「今、緊急で配信してますにゃ! みにゃさん、見えてますかにゃ?」


 コメント欄がぱっと表示され、にゃん民たちの文字が流れ始める。


にゃん民: 見えてるぞ!

にゃん民: おはルナ!

にゃん民: なになに?なんかヤバそう!


「あそこに女の子が襲われてますにゃ!」


 ルナは少女とゴブリンの方へ駆け寄る。

 配信画面越しに、にゃん民が騒ぎ出す。


にゃん民: ゴブリン!?マジで異世界じゃん

にゃん民: アナリティクス使え!ステ見ようぜ

にゃん民: そっちが安全ならステータス把握大事


「わかりましたにゃ!アナリティクス、発動ですにゃ!」


 ルナはゴブリンに視線を定める。淡い光が瞳に宿り、ウィンドウが浮かぶ。


――――――――――――――

種族: ゴブリン(通常)


レベル: 3

攻撃力: 100

防御力: 100


スキル: 棍棒打撃

――――――――――――――


「攻撃力100、防御力100……でも私、今同接で強化されてるから、いけるかもしれないですにゃ!」


にゃん民: スライムより強いけど、今のルナちゃんなら余裕っしょ

にゃん民: もうレベリングしたし、ネコ発勁で一撃!


「みにゃさん、やってみますにゃ!」


 ルナは素早くゴブリンに接近し、ネコ発勁を繰り出す。

 拳からの衝撃がゴブリンを揺らし、バランスを崩した相手は棍棒を落とし、苦しげな声を上げて消えていく。


「倒せましたにゃ!女の子、大丈夫ですかにゃ?」


 少女は怯えつつも、ルナの姿に安堵の表情を浮かべる。


 しかし、安堵もつかの間、背後の茂みが大きく揺れた。

 威圧的な気配を帯びた生物が姿を現す。


 それは通常のゴブリンより一回り大きい――ホフゴブリンだった。

 筋肉質な腕、鋭い牙、狡猾そうな目。

 頭上で大きな棍棒を構え、その重量感からしてルナも冷や汗が流れる。


「こ、こいつは……ヤバそうですにゃ」


にゃん民: でか!

にゃん民: ホフゴブリンじゃね?強そう

にゃん民: 攻撃防御100程度のゴブリンとは比較にならんかも


 巨大な敵を前に、ルナは緊張で心拍が上がる。

 少女を守るため、そして視聴者が見ている中で失態は許されない。


「落ち着くんですにゃ……いける、みにゃさんがいるし、頑張りますにゃ!」


 だが、その威圧感たるや、ルナはうまく息が整わない。

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