第16話

翌日の帰路のバスの中、テオとサナはたわいもない会話で過ごした。趣味の話がつきると週末には何をしているかの話が始まり、それも終えた頃、バスは2人の最寄りのバス停に到着した。

バスを降りたサナが口を開いた。


「昨日は父がすみませんでした」


「大丈夫ですよ。それに謝罪はバスに乗る前も聞きました、そんなに何度も謝らないで下さらなくとも」


「ごめんなさい、私ったらつい。この場所に来てまた昨日の事を思い出したものですから」


「わかります。その場所が思い出させますよね。でも、僕は気にしていないので、忘れましょう」


「ありがとう。優しいんですね、テオ君は」


「優しいだなんて、そんな事はないですよ。行きましょう、道こっちですよね」


テオは言い終えると歩くべき方向に身体を向けた。


「ええ」という言葉を受けてテオは歩き出す「通りをわたって左です」サナもテオの後ろに続いた。

二人が角をまがり路地に入って数歩あるいた時だった。道沿いの民家の庭から猫が飛び出し二人の行く末を遮るように止まった。テオは猫と目が会う。


「ネコさん?」


呼ばれたネコはニャオと答えると後ろ足を畳んで道に座り込んだ。


「お知り合いですか?」


「ええ。うちで飼っている、というか勝手に居ついてるコですよ」


「まあ、猫を飼ってらっしゃるなら教えて下さったらよかったのに」


「すみません、言いそびれてしまって……」テオはネコと視線をあわせんとしゃがみこんだ「どうしたんですか? こんなところで」


ネコは再びニャオと言うと腰を上げ、二人の方向に歩き始める。始めると同時、サナもまたテオの横でしゃがみ込んだ。

ネコが二人のもとへ辿り着くまで数刻といった時、テオがネコの顔に触れんと右手を繰り出す。ネコは行き先を変え、テオの右手を無視しサナのくるぶしに顔を擦り付けた。


「あら、猫ちゃん」サナの右手がネコの背を撫でる「お毛々がフワフワですねー」


サナの撫で方に機嫌をよくしたらしいネコは顔から顎下からをサナの足元に擦り付け続けた。

サナは右手を動かし続けながら言う。


「ごめんなさい、テオ君、私ってあの…… 動物に好かれるタイプなんです」


「みたいですね。ネコさん…… このコあまり他の人に懐くコでは無いのですが」


「そうなんです、どんな猫ちゃんでも、なんならワンちゃんでも、私…… 仲良くなれちゃうんです」


「すごいですね。ネコさんがこんなにも人にじゃれつくの、初めて見たなぁ」


「ええ、どんなに気難しい子でも、なんだか私すぐに打ち解けてしまえて」


ネコはゴロンと腹を見せて寝転がった、サナの右手がネコの腹をまさぐる。


「そういえばこのコ、ネコちゃんってお名前なんですね」


「ええ、ネコって呼んでます」


「やはり、黒髪の勇者様に仕えたドラゴンの名からですか?」


「ええ、まさしくそのドラゴンです」


「珍しいですね。ワンちゃんにその名前を付ける人はよく聞きますが、猫ちゃんに付けるのを聞くのは初めてかな? よろしくお願いしますね、ネコちゃん」


ニャーオと言ったネコは暫くの間されるがまま臍を天にむけていたが、不意に起き上がった。するとネコは二人が来た方向を見つめた。テオがネコの視線に釣られて後ろを向くと道の真ん中に男が立っている。街灯を背にした人物のシルエットは体格の良さを彷彿とさせ、男らしい鍛え上げられたらしい体つきに特徴的なハンチング帽を載せていた。


「サナさん」テオのその声には緊張の音色があった「立って。さあ、行きましょう」


ふたりは歩き始める。サナは咄嗟に両手にネコを抱えた。


「サナさんネコさんを、ありがとう。ネコさん」と覗き込んだテオにネコはにゃおと答えた。


「ここで変に暴れないで下さいね」テオはコツコツと靴を鳴らし歩きながら言った。


ネコのかわりに返事をするようにサナが言う


「大丈夫ですねー? ネコちゃんは賢いコですからねー」


にゃおとネコが返事をする、二人の後ろをつける男のヒタヒタという足音が先ほどより若干ながら強くなっていることにテオは気がついた。


「サナさん。もう少し早く歩いても?」


「え?ええ」


「今じゃないですよ。次の角をまがったらすぐです」


「私の家は真っ直ぐですよ?」


「一度、僕の家に行きましょう、というのも…… 」


テオが顔をサナに近づけつと絞り出すように微かな声を出す。


「後ろを振り向かないで聞いて下さい。付き纏い犯がどうも直接的な行動にでたのかも」


「え!? そんな……」


「見ないで」


首をわずかながら傾けかけていたサナがテオの声に反応し、前を向いた。


「これまでは遠巻きに見ているだけだったものの、僕という存在が犯人を刺激したのかもしれません」


コツコツという二人の足音にまじりひたひたという男の足音がサナの耳にも届いた。


「さっきは5メートルくらいまで近づいてました。今も少しずつ距離を詰められています。」


サナの耳は後をつける男のひたひたという足音に釘付けになる。


「にしてもツウから聞いていた人物像より大きい……」


ぽつりとテオがこぼした声はサナには彼女の意識が背後から忍び寄るヒタヒタヒタという音に向いているらしく届くことはなかった。


「この角ですよ、曲がったらすぐ小走りになりましょう。さあ、この角」

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